48 / 112
第3章
第48話 アリスとリア
しおりを挟む神歴1012年3月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。
午後5時35分――第三の塔十階、リアの部屋。
「うわぁー、高い―っ! 眺めすごいーっ! ヒトが豆つぶみたいーっ!」
窓の外を見やって、アリスが感嘆の声を上げる。
それを横目に、リアは机の前に座ると、深く長い息を吐いた。
一週間ぶりの帰還。
当たり前だが、部屋の中は以前と変わっていない。畳に換算して十畳程の広さの寝室と、同程度の居間。加えて風呂、トイレ付きの間取りは全室共通だ。ナギ直属の騎士団――聖堂騎士はみな、身分に関わらず(総長のギルバードと副長のエルフレアだけは別だが)その間取りの部屋を割り当てられる。第一の塔から第七の塔まで、総勢千を超える騎士たちがこの七つの尖塔に居を構えているのである。
三番隊の隊長であるリアも、そういった意味では同じ扱いだった。最上階の十階に部屋があるということ以外、ほかの隊士と変わらない。ベッドも、机も、その他の調度品も、みな同じ物である。自分の部屋は自分で掃除しなければならない、というルールも同じだった。
リアは、子供のように両目に星を宿して窓の外を見やっているアリスに向かって、
「楽しげに外眺めてるとこ悪いんだけど、そろそろ掃除始めてくんない? 報酬は約束どおり払うから」
「りょーかーい。掃除始めるーっ。でも、そんなに散らかってないよ? 寝る前のあたしの部屋のベッドより全然キレイ」
「……あんた、どんなゴミ溜めで寝てたの?」
「ぐなあーっ、ゴミ溜めじゃないー! ママが毎日掃除してくれてたから、朝にはいつもキレイになってたもん!」
「……自分でしなよ。てゆーか、人選間違えたかな……?」
観光を明日にズラしてもらってでもルナに頼めばよかったと、今さらながら後悔する。が、もうあとの祭りである。
リアは、腹をくくった。
「じゃあ、頼んだよ。あたしはここで仕事してるから、分かんないことがあったら聞いて」
「はーい!」
返事だけは元気がいい。まあ、掃除といっても一週間空けただけだし、とりあえずはなんとかなるだろう。
リアは目の前にある、たまりにたまった書類の束に目を移した。
と。
「あ、鬼の子クータン人形だー。あたしもこれ持ってるー。リアさんも、クータン好きなのー?」
「別にそんな好きじゃないけど。お母さんに初めてもらった誕生日プレゼントだから、なんとなく捨てられないだけ。もらったときは子供だったから、すごい嬉しかったけど」
懐かしい記憶が、ほんの一瞬だけ脳裏を駆ける。リアはだが、即座にその思い出をかき消した。ノスタルジックに浸っているゆとりなどない。今日中にこれを片す必要がある。
と。
「あーっ、この洋服かわいいーっ、フリフリしてるーっ、お姫様みたいーっ」
「あーそれこの前エルフレアさんにもらったの。でもあたし、ヒラヒラした服あんま好きじゃないんだよね。動きにくいし。それに、何かあるたびにエルフレアさんの着せ替え人形にされるのもなんか恥ずかしい」
聖堂騎士団の副長である、エルフレア・ストックホルムは自作の服を他人に着せたがる(主に女子)というよく分からない趣味を持っている。
何が楽しいのかまったく理解できないが――断ると、ものすごく寂しそうな顔をするため、なんとなく断りづらい。その甘さが、彼女の暴走に一役買っているのかもしれないが。
いずれ、リアは再び書類の束に視線を落とした。
と。
「あーッ、これ伝説の――」
「てか、全然仕事進まないんだけど!? あんた、どんだけおしゃべりなの!?」
リアは、ひたいを押さえた。
完全に失敗した。
二分の一の人選に、これ以上ないほど完璧に失敗した。
口から鉛の息が自然と落ちる。
見ると、アリスもしょんぼりとうな垂れていた。
さすがに反省したのだろう――「……ごめんなさい、もう口閉じる……」そう言ったきり、彼女は言葉どおりに言葉を捨てた。無言のまま、与えられた任務(部屋の掃除)へと戻る。
そうして、二時間が過ぎた――。
「うなあーっ、終わったーっ、疲れたーっ、でもキレイになったーっ!」
「…………」
綺麗になった。
アリスの言葉どおり、リアの部屋は見違えるように綺麗になった。本当に、文句のつけようがないほどピカピカになった。リアは感心せざるを得なかった。
「リアさん、どお? キレイになったでしょ? ピカピカになったよね?」
「うん、驚いた。あんた、要領悪いけど、ちゃんとがんばれるコだったんだね」
器用な人間だったら、三十分もかからず終わった作業だろう。アリスはその四倍以上の時間を要したが、仕上がりもそれに見合うだけの素晴らしさだった。
根気よく、コツコツと一生懸命できるタイプ。彼女に頼んで良かったと、リアは心の底からそう思った。
「ありがと。お疲れさま。お菓子と紅茶持ってくるから、ちょっと待ってて」
「なあーっ、リアさんに褒められた―っ、うれしいーっ、ルナに自慢するーっ!」
その場にバタンと倒れこみ、アリスが嬉しそうに身体を伸ばす。
リアは、思い出したように彼女に言った。
「あっ、そうだ。あんたにさっきの服あげるよ。報酬の三万ゴーロとは別に。がんばってくれたお礼」
「えーーーッ、ホントに!? ホントにホント!? ホントにくれるの!?」
「あげる。さっきも言ったけど、あたしが持ってるとエルフレアさんのおもちゃにされるし」
「わぁーーー、リアさんありがとーっ! ありがとのありがとのありがとーっ!」
寝転がったアリスが、右に左にゴロゴロと回転しながら喜びをあらわにする。
これ以上ないほど、無邪気な反応だった。
リアは、唇の端をわずかに緩めて笑った。
姉の気分が、初めて分かった瞬間だった。
0
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
神様から転生スキルとして鑑定能力とリペア能力を授けられた理由
瀬乃一空
ファンタジー
普通の闇バイトだと思って気軽に応募したところ俺は某国の傭兵部隊に入れられた。しかし、ちょっとした俺のミスから呆気なく仲間7人とともに爆死。気が付くと目の前に神様が……。
神様は俺を異世界転生させる代わりに「罪業の柩」なるものを探すよう命じる。鑑定スキルや修復スキル、イケメン、その他を与えられることを条件に取りあえず承諾したものの、どうしたらよいか分からず、転生した途端、途方にくれるエルン。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる