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第六十七話(三人の奴隷)

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ーー夜眠るのが怖い。

そう考えるようになったのはいつ頃からだったっけ。

あまりよく憶えてないけど、おそらく三年か四年くらい前だ。

真っ暗なところじゃ眠れないとか、幽霊の存在を信じているとか、ぬいぐるみを抱かないと落ち着かないとか、そんな稚拙な理由じゃない。

深夜一時、暗い静謐な刑務所内、二人用のペア牢の中。
ベッドの上で、体育座り姿で俯いているのは滝登ツクネ。

いつも勝気で明るく無礼で元気な少女が、両目から滴る涙を囚人服の袖で拭っている。

ーー意識が夢に沈むのが怖い。

ーー意識が途切れるのが怖い。

ーー意識が体から抜けていくような錯覚が怖い。

あとどのくらい生きられるんだっけ。

あの日から何年が経過した?

宣告された生存率は確か五年くらいだったような気がする。

だとすれば残り一年か。いや、一年を切ったくらいか。

ーーはは。実感は湧かないし、どっちにしたって笑い話にもならない。

あたしの行く先は暗澹一直線だ。光明はない。

死ぬのはやっぱり怖い。怖くない何て言葉は強がりにすぎない。

こんな不安定な状態が毎晩続けば、彼女のペアである万も心配にならない筈がなく、眠い目を擦りながら横になっていた体の半身を起こしてツクネの方を見やる。

「ツクネ、今日も眠れないの?睡眠は十二分に取っておかないと、明日の奉仕作業に差し支えるよ」

「ーー眠れないんじゃない。眠るのが怖いんだ」

「その台詞は昨日の夜も聞いたけどさ……」

四年程過去に遡れば、三人の少女は奴隷で、人間でありながら三万円というペットと同列で安価な値段で取引きされる「商品」だった。

人身売買を生業とする商人の男は、身寄りのない子供達を世界中の孤児院から収穫し十分な数を揃え、手枷と足枷で自由を奪い、自宅に拵えた地下牢へと監禁した。

一日に与えられる食事は不規則で、一食がほとんどだったが、稀に提供されない日もあった。声は出せたが、いくら叫んでも泣いても暴れても、何日経過しようが誰かが助けにやってくるような兆しは皆無。
騒いでいる場面を男に悟られれば容赦ない拷問の嵐。
その卑劣で過激で身勝手な、唾棄すべき行為による痛手によって、息絶える奴隷が相次いだ。
彼に逆らう者は皆不必要とみなされ淘汰される運命にある。

ーー機嫌が悪い日は憂さ晴らしに嬲られた。

醜い姿に変貌した凄惨な死体は片付けられずに、鎖に繋がれたままの放置状態。光源一つ無い真っ暗で静謐な地下牢の中には異臭が蔓延し、吐き気を催す者が続出。
殴りや蹴りの一方的な暴力を恐れるあまり、抵抗しようと考える者は次第に少なくなっていた。

ーー暗澹の表情で身も心も困憊した小さく幼い少女達は、逃げ出す足掻きや努力を失い、徐に誰かに購入される日を心待ちにするようになったという。

当然、滝登ツクネもその一人だ。


**********************


三人の奴隷が地下牢から解放されたのは、偶然にも同じ日。

しかし、全員が一人一人別の客による購入だった。

迷彩が一際目立つ軍服を着用した男二名。自衛隊を名乗る客に買われたのは万。

丸メガネと白衣を纏った姿が印象的。胡散臭い科学者風の男に買われたのがテイル。

全身を豪奢な服で着飾り、高級な宝石を数多にちらつかせる財閥に買われたのはツクネだった。

これまで仲良しだった少女三人は無慈悲にも引き離され、各々が別々の、人間としてではなく、奴隷としての生活を送ることになる。

自衛隊は奴隷の体を改造し、戦争用の生物兵器を完成させた。

科学者とは名ばかりのマッドサイエンティストは、奴隷の体と狼の体を融合させる未知の実験へと挑んだ。

財閥は病に犯された重篤の娘を救う為、奴隷の健康な脳と娘の欠陥脳をトレード。
用済みとなった「商品」は速やかに屋敷を追い出された。

ツクネの体に超能力と呼べる力が備わったのは移植手術後。
同時に受け継いだのは五年の余命宣告で、十二歳から十六歳となった彼女には死の危険が徐々に迫ってきている。
現在は薬の服用で何とか頭痛をカバーしているが、いつ命を落としても可笑しくない状況にある。余命など曖昧で当てにならない。
今日死ぬか、明日死ぬか、明後日死ぬか。
正直に言えば、怖くない筈がない。

ーー人間は死んだらどうなる?

天国に行くのか、地獄に行くのか、それとも、完全なる「無」の世界へ誘われるのか。
考えることは山ほどある。死んだ後の情報は一切謎に包まれている。
生まれ変わりというシステムが実在するのなら、今度は裕福な家庭に生まれたい。
こんな目に合うのはもう懲り懲りだ。

ーー死にたくない。

心から願い、救いを求めるように目の前の虚空に手を伸ばした。
涙で潤んだ弱々しい瞳を晒すツクネを見た万は、彼女に正面から抱きついて慰めの言葉をかける。

「大丈夫だよ、ツクネ。あの日約束したよね。君が死ぬ時は僕も一緒に死ぬ。一人で逝かせたりしないから……だから、安心して」

万の体は自衛隊本部で部分的に改造され体の50%が機械化している。
見た目は普通の人間と変わらないが、チャームポイントであるオッドアイには悍ましい機能が取り付けられている。
右目で照準を定め、左目から肉眼で捉えることの不可能な光を放ち、一瞬でもその殺人光に触れた標的を粉々に撃ち砕く。
戦争用に使う予定で作り出した兵器に自分達が滅ぼされる結果になるとは彼等は考えていなかったのだろう。
長い間メンテナンスを怠った彼女の体も、ツクネと同じ様に何時朽ち果てるのかはっきりしない状況にある。
何日、何ヶ月、何年生きられるのか、悲観的に考えてしまう気持ちを痛いくらい同感している。

四年前、自分達を酷い目にあわせた人物全てに復讐すると誓い合い、万とツクネの二人は殺し屋を開業。

手始めに始末したマッドサイエンティストから奪還した少女の頭には見慣れない獣耳が生えている。

絶句した。涙が零れた。憤慨した。

姿形が人外へ変化し人間としての尊厳を奪われたテイルの不幸はこれで終わりではない。

何度話しかけても反応が返って来ない。名前を呼んでも俯いた状態を崩さずこちらを振り返ろうとしない。

ーーそれもその筈だ。

彼女の記憶は悍ましい実験の際に受けた衝撃と凄まじい痛みで喪失し、ツクネと万の名前は疎か、自分の名前さえ忘れてしまっている。

ーー思い出を何もかも忘却した野生の狼は、突然に振り返り獲物の存在を双眸に映し出す。

唸る声は興奮する肉食動物そのもので、怖気付き後退さる二人から一瞬たりとも視線を逸らさず睥睨。

自制心を欠落した獣は凶暴性溢れる犬歯を剥き出しにし、本能に導かれるがまま嘗ての仲間に襲いかかった。
















































































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