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第七十三話(逃亡生活=二年前)
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日本晴れの上空、我が物顔で燦々とする太陽が、鬱蒼とした景観を明るさで満たしていた。
逃避行の途上で見つけた、山奥にひっそりと佇むすでに廃業となったキャンプ場。
その近辺を散策中、偶然に見つけた魚釣りの楽しめそうな広大な川。
ツクネとテイルの両名は昼ご飯や晩御飯のおかずを求めて毎日川辺へと足を運ぶ。
お尋ね者となり、全国に指名手配がされている三人に買い物へ店に出向くにはリスクが高い。最近の食事は主に釣った魚やレトルト食品ばかりが続いている。
捕まることを考えれば贅沢は言えない状況にあるが、一週間も同じ食べ物を食していれば飽きもくる。
アジトから行方を晦ます際に、リュックにありったけ詰め込んできたカップ麺や缶詰は残り僅かしかない。
それ等が底を突いてしまえば、収穫のない日は飯抜きを余儀無くされるだろう。
いくら腹を空かせていてもテイルとは違ってツクネには、そこら辺に生えている毒キノコやあちこちに蔓延る害虫を食べる気にはなれないのだ。
「ツクネ、お腹空いた。早くお魚釣って」
「うるせーなー。こっちだって朝から何も食べてないんだ。腹空かしてるのはお前だけじゃないんだぞ」
ーー現在、時刻は十三時を回ったところだ。
かれこれ一時間近く川とにらめっこしている状態にあるが、一向に獲物がかかる気配はない。
ちなみに使用している餌は現地調達したミミズ。意外にも虫を毛嫌いするツクネに代わってテイルが捕獲し針に取り付けた。生きている魚も怖くて触れない点に関しては、男勝り+尊大で横柄な彼女の数少ない乙女な一面。
釣り上げた魚の口から針を外し、バケツに移動させるのは「暇だから」という理由で付いて来たもう一つのテイルの役目だ。
「全然釣れないね」
「毎日釣って食ってたからな。この川にはもう魚はいないかもしれない」
「え~。テイル今日もお魚食べたかった」
「まだ釣れないと決まった訳じゃないが、望みは薄いな」
弱音を垂れ流しながらも根気よく踏ん張って、それから更に一時間の静観。
粘るに粘ってやっとこ釣れたのは経ったの二匹。三人で分けるには十分ではなかったが、収穫はゼロではない。
二匹の内一匹はお腹を空かして痺れを切らしたテイルが、川の中へ足を踏み入れ手掴みで捕まえた。
意気揚々と満面の笑みの狼娘の体と服は水中での格闘でびしょぬれ。ぷるぷると頭を振って水滴を周りに飛ばすその姿は正しく犬の様だ。
「お前、また服汚しやがって。万にまた怒られるぞ」
「汚してない。ずぶ濡れになっただけ」
「どっちだって一緒だろ。あたしは知らないからな」
野山を五分程進んだ先に現在の隠れ家、廃業したキャンプ場はある。
バンガローは施錠してあって使えないが、幸か不幸かテントを見つけて草地へ設置。
電気が通らないため夜は焚き火が光源の代わりとなる。
「万はまだ寝てると思う。だから怒られない」
「見張り任された癖に、あたしと一緒に川に付いて来てちゃダメだろ」
「ツクネはくどい。今更注意されたところで時間は巻き戻らない」
「ま、そりゃそーだけどな。サツに捕まりたくなけりゃ、用心に越したことはないだろ。アイツはあたしとお前が寝てる深夜、ずっと起きて監視に目を光らせてくれてるんだからさ」
見張りを疎かにしたテイルをそれらしく窘めるツクネだが、自らが見張り役の時は開始早々に微睡み、いつの間にか完全に眠りに落ちて役目を放棄していた。
テイルからすれば、口には出さずにいたが「ツクネだけには言われたくない」というのが正直な心情だ。
「万、ぐっすり寝てるね」
「そりゃそうだろ。コイツが寝たのあたし等が起きた朝方九時過ぎだぞ。こりゃまだまだ起きそうにないな」
二人してテントの中で眠る万の端正な面差しを覗き込む。
夜中一人きりで眠い衝動を我慢して見張りに徹してくれていた彼女にはいくら感謝してもしきれない。
