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第七十二話(奉仕作業。万引きGメン 其の2)

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スーパー佐々木屋での万引きGメン。その二日目が開店と共にスタートを切った。
依然として犯人の全容は不明。防犯カメラに怪しい人物の姿は確認出来ていない。店内の巡回中それらしい行動を取った者もいなかった。

ーーだというのに、

朝礼中の店長の話では昨日も商品が何点か消失。その疑いようのない事実が万引き犯の来店を物語っていた。

残念ながら日影達四人の一日目は無駄な骨折りで終わった訳だ。

「なあテイル。お前何食べてるんだ?」

「いもフライ。おばちゃんがくれた」

いもフライとは茹でて串に刺したジャガイモを、小麦粉やパン粉で作った衣につけ油で揚げた一品。おばちゃんとはデリカコーナーの調理員だ。昨日のコロッケと同じく今日も施しを受けたらしい。
テイルの腕には四人分のいもフライが入っているであろう紙袋が抱えられている。

「皆の分貰ってきた。日影も食べる?」

「今日も人数分貰ってきてくれたんだ。テイルはいい子だな」

現在は十一時。お昼前の束の間の休憩時間。十時から始まった店内の見回り作業だったが、開始して早々またしても万をレジに取られ、それから数分も経たないうちに今度はツクネまで他の業務に駆り出された。

四人から三人へ。三人から二人へ。

テイルと二人だけで作業するには、このスーパーの中は少しばかり広い。
食品売り場の他に、衣料品コーナー。ゲームコーナー。フードコート。花屋。パン屋。美容室。本屋。占めて七ケ所がある。三人でも物足りないくらいだった。

粉骨砕身しどうにか一時間頑張ってみたが正直キツイ。一応は二人だが実際は一人で働いてるようなものだからな。
能天気な我が相棒は仕事中にも関わらず本屋で少女漫画の立読み始めたりゲームコーナーでシューティングゲームプレイしたり衣料品コーナーで洋服の試着したりで、とにかく自由。スーパー内で遊びに徹していた。

普段牢屋の中で行動が制限されているテイルは世の中の常識に疎く、何もかもが始めて経験することばかりで興味津々の状態。
彼女の凄絶な生い立ちを知り過ぎた日影は、無邪気な笑顔で楽しそうにしている相棒を叱責するのを躊躇った。

テイルだって獣耳と尻尾を除けば普通の女の子。洋服や少女漫画が気になるのは仕方のないことだ。多少の単独行動は大目にみよう。


***********************


十分の短い小休止を終えて、日影とテイルの二人は休憩室から飛び出して店内へと足を運んだ。

「どうだテイル。そっちに怪しい奴はいたか?」

「……いた。あの人、物凄く怪しい」

「なにっ!?本当か」

「裸の男の人二人が抱き合ってる変な本をまじまじと見てる中年のおじさんが怪しい。息が「はあはあ」って異常に荒い」

テイルには俺が本屋を見回りに行くよう指示を出した。
トランシーバー越しに聞こえてきた吉報に期待して耳を傾けてみれば、返ってきた結果が「BL本を昼間から立読みしてる奇妙なおっさん」とはこれっぽっちも思っていなかったな。

「日影、どうする?あのおじさん捕まえる?」

「いいや、その必要はない。彼が手にしている本はBLと言ってな。特に女性に需要がある女版のエロ本みたいなもんだ。そっとしておいてやれ」

「女版のエロ本?初めて見た。日影もあれ好きなの?」

「一緒にするな。そのおっさんが特殊な性癖の持ち主なだけだよ」

最近はそっち系の男が異常に増幅したせいか、そんな光景は珍しいとは感じない。
何年か前に男性教師が教え子の男子生徒に手を出したという正気を疑うニュースを目にした時は驚愕したものだ。

「女の人用のエロ本。ちょっと気になる」

「……ん、あれ?テイルさん?」

「…………………………………」

ーーぺらぺら。ぺらぺら。

日影の呼びかけに応答せず、沈黙したテイルに代わってトランシーバー越しに聞こえてくる本のページを捲るような雑音。
おっさんと隣り合わせでBLに目を通す獣耳少女の姿が容易に想像出来る。

