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第2章
第34話 タンタン
しおりを挟む神歴1012年、3月3日――ギルティス大陸南東、滅びゆく村。
宿屋。
玄関を入ってすぐの、割と広めの共有スペース。
畳に換算して三十畳ほどのこの空間に、十一人の人間が集まっている。
あとから合流したアリスとリア(ジャックがいる時点で彼女もいるだろうことは想像できたが、やはりいた)らを加えた、今現在、村に滞在している全十一名である。
そのうちの一人――後着組のリアが、同じく後着組の幼児(確かトッドという名前だったか)の手を引きながら、ジャックに訊く。
「このコ、部屋で寝かせてきていい? なんか眠いみたいなんだけど。寝かしつけたら、すぐに戻ってくるから」
「ああ、問題ない。グズって泣かれても面倒だからな。寝かせてこい」
「ん」
ジャックの了承を得て――リアがトッドの手を引き、二階へと上がる。
その一連を見届けると、ブレナは近くの椅子にどっかと腰を落とした。
と、わずかな時間差で、ルナが囁くように訊いてくる。
「あのヒトも、ジャックさんと同じですか?」
「ああ、ゼフィーリア・ハーヴェイ――リアだ。おまえと同じ、ゼロエネルで生まれてきた生粋の戦士だよ。もっとも、あいつの場合はダブルすら使わないが。素手で戦う文字どおりの格闘士、身体能力だけなら並の十二眷属を優に凌ぐ。あの華奢な肉体からは想像もできないようなとんでもない爆発力を秘めた怪物少女だ」
「……ゼロエネル。わたしと同じ……」
ルナの表情が、何かを感じたようなそれに変わる。
ブレナは、やれやれと小首を鳴らした。
(……ま、そうなるわな。後半部分、丸々聞き流されたっぽいけど、まあいいか)
あとでまた、リアの脅威は改めて伝えよう。この件が片づけば、おそらくは彼女とも一戦交えることになる。まんがいち、そのタイミングでギルバードが神都を離れてここまで出張ってきたら、リアの相手をするのはルナになるかもしれない。その可能性はかなり低いだろうが、想定をしておく必要はあるだろう。
もっとも、それらは全て、この件が片づいたあとの話だが――。
ブレナは、頭の中を『近々の大事』へと切り替えた。
そのタイミングで、ジャックの口もひらく。
が、彼らが思っていたほど、事はスムースには運ばなかった。
「さっそくだが、各々、今日この時間までの行動を偽りなく――」
「お待ちください、ジャック様。その前に――ちょっとそこのあなた、ティッシュを取ってくださらない?」
ステファニー・ゴードン。
流れを読まずに、どうでもいい己の欲求を優先。ジャックの苛立ちが、手に取るように分かった。
とまれ。
「はい、ティッシュ」
ティッシュを取れと要求(どう見ても、本人のほうがアリスよりも目的のブツに近かった気がするのだが)されたアリスが、面倒くさがる様子もなく、言われたとおりにティッシュを取ってステフに差し出す。
が。
「……ねえ、あなた馬鹿なの?」
「……え?」
「普通、箱ごと持ってくるでしょう? 二枚って……。なんで二枚だけ抜いて持ってきたの? 斬新すぎて笑えて来るんだけど。あなた、絶対仕事できないタイプね。まあ、見るからにそんな感じだけど」
「うぅ……ごめん、なさい」
ボロクソに言われ、しょんぼりと項垂れたアリスが――もう一度、今度は殊勝に箱ごと持っていってステフに差し出す。不機嫌そうな顔でそれを引っ手繰った彼女の口からは、ありがとうの『あ』の字も落ちなかった。
ブレナは、ルナの肩をグッとつかんだ。気色ばんだ彼女が、立ち上がろうとするのを抑えたのである。気持ちは分かるが、ここでステフと言い合いになってしまってはますます話が先に進まなくなる。文句を言うなら、この話し合いが終わったあとだ。ここは耐えて、話を先に進ませる。それが最善の選択である。
と、そう思ったのだが――。
「ちょっと、なんで獣が室内にいるのよ!?」
耐えても、話は先に進まなかった。
ステフのターゲットが、今度はレプへと移る。
否、レプの『頭の上』に乗っている『謎の小動物』へと。
