未成年囚人達のソーシャルサービス

SAKAHAKU

文字の大きさ
72 / 109

第七十一話(カルテット廊の中で)

しおりを挟む
本来ならば、二人用のペア廊の中が狭くなるのは不快感を露わにする場面なのだろうが、今回ばかりはそんな気持ちにはならなかった。
罪を犯せば囚人が新たに追加されるのは当たり前のことで、牢に空きが無ければ今回のようなケースはざらに起きる。
気心の知れた仲である万とツクネの二人だから良かったものの、名前も素性も不明な犯罪者と一つ屋根の下状態は不安で片時も落ち着かなそうだ。

「二人共ごめんね。僕とツクネも今日からこの牢に入れって言われちゃったんだ」

「別に謝る必要はないだろ。そっちだって無理矢理移動させられたんだから、被害者も同じだ。それにーー」

日影の視線は具現化させた狼の尻尾を嬉しそうにばたつかせるテイルの方へ向いていた。
我が相棒にとって二人は本当の家族のような存在で、共有できる時間が増えたこの状況に不満を持つなど始めからあり得なかった。

「それに?」

「二人と一緒なら刑務所暮らしも悪くない。楽しいかもなって、そう思ったんだ」

問題があるとすれば主に夜の時間帯に限定される。晩御飯の後に程なくしてやってくる避けたくても避けようのないイベントだ。
候補として例をあげるなら、眠る場所とかお風呂とか。

「このベッドは今日からあたし専用だ。使用済みで小汚いのがめちゃくちゃ不愉快だが、甘んじて受け入れてやる」

「だめ。それテイルのベッド。ツクネは地べたで寝て」

常日頃からテイルが使用しているベッドにダイブするツクネ。散々文句を垂れ流しておきながらもやっぱり床で眠るのは嫌らしい。

「やだやだ」と先程とは打って変わった泣きそうな表情。このままでは自分のベッドを掠め取られた我が相棒が可哀想だ。

女の子に不憫な思いをさせるのはなるべくなら避けたい。俺は床で決定かな。

「こらこら。あんまりうちの相棒苛めんなよ。仕方ないからテイルは俺のベッドを万と一緒に使いな」

収容人数が二人から四人になったところでベッドが二つ追加されるとか、平和的な解決はあり得ない。
事を穏便に済ますには誰かが犠牲になるしかないだろう。
 日影の優しさの籠った発言に、万はあまり乗り気じゃなさそうな申し訳なさそうな顔をしている。
この状況を作り上げた発端であるツクネは陶然たる面持ちで呑気にごろ寝。こっちの事情などまるで眼中にない。


***********************


本日支給されたディナーはお湯の入ったヤカンと味の異なるカップ麺四人分。
この刑務所で出される食事は主に、というか毎日がレトルトや冷凍食品だ。
昨日はカレー。一昨日はフランクフルト二本と粗末なものだった。

日影達の目の前には、シーフード、塩、醤油、坦々麺の四つが並んでいる。
こういう場面ではなるだけ好きな物を選びたくなるものだ。

「今日の晩飯はカップ麺かよ。そんじゃあたしは味噌を頂くとするわ」

「ツクネのずるっ子。テイルが先に選びたかった」

「まあ、何だ。こういう時は早い者勝ちだな。先に行動に移さなかったお前が悪い」

ツクネの傍若無人な態度にテイルは唇を尖らせて不満顔を露わにした。

オレンジ色のカップを一目見て味噌だと勘違いしたのだろうが、我先にツクネが手に取ったのは紛れもない坦々麺(激辛)である。

余り物で構わなかった日影と万は、残りの三つからテイルへ好きな味を選ぶように声をかける。
吟味してまじまじと眺めた結果、選び取ったのはシーフード。万は醤油、日影は塩を取った。

「なあ日影。もう三分経った?経ったよな?」

「いや知らんけど。別に計ってないし」

「はあ?なんだよ~。使えないなぁ~」

「三分と五十八秒を過ぎたところだよ。もう大丈夫じゃないかな」

万のストップウォッチ並みに正確な言葉を信じて蓋を開封。
一足先にお湯を注いで出来上がったカップ麺から湯気が立ち上る。この時点で未だツクネはそれが味噌ではなく坦々麺(激辛)だと気付いていない。
そうとは知らずに一口目を含んだ阿呆が絶叫をあげた。突然の大きな発声に、隣にいたテイルが驚いて肩をビクッと震わせる。