テイルは色々と甘やかしてくれる、面倒見の良い優しい万が大好きだ。それだけではなく、とても傾倒している。勿論、傍若無人で何かとうるさいツクネのことも同じくらいに。
「すげぇ、ありがちかもしんないけどさ……」
「ツクネ、それで何する気?」
「決まってんだろ。落書きだよ。ら・く・が・き!」
ツクネが片手にニヤケ顏で握っているのは油性の黒色のマジック。
寝相の大変よろしい万は凝然としていて落書きには格好の的である。
悪戯大好きな暴君のとんでもない宣言に、テイルは不満顏を向ける。
「駄目。ツクネは受けた恩義を仇で返すの?」
「見張り役を任された癖に、それを怠ったお前には言われたくないね」
「が、がう……今その話を持ち出すのはずるい」
「眼鏡描こうぜ、眼鏡、黒縁眼鏡にしよう」
「させない。そんなに描きたいなら自分の顔に描けばいい」
突如始まった二人の取っ組み合い。
キャップを取って油性マジックの先端を露わにさせたツクネから物を奪い取ろうとテイルは懸命に取り縋り、暴君を眠り姫に近付けまいと可能な限り遠ざけようとする。
そんな健気な態度に対して躍起になったツクネも、しがみ付いて来る弱者を振り解こうと激しく体を暴れさせる。
二人は一歩も引かず対立し、最終的には暴君がしつこい邪魔者を標的に切り替え、事なきを得た。
************************
「二人共、その顔どうしたの。罰ゲームか何かかな?」
一騒動終えて、それから三時間後。
夢の中から現世へと戻ってきた万を加えて三人での早めの夕食タイム。
メインはやはり、串に刺して塩焼きにした二匹の魚だ。というか、それしかない。
目覚めて早速、万はテイルとツクネの顔がマジックの線だらけであることを言及する。
「ツクネが眠ってる万の顔にらくがーー」
そこまで言いかけた所で、隣に居たツクネがぺらぺらと動き出す軽口を塞ぎにかかる。
流石に分が悪いと感じた暴君が証拠隠滅を画策したものの、言うことをまるで聞かない狼娘が役に立たない上に顔のインクは油性の為完全には落ち切らなかった。
「おいっ、それは言わない約束だったろ。この裏切り者!」
「……ふーん。大体分かっちゃった。ツクネ、僕の顔に悪戯書きしようとしてテイルに止められたんでしょ。味方にそんなことする酷い人が居たら、おちおち、安寧に眠ることすら出来ないね」
一言の反論も出来ないツクネの顔には万の顔に描く予定だった黒縁眼鏡が漠然と存在している。川で汲み溜めた天然の水を使用し顔を暫く洗っていたが、これが中々頑固。数時間前の己の愚かな行為を心中で悔やんだ。
「テイル、顔のインク落としてあげるからこっちにおいで」
「万が綺麗にしてくれるの?」
「うん。だってテイルは僕のこと体張って守ってくれたんだよね。ありがとう」
ツクネに豪快にやられたテイルの顔は、あまり念入りに洗浄しなかったのか、比べて見ても汚れが明らかに残ったままだ。
只今隠遁生活中であり、彼女達が他人と顔を合わす機会など滅多にないだろうが、テイルもツクネも年頃の女の子。身嗜みは日頃から気にする習慣をつけるべきだ。
「お~い、よろず~。テイルばっか贔屓する気か~。ソイツは今日も服をびしょびしょにして、剰え見張りをサボったんだぞ~。褒めるのはお門違いだ。きつーいお仕置きが必要だ。お尻ぺんぺんを所望する」
嬉しそうに尻尾を具現化させて濡れタオルで顔を拭って貰っている最中、ツクネが水を差しテイルの過ちを露呈させ糾弾する。
万に甘やかされる狼娘を見て焼き餅を焼いたのだ。
ツクネは万に叱られるテイルの姿を脳裏に思い描いていたのだが、その見当は意外にも外れることになる。
「テイルはまだ十一歳の子供何だし、そのくらい仕方ないよね。何度も怒るのは可哀想だし……それに、故意にじゃないなら別に良い。ツクネと違ってテイルは至純で可愛いし」
「がう……ツクネの言ったことは嘘じゃない。黙っててごめんなさい……」
「へーき。へーき。ツクネのやったことならともかく、テイルの失敗は大抵大目に見られる自信があるよ」