「がう。すごい……」

「テイル……お前、まさか……」

「男の人が男の人のお尻に、おちんーー」

「皆まで言うな。本来そういった本を読めるのは18歳になってからだぞ。お前歳いくつだ」

「13歳。そんなの誰が決めたの?」

「さあ、誰だろうな。俺もそこら辺はよく知らない。それはともかくだ、そんな本お前みたいな子供が見てたら店員に怒られるぞ。早く戻ってこい」

初見のBL本に興味津々なテイルは日影の忠告も聞かずに「もうちょっと読む」とか言い出した後に、何故か声に出して読み始めた。

どうやらあいつに羞恥心は存在しないらしい。

少なからず周りに客が何人かはいるであろう空間で、ポルノ雑誌を教師に名指しされた生徒の如く音読するとか変な子扱いされるのは目に見えてる。

ーーそんな訳で、機転よく日影の取った行動は、相棒を餌で釣ることだった。

「そろそろ昼休みの時間だぞ。「フードコートでオムライス」じゃなかったのか」

テイルがフードコートの存在に気付いたのは今日の作業が始まってすぐのことだった。調理中の美味しそうな匂いに引き寄せられたのだろう。デリカコーナーとパン屋以外に空腹を満たせる絶好の場所を見つけたテイルは目を爛々とさせて暫くその場から離れようとしなかった。

オムライスが食べてみたいと日影にせがむテイルだったが、シャバに居た頃ならそれくらい御安いご用な彼でも刑務所で囚人として暮らす落ちぶれた今では話が違う。
現在自由に使えるお金と言えば奉仕作業で得た作業報奨金のみ。余っているのは経ったの三百円程しかない。二人の合計金額を合わせても七百円。お目当てのオムライスは一つ四百円だ。

ーー二人分購入するには残り百円足りないな。買えたとしても一つが限界か。


***********************


万かツクネにお金を借りに行くという手段を思いついたのだが、二人は現在も仕事中なのか、トランシーバーで呼びかけてみても応答は得られなかった。

「どうして一つだけ?日影は食べないの?」

「金が足りなかったからな。まあ、俺のことは気にせず遠慮なく食べてくれ」

なけなしの作業報奨金を払って購入したオムライスをテイルに手渡し、空いている適当な
席へ向かい合わせで腰を下ろす。
腹が減っていないと言えば嘘になるが、一時間前にいもフライを食べたことで我慢出来ない程ではない。

(何杯飲んでもタダの水でも大量に溜め込んで空腹を誤魔化すか)

そう考えて席を立とうとしたところ、テイルの思いやりの籠った言葉がそれを制した。

「日影も一緒に食べよう。半分こ」

「いいのか?俺に分けたらお腹一杯にならないだろ」

「へーき。晩御飯まで我慢する」

「そっか。なら遠慮なくお言葉に甘えよう」

二人は仲良く同じスプーンを使い回し、オムライスに舌鼓を打った。

やっぱり手作りの食べ物はレトルト食品やカップ麺とは別物だな。段違いに美味。
あの刑務所で栄養の偏る物ばかり食べていたらそのうち体を壊しそうだ。

ーー食事中の合間の楽しい会話は、いつの間にか先程の本屋での一件を蒸し返していた。

「日影も誰かとああいうことしたりするの?」

「……お前、もしかしてだけどBLにハマった何て言わないよな?その誰かってのはーー」

「男の人!」

「だと思ったよ。ある訳ねーだろ。そんな期待を籠めた眼差しで俺を見つめんな。キラキラした目で見据えんな」

不愉快な台詞を続けざまに連呼する相棒の口封じとして、スプーンで掬ったオムライスを口の中に放り込んでやった。
平日の昼間にこんな場所でする話じゃねぇよな。誰かに聞かれでもしたら訝しげな視線をぶつけられそうだ。