「空気が獣臭くなってしまうわ! さっさと外に放り出してちょうだい!」
「タンタンは獣じゃない。レプの子分。なぜか不思議と無味無臭」
なぜかちょっと誇らしげに、レプ。
いつのまに捕獲したのか、すでに名前まで決まっていた。
「無味って……。それに無臭なわけないでしょう? 貧乏旅で薄汚い場所ばかり巡ってたから、鼻がおかしくなったんじゃないの?」
「レプの鼻は切っ先鋭い。どんなにおいも嗅ぎ分ける。タンタンは無臭。おまえの香水のほうが臭い。おまえこそどっか行け」
ブレナはひたいを押さえた。
台無しだ。
ルナを耐えさせたのも、自分が耐えたのも、全て台無し。台無しである。
案の定、ステフは目の色を変えて立ち上がると、ヒステリックな語調で、
「まあ、なんてコなの! 信じられない! 最悪の気分だわ! ジャック様、申し訳ありませんが部屋に戻らせて頂きます! 失礼!」
「なっ……!? 貴様ッ、勝手は許さんぞ! 待て! 戻れッ! おい!!」
ドタバタと。
ジャックの制止を振り切り、ステフがものすごい形相で二階へと駆け上がる。
ジャックは一瞬、彼女のあとを追いかけたが――すぐにあきらめ、渋い顔で元の席へと戻った。
ブレナは、言った。
「連れ戻さなくていいのか?」
「かまわん。ほかの連中の聴取が終わったあと、別個で確認すればいい。出てくる気がないなら、別にドア越しでも――」
「あの、ちょっといいですか? 言葉の途中ですみません」
「……なんだ?」
遮るようにルナに訊かれ――ジャックが、若干と眉根を寄せて問い返す。
受けたルナは、ペコリと一度、感謝の頭を下げたあと、
「この村の方たちは今、みなさんこの宿で寝泊まりしているんですか? 自分の家ではなく」
「ああ、そうだ。二日ほど前からな。私がそうさせた。ひとところに集めたほうが動きを把握しやすいし、相手もやりづらかろうと思ってな」
やりづらかろう中で、でも見事にやられ続けているようだが。
が、まあひとところに集めるというのは間違った手法ではない。事実全員の動きを把握しやすくなるし、犯人が動きづらくなるというのも確かだ。
問題は――。
「でも、外には自由に出れてしまうんですよね? それだと一か所に集めた効果が薄くなってしまうのでは?」
「……それはそうだが。だが缶詰にするわけにもいかないだろう? 子供じゃあるまいし、外に出るなと言っても止めることはできん。それとも、一歩でも宿を出たら殺す、と脅せとでも?」
珍しく冗談めかして、ジャックが訊く。
ルナはゼロコンマ二秒で即答した。
「はい。そうするべきかと」
「……貴様、見た目によらず考えることが大胆だな」
大胆。
ジャックの言うとおり、ルナは見た目によらず、ときより大胆な発想をする。
が、ブレナも実のところ、この件に関してはルナとまったく同じ考えだった。
犯人がもし、トレドのようなタイプの十二眷属なら――否、十二眷属ではなくとも彼のような性格の持ち主なら、おそらくはどんな状況になろうとも一日一殺を貫くだろう。自分が決めたルールを、楽しんで守る。それを守ることに快楽を感じている。ひょっとしたら、破ったら負けとさえ思っているかもしれない。
ゆえに――。
(目撃されるリスクが跳ね上がろうが、間違いなく決行する。犯人が十二眷属ならなおさらだ。『人間』になんて脅威は抱いてないだろうからな。俺たちはおろか、ジャックとリアすら眼中にないだろう)
見誤っている。
自分よりも強いかもしれない存在がこの場に三人もいることに気づいていない。
だからこそ、強引にでもその状況(極小のクローズドサークル)を作る価値があるのである。犯人の正体さえ分かってしまえば、自分たちならかんたんに事を解決することができるのだから。
だが、ジャックはその方法を取らなかった。
あまり効果があるとは思えない聞き取りを念入りにおこなったあと、この日は匙を投げたようにそのまま解散。
そして翌朝、新たな犠牲者の誕生と共に、彼は己の浅はかさを悔やむことになるのである。
これで、残る候補は四人となる――。
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