もしかしたらと、叱られることを覚悟して身体をビクッと震わせていたテイルは、ほっと安堵の息を吐き胸を撫で下ろした。
万の寛大な性格は昔も今も変わらず安定している。温情な心の持ち主は、自分の顔に悪戯書きをしようと企んでいたツクネの顔も分け隔てなく同様に綺麗に拭う。
毎度のように尊大な態度を取る彼女に呆れている素振りは見せていながらも、幼少の頃から一緒に育ってきた家族同然のツクネを、些細な事で容易く嫌いになれる筈がなかった。
ーー和気藹々とした夕食を終えて、三人は入浴の準備に取り掛かり、ドラム缶に川から頂戴しておいた天然水を汲み始める。
大体半分くらい入れたら下から薪を燃やして丁度いい温度に調整。夜景を楽しみながらのドラム缶風呂は中々乙な物だ。
満天の星彩を眺めながら陶然たる面持ちで湯船に肢体を浸らせる。
ーーこんな至福な時間が永遠と続けばいいのに。
きっと、そこにいる皆がそう願っていた。
ーーそれに、まだ捕まる訳にはいかないから。
それぞれを金で購入した対象三人の抹殺はすでに済んだ。
しかし、彼女等が復讐すべき相手は残り一名存在し、そのターゲットは現在もこの世の何処かでのうのうと暮らしている。
あいつを殺すまでは意地でも抗う。手錠を嵌められたらそこでお終いだ。一度投獄されてしまえばおそらく命はない。待っている結末は「死」の一択。
「狭いんだから一人ずつ入れば良かっただろ。何でお前まで一緒に浸かってんだ」
「テイルも一番風呂してみたかった。ツクネは毎回最初に入っててずるい」
彼女達がこれまでに命を奪った人間は自分達を物扱いした買い手とその関係者に限られる。それでも人数は百人を上回った。
ーー悪を成敗しただけ。やられたからやりかえしただけだ。
きっと、そんな言い訳は通用しないだろう。
死刑や終身刑は免れない。だからこそ、あの男だけは何としても最後に殺しておきたい。
ーーテイルが化け物に変わる原因を作ったアイツが憎い。
ーーツクネの体から健康な脳が奪われる不幸な切っ掛けを作った奴隷商人の息の根を止めたい。
ドラム缶風呂ではしゃぐ二人の大切な家族の姿を慈母の様な眼差しで見据え、怒りの感情を露わにしたその形相をやんわりと綻ばせる。
ーーその願いさえ成就すれば、僕は死刑になっても構わない。
逃避行の途上で見つけた、山奥にひっそりと佇むすでに廃業となったキャンプ場。
その近辺を散策中、偶然に見つけた魚釣りの楽しめそうな広大な川。
ツクネとテイルの両名は昼ご飯や晩御飯のおかずを求めて毎日川辺へと足を運ぶ。
お尋ね者となり、全国に指名手配がされている三人に買い物へ店に出向くにはリスクが高い。最近の食事は主に釣った魚やレトルト食品ばかりが続いている。
捕まることを考えれば贅沢は言えない状況にあるが、一週間も同じ食べ物を食していれば飽きもくる。
アジトから行方を晦ます際に、リュックにありったけ詰め込んできたカップ麺や缶詰は残り僅かしかない。
それ等が底を突いてしまえば、収穫のない日は飯抜きを余儀無くされるだろう。
いくら腹を空かせていてもテイルとは違ってツクネには、そこら辺に生えている毒キノコやあちこちに蔓延る害虫を食べる気にはなれないのだ。
「ツクネ、お腹空いた。早くお魚釣って」
「うるせーなー。こっちだって朝から何も食べてないんだ。腹空かしてるのはお前だけじゃないんだぞ」
ーー現在、時刻は十三時を回ったところだ。
かれこれ一時間近く川とにらめっこしている状態にあるが、一向に獲物がかかる気配はない。
ちなみに使用している餌は現地調達したミミズ。意外にも虫を毛嫌いするツクネに代わってテイルが捕獲し針に取り付けた。生きている魚も怖くて触れない点に関しては、男勝り+尊大で横柄な彼女の数少ない乙女な一面。
釣り上げた魚の口から針を外し、バケツに移動させるのは「暇だから」という理由で付いて来たもう一つのテイルの役目だ。
「全然釣れないね」
「毎日釣って食ってたからな。この川にはもう魚はいないかもしれない」
「え~。テイル今日もお魚食べたかった」
「まだ釣れないと決まった訳じゃないが、望みは薄いな」
弱音を垂れ流しながらも根気よく踏ん張って、それから更に一時間の静観。
