聖・黒薔薇学園

能登

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I

XLV

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準備が整った花月の間は、ゆっくりと扉が開かれる。

妖艶なクラシックが流れる大きなホールに、パートナー同士が手を取って歩み、定位置で向き合った。

二階の席には来賓や若い女性が、これから踊る生徒を吟味するかの如く見下ろしている。

ここは、将来の花婿を選別するための会場とも言えよう。

「つ、月城...俺...。」

喉から心臓が出てしまいそうなのは、見慣れないほど美しい来賓たちのせいか...はたまた目の前で誰よりも輝き佇む月城のせいか。

「大丈夫。」

美しい彼を一目見ようと足を運んだ者、月城家のご子息を見る好奇の目の中に、彼の両親や親戚がいるのだと考えるだけで胃が痛む。

人間の自分は、一体どう映るのだろうか。


「僕だけに集中して。」

ほんの一瞬だが、頬を撫でられると四季の体は瞬時に熱を持つ。

体が月城に触れられることを喜んでいるのだ。

「あのさ月城...」

「ん?」

「終わったら伝えたいことがある...から。
俺、頑張るね...!」


そうだ、緊張なんかしていられない。

今度こそ、月城に自分の想いを伝えるんだ。

一からダンスを教えてくれたことも、知らない感情に気付かせてくれたことも...月城と一緒にいるとこんなに幸せな気持ちになるんだってことも

「...ああ、分かった。」

全部伝えよう。


指揮者、奏者が構え、その数秒後にしっとりとしたメロディーが会場を包む。

胸に手を当てて一礼。

「お手をどうぞ、四季。」

言われるがまま彼の手を取り、もう片方の手を肩へ回すと、月城の手が四季の腰に回った。

滑るように横へスライドされた長い足に合わせて、四季も足を伸ばすと...

ぎゅむっ

「あっ!」

「っ...。」

見事に彼の足を踏んだ。

ぎゅむっ

「わ、ごめん...!」

「、大丈夫...落ち着いて。」

ぎゅむっっ

「ひええ...。」

三回連続で月城の足を踏み抜いた四季の頭の中はもはや真っ白だった。
練習の時ですらこんな失敗はしなかったのに、こんな大切な、しかも月城の両親が見てる中で大事な息子さんの足を踏んだのが下等生物である人間だってバレたら...

いやでも、慣れないダンスだし、今日の月城はいつもより何倍もカッコイイしいい匂いもするし、お手をどうぞって言われた時の圧倒的王子様感も半端ない。
これを前にして冷静を保っていられる人間は皆無なんだ。

と、頭の中でどうにかして責任転嫁しようとするが、正直この状況は絶望でしかない。

「ふっ...。」

「うう...月城、ごめん...。」

四季は情けなさで目に涙を溜めながら、月城を見上げる。


「あはは!」

「...!?」

(あ、あの月城が...声を出して笑ってる...?)

「ふふ、いや...ね。
緊張するの凄く分かるよ。
だとしても踏み過ぎでしょ、ひええって......っくく...。」

まだ笑ってる。

「そ、そんなに笑わなくてもいいだろ!」

「あはは、本当...君は僕を愉快にさせる。」

普段、口を開けて笑うことのない月城が歯を見せて笑う。
眉を下げ、口端が緩んだ彼の表情は、この世の何よりもキラキラしていた。

ダンスを披露する他の生徒は月城の笑顔に見惚れバランスを崩したり、踊るのを辞めたりしている。

四季もそんな彼から目が離せなかった。

緊張していたことも忘れ、口を尖らせて言い訳をする度、月城は声を出して笑う。

「練習だとあんなに上手に出来ていたのにね。」

「練習と、こことじゃ全然違うんだもん

服だって動きにくいし、床だって滑るし...。」

「確かに、ここの床はよく滑...」

ぎゅむっ

「あ!月城、今俺の足踏んだ!」

「...くくっ。」

「あはは!」

お互いがお互いの足を踏んだことにより、更に笑い声が漏れる。

会場も多少なりともザワついている様子だったが、もはや何も気にならなかった。

こうして二人で笑い合えるこの時間が楽しくて、一曲、演奏が終わる頃には四季も月城も別の意味で疲れていた。

フォームはぐちゃぐちゃで、綺麗に回ることすら出来ず、都度笑いを堪えてはお互いの顔を見て声を漏らす。

時折月城が笑いを堪えて体を震わせることですら、四季の笑いを誘った。


散々な舞踏会に来賓は戸惑っていたが、新月クラスの生徒は思ったよりも上機嫌だ。

未だかつて無い舞踏会の惨状に、一斉に姿を現した教師たちは何度も二階席へ頭を下げ、四季と月城を指さしてから「後で説教だ!」と釘を刺す。

確かに新月クラスの舞踏会は、四季のせいで台無しになったと言っても過言ではないだろうが

「楽しかった。
こんなに楽しいなら、毎年出席してもいいな。」

そのお陰で月城の笑顔を見れた。


「四季、月城様!
何やら楽しそうだったね?」

「西園寺...、俺が何回も月城の足を踏んじゃってさ...。」

「んもう!君はなんて下手っぴなんだ!
如月様だって一度しか私の足を踏まなかったと言うのに!」

会場内で声を掛けてくる西園寺と、護衛のように後ろを着いてくる如月は踊り切った!と言わんばかりに汗を輝かせている。

「如月も足踏んだの?」

「うん、何なら派手に転びそうになった。」

「景光は中等部の時、奏者側に突っ込んだからね。」

「そうそう、俺の体がデカすぎて制御出来ないんだよな。」

四季と西園寺は腹を抱えながら笑う。

「密、今日の俺は何点ですか?」

「うーん、そうですね...一回私の足を踏んだので99点と言ったところでしょうか。」

「わーい、ご褒美貰える。」

人差し指を立て満足気に話す西園寺を胸でプレスする如月は、ご褒美、ご褒美としつこく強請っている。

顔面を潰されながらも乳圧に抗う西園寺を見て、笑いのツボが浅くなった月城は背を向けながら体を震わせていた。

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