「何だこれっ!?めちゃくちゃにはちゃめちゃに辛い!」

「ツクネ。それ味噌味じゃなくて坦々麺だよ。ちゃんと確認しないのが悪いけど、一人だけ先に選んだからバチが当たったんじゃない?」

「くっ……、ぐうの音も出ねぇ。テイル、お前に命令が一つあるんだが、心して聞けよ」

「命令?なあに?」

「このカップ麺とそのカップ麺を交換しよう。ツクネちゃんが辛い物大の苦手だって昔馴染みのお前なら知ってるだろ」

どこまでも勝手気儘なツクネさんは「お願い」ではなく「命令」としてテイル相手にトレードの指示。
しかし、我が相棒の返答はノーサンキュー。
暴君の申し出をいとも簡単に断ってみせた。

「やだ。ツクネが勝手に選んで勝手に自滅しただけ。絶対に交換してあげない」

「そうか。そうか。このツクネちゃんの命令に背くって言うんだな。だったらーー力ずくだ!」

意思の籠った声音に反応し、ツクネの双眸が紫紺の光源を放ち始める。
その瞬間、テイルの動きがまるで時を止めたかのように静止。
直ぐ様日影と万の両名は、ツクネが十八番である超能力を発動させたのだと勘付いた。
テイルの掴んでいる容器を誘導し、自分の方へ引き寄せる。
彼女の横柄な態度は今に始まったことではないが、これは酷い。

「ツクネがテイルのらーめん取ったっ!返して返してー!」

「へへん。ツクネちゃんに逆らうから悪いのさ。テイルにはソイツをくれてやる。その激辛坦々でも食ってな」

強引にトレードされテイルの手元にやってきたツクネ食べかけの激辛ラーメン。
どれほど辛い一品なのか、少しばかり興味はあった。それを恐る恐る口に運んでみると、

「うぇ……辛い……こんなのテイルでも無理。やっぱそれ返して」

「お前はあたしにそんな危険な物を食わせる気か?殺す気満々だな」

「日影~、ツクネがテイルのらーめん返してくれない~」

ツクネに苛められたテイルが涙目で縋り付いてくるが、俺にどうしろと言うのだろう。
取り返したところであの超能力の前には太刀打ち出来る術はない。体動かなくなったら抗うとか不可能だし。

「俺の塩ラーメンやるからこれで我慢してくれないか。こっちなら全然辛くないぞ」

日影が箸で持ち上げた麺を見て、テイルの表情に笑みが舞い戻る。
愛嬌たっぷりの相棒に妹の慈愛の姿を重ねながら、自分の手元にあるラーメンを一口食べさせる。

この刑務所は面会不可能という信じられない事実を万から聞かされた時は悲観的になったものだ。それに加えて手紙まで出せないとなると、自分が今何処に収容されているのかさえ伝える方法がない。

慈愛ちゃん。あれから以前と変わらずに学校行けてるのかな。
ルナは今何をしてるだろう。暫く会ってないな。

「それテイルのでしょ。返してあげなよ。今のツクネ、本当の苛めっ子みたいだよ」

「しゃあねーだろ。辛い物は何と言われようと無理だ。食べられる気がしない。坦々麺は日影に任せる」

ツクネに言われるまでもなく百も承知。
日影はテイルとカップ麺をトレード。記念すべき一口目を軽視して放り込んだ。

「うわっ……本当に辛いなこれ」

「だろ。あたしは嘘は付かない主義だ」

ツクネの真偽不明な豪語をスルーして日影は二口目を食べる。山椒の効いた本場の麻婆豆腐を食べたことがあるが、あれは正しく激辛で一日中舌がピリピリしっぱなしだった。
このラーメンはそれと近しい味を感じる。抵抗を覚える辛さだ。三口目に手を付ける気分になれない。完全に食欲を削がれていた。


**********************


食事の時間が済んで、それから四人は仲良く風呂に入り湯船に浸かった。

合法的に女の子の裸が拝めるとか此処だけしかない。他じゃ不可能だろう。運良く男女ペアになった特権。役得ってやつか。何だか女湯に堂々と入り込んだみたいだ。

「ああ……何か腹減ったな」

激辛坦々麺は半分くらい食べた辺りでギブアップした。あれは最早食物とは言わない。

「どうでも良いけど、ツクネちゃんが魅力的で蠱惑的だからってあんまりこっち見んなよな。舐め回すように眺めるとか、お前は変態か」

「お前のぺったんこな胸が魅力的で蠱惑的ねぇ。事実誤認もいいところだな」

ツクネやテイルの背徳感半端ない肢体から目を逸らして瞑目。視界を即座にシャットアウト。女子と風呂というイベントには十分に慣れたつもりだったが、いざ目の前にしてみればこの有様。やっぱそれなりには反応してしまうものだ。
男と混浴して平然としている万やテイルが意味分からん。
数分前に「日影、体洗ってあげる~」とか言って戯れてきたテイルの好意を拒絶するのが大変だった。
万とか髪長いし、十五分と限られた時間じゃゆっくり洗えないよな。もたもたしてたら風呂の時間終わっちまうし。