粘るに粘ってやっとこ釣れたのは経ったの二匹。三人で分けるには十分ではなかったが、収穫はゼロではない。
二匹の内一匹はお腹を空かして痺れを切らしたテイルが、川の中へ足を踏み入れ手掴みで捕まえた。
意気揚々と満面の笑みの狼娘の体と服は水中での格闘でびしょぬれ。ぷるぷると頭を振って水滴を周りに飛ばすその姿は正しく犬の様だ。
「お前、また服汚しやがって。万にまた怒られるぞ」
「汚してない。ずぶ濡れになっただけ」
「どっちだって一緒だろ。あたしは知らないからな」
野山を五分程進んだ先に現在の隠れ家、廃業したキャンプ場はある。
バンガローは施錠してあって使えないが、幸か不幸かテントを見つけて草地へ設置。
電気が通らないため夜は焚き火が光源の代わりとなる。
「万はまだ寝てると思う。だから怒られない」
「見張り任された癖に、あたしと一緒に川に付いて来てちゃダメだろ」
「ツクネはくどい。今更注意されたところで時間は巻き戻らない」
「ま、そりゃそーだけどな。サツに捕まりたくなけりゃ、用心に越したことはないだろ。アイツはあたしとお前が寝てる深夜、ずっと起きて監視に目を光らせてくれてるんだからさ」
見張りを疎かにしたテイルをそれらしく窘めるツクネだが、自らが見張り役の時は開始早々に微睡み、いつの間にか完全に眠りに落ちて役目を放棄していた。
テイルからすれば、口には出さずにいたが「ツクネだけには言われたくない」というのが正直な心情だ。
「万、ぐっすり寝てるね」
「そりゃそうだろ。コイツが寝たのあたし等が起きた朝方九時過ぎだぞ。こりゃまだまだ起きそうにないな」
二人してテントの中で眠る万の端正な面差しを覗き込む。
夜中一人きりで眠い衝動を我慢して見張りに徹してくれていた彼女にはいくら感謝してもしきれない。
テイルは色々と甘やかしてくれる、面倒見の良い優しい万が大好きだ。それだけではなく、とても傾倒している。勿論、傍若無人で何かとうるさいツクネのことも同じくらいに。
「すげぇ、ありがちかもしんないけどさ……」
「ツクネ、それで何する気?」
「決まってんだろ。落書きだよ。ら・く・が・き!」
ツクネが片手にニヤケ顏で握っているのは油性の黒色のマジック。
寝相の大変よろしい万は凝然としていて落書きには格好の的である。
悪戯大好きな暴君のとんでもない宣言に、テイルは不満顏を向ける。
「駄目。ツクネは受けた恩義を仇で返すの?」
「見張り役を任された癖に、それを怠ったお前には言われたくないね」
「が、がう……今その話を持ち出すのはずるい」
「眼鏡描こうぜ、眼鏡、黒縁眼鏡にしよう」
「させない。そんなに描きたいなら自分の顔に描けばいい」
突如始まった二人の取っ組み合い。
キャップを取って油性マジックの先端を露わにさせたツクネから物を奪い取ろうとテイルは懸命に取り縋り、暴君を眠り姫に近付けまいと可能な限り遠ざけようとする。
そんな健気な態度に対して躍起になったツクネも、しがみ付いて来る弱者を振り解こうと激しく体を暴れさせる。
二人は一歩も引かず対立し、最終的には暴君がしつこい邪魔者を標的に切り替え、事なきを得た。
************************
「二人共、その顔どうしたの。罰ゲームか何かかな?」
一騒動終えて、それから三時間後。
夢の中から現世へと戻ってきた万を加えて三人での早めの夕食タイム。
メインはやはり、串に刺して塩焼きにした二匹の魚だ。というか、それしかない。
目覚めて早速、万はテイルとツクネの顔がマジックの線だらけであることを言及する。
「ツクネが眠ってる万の顔にらくがーー」
そこまで言いかけた所で、隣に居たツクネがぺらぺらと動き出す軽口を塞ぎにかかる。
流石に分が悪いと感じた暴君が証拠隠滅を画策したものの、言うことをまるで聞かない狼娘が役に立たない上に顔のインクは油性の為完全には落ち切らなかった。
「おいっ、それは言わない約束だったろ。この裏切り者!」
「……ふーん。大体分かっちゃった。ツクネ、僕の顔に悪戯書きしようとしてテイルに止められたんでしょ。味方にそんなことする酷い人が居たら、おちおち、安寧に眠ることすら出来ないね」
