眠れない男

たいら

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 千葉に弁当を預けて帰ろうと、千葉を探して病院の中を歩いていると、車椅子に乗る北海道さんとその車椅子を押す熊本さんに見つかってしまった。
「君が入院した方が良さそうだね」
「…………」
 北海道さんは右手と右足にギプスをして、右頬にも大きなガーゼをしていた。あまりの痛々しさに心臓から悲鳴が出そうだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ。最近の僕は踏んだり蹴ったりだよ!」
 北海道さんはそう言って無事な左手で肘置きを叩いた。
 ……良かった。体以外は大丈夫そうだ。踏んだり蹴ったりに俺も含まれていると分かっていても北海道さんの憤慨した顔にホッとした。
「さっきまで警察に話を聞かれていたんだよ。探偵なんてしているからそんな目に遭うんだって怒られちゃったんだよね?」
 熊本さんがにこやかに笑いながら言った。
「僕は被害者だよ! 悪いのは轢いた奴の方なのに!」
 北海道さんがそう言って、ぶっきらぼうに左手を俺に差し出した。
「え?」
「弁当」
 仏頂面でそう言われ、北海道さんにビニール袋に入れた弁当を渡した。
「毎日昼と夜に持ってきて。お金は払うから」
「……はい」
 車椅子を押す笑顔の熊本さんに手を振られながら、病室へ戻っていく北海道さんを見送った。
 思っていたよりも俺に怒ってなさそうな北海道さんに驚いた。
 ……まさか、あれさえも無かったことにするつもりだろうか?






 一日二回、入院している北海道さんに弁当を届けた。夕方の面会時間ギリギリに届けると、六人部屋の病室には千葉も熊本さんもいなかった。
 北海道さんはすぐに弁当の蓋を開けて食べ出した。
「あの、北海道さん。この間はすみませんでした」
「なんのこと?」
「…………」
 北海道さんは左手でフォークを持ち、パクパクと器用に食べている。
「君が僕を性のはけ口に使ったこと?」
「違いますっ! そんなつもりはありませんっ!」
「じゃあどういうつもりだったの?」
「…………」
「君は僕の意識がないときや、僕が嫌がっているときでもお構いなしにするじゃないか」
「すみません」
「しばらく君の顔を見たくなかったよ。永遠でもいいくらいに」
「……本当にすみませんでした」
 もはや謝ることしかできなかった。
 一生謝り続けるしかないんだ。それだけのことをしたんだから。
 退院する日、病院まで迎えに行くと、北海道さんは千葉とまだ右手と右足にギプスをした状態で、松葉杖を突きながら病院の駐車場に現れた。
 後部座席のドアを開けて北海道さんを乗せ、俺は運転席に乗り、千葉は助手席に乗った。
「この車は? 義理の弟の?」
 北海道さんに聞かれた。
「違います。俺のです」
「買ったの?」
「はい」
「…………」
 バックミラー越しに北海道さんに睨まれながらエンジンをかけた。北海道さんのために買ったのに北海道さんは怒っている。もはや何をしても怒られるに違いない。
 車を北海道さんの事務所のビルの横に止めると、北海道さんは松葉杖を使いながら車から降りた。
「おんぶします」
「いい。千葉くんお願い」
 冷たい顔で北海道さんに断られた。
「は、はい」
 俺が松葉杖を持ち、千葉が北海道さんを背中に背負った。
 しかし千葉は階段を一段上がったところで、前のめりに倒れた。そのあとも踏ん張ったが、起き上がれそうになかった。
「は、早く、早くしないと叔母さんが、来ちゃう……は、はやく……」
「……もういいよ。自分で歩くから」
 北海道さんがすぐに諦め、自ら立ち上がろうとしたところを、後ろから抱き上げた。
「うわっ、離せよっ!」
 嫌がって暴れる北海道さんを抱えて階段を上った。
「降ろせっ、触るなっ、変態っ!」
「階段上がるだけですから」
「君のそういう強引なところが嫌なんだよっ!」
「…………」
 階段のてっぺんで北海道さんを下ろすと、北海道さんは後ろにいた千葉から松葉杖を奪い、一人で事務所に入ってしまった。
 閉められたドアを見ながら千葉が言った。
「……さっき警察から連絡があったんです」
「なんて?」
「車のナンバーは偽造で、防犯カメラにも顔が映っていなかったそうです」
「…………」
「だからきっと北海道さんショックなんですよね?」
 心配そうに、子犬のように目を潤ませる千葉に聞かれた。
「……たぶん」
 やっぱり、北海道さんを狙って轢いたんだ。






 一日二回、北海道さんの事務所に弁当を届け、通院時も車で送り迎えをした。
「本当に今日もここで寝るんですか?」
 弁当を食べ終わった北海道さんは、毛布を敷いたソファに座り、テーブルにギプスをした足を乗せ、ずっと置物状態だったテレビを見ている。松葉杖をソファに立て掛けているが、物で溢れた事務所の中はトイレに行くのも大変そうだった。
「良かったら、うちに……」
 北海道さんがテレビに視線を向けたまま言った。
「君の家には二度と行かない」
「……もう二度とあんなことしません」
「信用できると思う? 君は一度も僕に同意を得ようとしたことがないよね?」
 ……たしかにそうだ。絶対に同意を得られないと思ったから無理矢理したんだ。最低な人間だ。
「本当にすみませんでした」
 頭を下げたが、北海道さんは無言のまま、テレビをつまらなそうに見ているだけだった。
「……帰ります」
 外に出ようとドアに手をかけたが、しかしどうにも帰りにくくて、北海道さんの元に戻った。もしかして、という気持ちが芽生えたせいだ。北海道さんはあんなことをした俺まだ嫌っていないみたいだった。
「あの」
 声をかけても北海道さんはこっちを見なかった。
「キスしてもいいですか?」
 北海道さんに睨まれた。
「今さら同意を得ようとしたって遅いんだよ! いつだって強引にしてきたくせに!」
「もうしません。絶対に。二度と強引にはしません」
「……絶対に?」
「はい」
「…………」
 北海道さんはしばらく俺を睨んでいたが、やがてテレビを消すと、何も映っていないテレビを睨みながら言った。
「じゃあ、いいよ」
「…………」
 北海道さんの肩に手を置いて、そっとキスをした。触れ合うだけのつもりだったが、恐る恐る舌を入れると、北海道さんも応えてくれた。
 遠慮がちな北海道さんの舌に舌先を触れ合わせてから、唇を離した。
「……北海道さん。好きです」
「知ってるよ」
 北海道さんはぶっきらぼうにそう言うと、また怒った顔でテレビを点けた。
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