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I
IV
しおりを挟む窓の外から明明と月の光が室内に降りそそぐ午前3時半。
あまりの眩しさに目を覚ます。
寝落ちしてから既に5時間が経過しており、あたりは静寂に包まれていた。
「...月が近い...。」
夕方、加賀美が言っていた月の話を思い出した。
月の光を真っ向から受けるため、高台に作られたこの学園。
夜は風に揺らめく薔薇が、月の光を受けて優雅に舞い、その芳香を運んでくる。
(きっと、凄く綺麗なんだろうな...。)
どうしてもその光景を自分の目で見たくなった四季は、居ても立っても居られず静かに寮の裏口から抜け出した。
広がるのは一面の草原。
満月の光に照らされ、草は艶やかに輝いている。
そして、胸いっぱいに広がる薔薇の香り。
「いい匂い...。」
柔らかな風が頬を撫でる中、そぞろ歩きしていると中庭らしき場所に着いた。
噴水の水がキラキラと光って眩しい。
中庭にも手入れの行き届いた美しい薔薇が咲き乱れ、月に向かって背伸びをしている美しさに思わず手を伸ばした。
「!...痛、...。」
薔薇の棘。
花にばかり目が奪われていたせいで完全に見落としていたが、触れれば傷を負う立派な棘がついている。
美しいのに触れることができないなんて、まさに高嶺の花だ。
一度傷を負ったにも関わらず、また触れたくなる不思議な感覚に襲われた四季はもう一度薔薇に手を伸ばした。
「...今日は満月で散歩日和だね。」
「!!」
突然背後から声を掛けられ、思わず飛び跳ねる。
バクバクと心臓を高鳴らせたまま立ち上がって振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
「...こんばんは。」
制服、だから教師ではない。
風が靡くせいで、黒の髪が男の顔を隠すが一目見て整った容姿であることが分かる。
穏やかな優しい声に、一切の敵意を感じさせない雰囲気。
「こ...んばんは...。」
ゆっくりと近づかれる度に、足元から砂利を踏む音が響く。
「棘、触っちゃったんだね...?」
「ぁ...え、と...棘があること忘れてて...。」
四季の手首を掴んだ男は、小さく笑いながら「そっか。」と声を漏らした。
男の手は驚くほどに冷たく、どんどん四季の体温を奪っていく。
「血が出てる...。」
「わ...!ホントだ、...っん。」
反射的に目をぎゅっと閉じ、体を硬直させた。
男が俺の指を舐めたからだ。
「うっ、ぁ...何...。」
傷口を抉るように舌先で擽られる度に、体にピリリとした痛みが走る。
「ん...。」
薄らと片目を開けると、長い睫毛を伏せた男が己の口端をペロリと舐めた。
その時に口から覗く白い尖った牙を見て、西園寺にも牙があったことを思い出す。
「あ、...の...それ...。」
指を伸ばし触れようとすると、男は口を開けて目を閉じる。
触ってもいいよ、と言わんばかりの行動。
犬歯とは違う鋭さを持つソレは、空想上の生き物だとばかり思っていたある生き物の存在を彷彿とさせた。
「ヴァンパイア...?」
「怖い...?」
怖くないと言えば嘘になる。
四季の知っているヴァンパイアは、若い女や人間の生き血を貪り身体中の血液を奪う...血液を主食とした不死の存在だ。
でも、この男からは...危ない感じが一切しない。
「怖くない...と思う...。」
「そう...良かった。」
目を伏せて笑った男の顔は、ため息が漏れそうになるほどに美しい。
月にも薔薇にも引けを取らない姿に見惚れ、尖った歯に触れるとゾクリと肌が粟立った。
「綺麗な薔薇には棘があるって、本当だね...。」
「ふふ...何それ。」
男は学生服のポケットから絆創膏を取り出し傷ついた部分に優しく貼り付けてくれた。
男の手は最初こそ冷たかったが、いつしか四季の体温と同じくらい温かくなっている。
ヴァンパイアが血液を主食とした存在であることが頭の片隅にある一方で、恐怖以外の、何か特別な感情が胸の底から這いあがる。
四季は感じたことのない感覚に、頭を傾げた。
「新月クラスだよね?僕と同じクラスの。」
「え、同い年...!?完全に年上だと思ってた...。
日中教室には居なかったよな...夜間授業を受けてる生徒?」
「ああ、ヴァンパイアは太陽が苦手だからね。
大半のダンピールは新薬のお陰で日中も問題なく行動出来るようになったんだけど、僕たち純血は薬の力を借りても少し難しいんだ。」
「...ダンピール?」
促されるままにベンチに座ると、男も隣に腰をおろし、ゆっくりと長い脚を組んだ。
月の光を受けると学生服を纏った体のラインが魅力的に浮かび上がる。
脚を組んだままでいながらも、彼の存在はどこか儚げで魅惑的だった。
「そう、吸血鬼と人間のハーフ。」
「なるほど...、で...あんたが純血?」
男に向かって指を指すと、男は「そうだよ」と口にする。
爽やかな風に乗ってどこまでも飛んでいってしまいそうな軽やかな声音。
(この人の隣、なんだか凄く落ち着く...。)
特にこの声は、真綿で鼓膜を包まれている気分になって酷く心地いい。
「この学園にヴァンパイアがいるなんて知らなかった。」
「無理もない、僕たちは人間を怖がらせたい訳じゃないからね。
あまり公にしたくないんだよ...、僕は言っちゃったけど。」
「言って良かったの?」
「いずれ説明しなきゃいけないことだからね。
この学園は、ヴァンパイアと人間の共存を目指しているんだ。
遠くない未来、僕と君も...」
頬に伸ばされた手の温かさに、体がピクンと反応した。
皮膚の柔らかさを確かめるように何度も頬を往復して、四季の視界に入り込むその男は
「またあの時みたいに笑い合えるかもしれないね。」
「あの...時...?」
ルビーのような...、血のような赤い瞳で見つめていた。
「会えて嬉しいよ、四季...。」
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