一言の反論も出来ないツクネの顔には万の顔に描く予定だった黒縁眼鏡が漠然と存在している。川で汲み溜めた天然の水を使用し顔を暫く洗っていたが、これが中々頑固。数時間前の己の愚かな行為を心中で悔やんだ。
「テイル、顔のインク落としてあげるからこっちにおいで」
「万が綺麗にしてくれるの?」
「うん。だってテイルは僕のこと体張って守ってくれたんだよね。ありがとう」
ツクネに豪快にやられたテイルの顔は、あまり念入りに洗浄しなかったのか、比べて見ても汚れが明らかに残ったままだ。
只今隠遁生活中であり、彼女達が他人と顔を合わす機会など滅多にないだろうが、テイルもツクネも年頃の女の子。身嗜みは日頃から気にする習慣をつけるべきだ。
「お~い、よろず~。テイルばっか贔屓する気か~。ソイツは今日も服をびしょびしょにして、剰え見張りをサボったんだぞ~。褒めるのはお門違いだ。きつーいお仕置きが必要だ。お尻ぺんぺんを所望する」
嬉しそうに尻尾を具現化させて濡れタオルで顔を拭って貰っている最中、ツクネが水を差しテイルの過ちを露呈させ糾弾する。
万に甘やかされる狼娘を見て焼き餅を焼いたのだ。
ツクネは万に叱られるテイルの姿を脳裏に思い描いていたのだが、その見当は意外にも外れることになる。
「テイルはまだ十一歳の子供何だし、そのくらい仕方ないよね。何度も怒るのは可哀想だし……それに、故意にじゃないなら別に良い。ツクネと違ってテイルは至純で可愛いし」
「がう……ツクネの言ったことは嘘じゃない。黙っててごめんなさい……」
「へーき。へーき。ツクネのやったことならともかく、テイルの失敗は大抵大目に見られる自信があるよ」
もしかしたらと、叱られることを覚悟して身体をビクッと震わせていたテイルは、ほっと安堵の息を吐き胸を撫で下ろした。
万の寛大な性格は昔も今も変わらず安定している。温情な心の持ち主は、自分の顔に悪戯書きをしようと企んでいたツクネの顔も分け隔てなく同様に綺麗に拭う。
毎度のように尊大な態度を取る彼女に呆れている素振りは見せていながらも、幼少の頃から一緒に育ってきた家族同然のツクネを、些細な事で容易く嫌いになれる筈がなかった。
ーー和気藹々とした夕食を終えて、三人は入浴の準備に取り掛かり、ドラム缶に川から頂戴しておいた天然水を汲み始める。
大体半分くらい入れたら下から薪を燃やして丁度いい温度に調整。夜景を楽しみながらのドラム缶風呂は中々乙な物だ。
満天の星彩を眺めながら陶然たる面持ちで湯船に肢体を浸らせる。
ーーこんな至福な時間が永遠と続けばいいのに。
きっと、そこにいる皆がそう願っていた。
ーーそれに、まだ捕まる訳にはいかないから。
それぞれを金で購入した対象三人の抹殺はすでに済んだ。
しかし、彼女等が復讐すべき相手は残り一名存在し、そのターゲットは現在もこの世の何処かでのうのうと暮らしている。
あいつを殺すまでは意地でも抗う。手錠を嵌められたらそこでお終いだ。一度投獄されてしまえばおそらく命はない。待っている結末は「死」の一択。
「狭いんだから一人ずつ入れば良かっただろ。何でお前まで一緒に浸かってんだ」
「テイルも一番風呂してみたかった。ツクネは毎回最初に入っててずるい」
彼女達がこれまでに命を奪った人間は自分達を物扱いした買い手とその関係者に限られる。それでも人数は百人を上回った。
ーー悪を成敗しただけ。やられたからやりかえしただけだ。
きっと、そんな言い訳は通用しないだろう。
死刑や終身刑は免れない。だからこそ、あの男だけは何としても最後に殺しておきたい。
ーーテイルが化け物に変わる原因を作ったアイツが憎い。
ーーツクネの体から健康な脳が奪われる不幸な切っ掛けを作った奴隷商人の息の根を止めたい。
ドラム缶風呂ではしゃぐ二人の大切な家族の姿を慈母の様な眼差しで見据え、怒りの感情を露わにしたその形相をやんわりと綻ばせる。
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