「あの本に写ってた攻めの男の人を脳内で日影に変換してみた。受けの相手の人はーー」

「うぉおお……やめろぉおおお……もうその話題は聞きたくねぇ……つうか、よく「攻め」とか「受け」とか知ってんな……」

「あの本で知った。勉強になった」

「そんな不要な知識は今すぐ捨てろ。覚えたところで何の役にも立たないぞ」

攻めとか受け云々よりも、気になったのはテイルの脳裏で誰が俺の相手役に選定されたかだ。自分でそんな気持ちの悪い妄想を膨らませるだけで、胃袋に収めたばかりのオムライスを吐き出してしまいそうになる。

「もしかして日影は攻めより受けの方がよかった?だから拗ねてるの?」

「お前絶対俺の話聞いてなかったよなっ!?」

「聞いてた。日影は受けに変更。攻め担当の人は……ええっと……」

ケツにあんなもんぶち込まれたらどうなっちまうのか少しも想像がつかない。というか結末を思い浮かべたくもない。そもそもが食事中に話す内容から隔絶してる。下ネタはNGワードだろ。

「どうしたよ。急に黙り込んだりして」

「……日影以外知らない」

「知らないって……何が?」

「優しい男の人。警察の人は殴ったり蹴ったり叩いてくるから嫌い」

先程までの陽気な雰囲気とは打って変わって、虚ろな面持ちのテイルにどう接したらいいのか頭を悩まされる。

テイルが狼の獰猛な性質を露にして暴れ出した時は決まって刑務官達に囲まれて酷い暴力を受ける。最近は身に潜む野生の本能を上手く制御仕切れているのか、理性を失って噛みつかれることはなくなった。

警棒で情け容赦なく頭部を殴られた場面を目にした瞬間、怒りの感情がこみ上げた。助けてやれない自分の非力さを悔やんだ。
嬲られ痛め付けられる相棒をどうにか救おうとした。
「止めろ」と幾度叫んでも酷薄な彼等が手を止めることはない。

仕置中のテイルを庇うような行動を示せば、同じように日影も罰を受ける。

手枷に足枷を嵌められて身動きの取れない狼少女に抵抗する手段は皆無だった。

人間の心を取り戻す切っ掛けは主に激しい痛みを感じること。

本人に話を聞く限りじゃ獣に心を支配されている間の記憶は僅かにもないらしい。
気絶から目を覚ました途端、思わず命を絶ちたくなる程の鈍痛や疼痛が体全身に走り出す。
自分に何が起こったのかさえ理解出来ないテイルは、転んで怪我をした泣きじゃくる子供のように、俺に母親の姿を重ねて縋り胸に顔を押し付けてくる。

ーー痛みを和らげてやれないのは辛いよな。

恐ろしさや不安に震える小さな体を抱きしめてやることくらいしか、囚人に成り下がった木ノ下日影にはしてあげられない。

気付けば二人して満身創痍。体に幾つもの裂傷を負わされたあの日は、すっかりトラウマになって忘れたくても心に刻みついて離れてくれない。

「知ってるよ。俺も嫌いだ」

同意の気持ちを言葉ではっきり示してやると、テイルの面差しが次第に元の明るさを取り戻していくのを感じ取れた。

BLの話は勿論だが、暗い話はもっと邪魔だ。

「でも……あの人はちょっと優しかったかも」

「あの人?」

「うん。テイル達を捕まえた人。2人組のチームですごく強かった。ツクネと万を圧倒してて、男の人はぼーず頭の太ってる人、女の人は桃色の長い髪の人だった」

特徴を説明されようが日影には珍紛漢紛な訳だが、超能力を自在に操るツクネや体を戦争用兵器として改造された万。
人間を超越した存在である彼女等を捕らえたその二名はすごいと認めざるをえない。俺だったら挑んだところで瞬殺されるだろうし。

ーー坊主で太ってる人。桃色の長い髪の人。

日影はそのワードを耳にして、二名の外見を脳裏で思い描いてみた。





































































































































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