ーーにしても。

万の体は改造されたと聞いているが、見た限りじゃ全然機械っぽくない。
水に触れられるところから推測するに防水機能が備わっているのだろう。食事も睡眠も取るし、働けばもちろん疲れる。暑さや寒さを感じることだって出来るんだ。普通の人間と何処も変わりやしない。ロボットというよりはアンドロイドに近い存在なのかもしれない。

「日影が万の裸をまじまじと観察してるぞ。コイツやっぱ変態だ」

「あ、悪い。今回はツクネさんの言う通りだな。言い訳も出来ない」

「ううん、男の子が女の子の体に興味を持つのは自然なことだからね。僕の体で良ければいくらでも目視してくれて構わないよ」

気が咎めて謝ってみたが、本人はけろっとしている。彼女にとって素っ裸を見られることは羞恥を感じる程ではないらしい。

ーー十五分という短い入浴時間はあっという間に過ぎ去って、程なく消灯時間。残るは明日に備えて眠るだけとなった。

(そういや、今日から床だったな)

ツクネが独り占めするベッドに無理矢理に入り込む荒技を思いついたが、行動に移した結果が藪蛇となるのは何としても避けたい。寝辛く寝不足になるのは甘んじて受け入れよう。この世にはレディーファーストという言葉があってだなーー

「日影。ほんとーに床で眠るの?」

風呂上がりに床で胡座をかいて座る日影を気遣って、相棒であるテイルがシャンプーの良い香りを漂わせながら隣にちょこんと腰を下ろす。
屈託の無い表情をにこやかと綻ばせ、日影の表情まで釣られて和らいだ。

「心配してくれてありがとう。テイルは優しいなぁ。誰かさんと違って」

日影の視線の先にはベッドの上で気持ち良さそうに寝転ぶ野放図なツクネの姿。謗られたことにすら気付かないくらいには疲労しているご様子である。

モニターを眺めて俺達三人にテキトーな指示ばかり出していたあいつには、本日の功績と呼べる働きは何一つ無かった筈なんだけどな。不思議なこともあるもんだ。

「ねぇツクネ。僕からのお願い何だけどさ、君の隣で日影を眠らせてあげてくれないかな?やっぱり一人だけ床で寝る何て可哀想だよ」

「…………」

「ーーあれ……ツクネ?」

寛容で気遣い上手な万がツクネに細やかな交渉を持ち掛けるも、聞こえていないのか無視しているのか一向に返答が無い。
俺が他意を目一杯込めた一言を放った時もそうだったが、もしかしてすでに夢の中か?

「もう眠っちゃってるみたいだね。お仕事頑張って疲れてたのかな?」

耳を澄ませてみれば微かに聞こえる寝息。
万が肩を軽めに揺すってみるも目覚める気配はない。
どうやら眠っているという情報は定かのようだ。

ーー無言を肯定と受け止めて、万が決断を下した。

「僕がツクネの隣に行くよ。これなら全員がベッドの上で眠れるよね」

「日影。こっちこっち」

万の放った言葉に日影と一緒に眠れると確信したテイルが、嬉しそうにベッドシーツをぽんぽんと叩く。
あれは間違いなくこっちに来いという合図である。

思い返してみれば、テイルと隣り合わせで眠るのは今回が初めてかもしれないな。
ルナや慈愛ちゃんとの添い寝に慣れてしまったせいか、あまり恥ずかしさは感じない。
世間一般の女子相手なら嫌がられて拒否される場面なのだろうが、我が相棒が至純の塊で助かった。

ーーかと言っても、やはりテイルも普通に女の子。獣耳や尻尾が生えていようが関係ない。

間近で感じ取れる体の柔らかさと石鹸の香りで中々寝付けない。いつの間にか両手を背中に回されて、正面から抱きつかれていれば尚更だ。身動ぎすら取れやしない。胸に押し付けられた顔から伝わる息遣いが微妙に擽ったかった。

ーー良い夢を見てる真っ最中なのでは?

そう考えるだけで手を振り解くことすら躊躇われる。起こしてしまって台無しにしても可哀想だ。

同じ夢はもう一度見たいと思っても、そう簡単に見られるとは限らないから。

(寝不足で奉仕作業に支障を来たすのは不味いよな)

ーー明日は万引き犯捕まえられるといいな。

日影は静かに瞑目し、そんなことを考えていた。

















































































































しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...