転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第6章

第86話 メガネっ娘デビュー

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 神歴1012年5月15日――ミレーニア大陸東部、レクの町。

 午前9時15分――第3区、宿屋2階の客室。

「悪者、やっつけるーっ」

「なんだとー!? オイラは悪者じゃないやい!」

「悪者ーっ」

「わわっ、なにすんだー! トーマ、このコ止めてよー! んぎゃ!?」

「…………」

 目の前で、トッドとチロが追いかけっこをして戯れている。

 否、追いかけっこというより、それは一方的な『狩り』だった。

 ぼこぼこぼこっ。

 逃げるチロに追いつくたび、満面の笑みでトッドが彼の頭をぼこぼこと叩く。

 ブレナは、ため息で反応するほかなかった。

「……俺の名前はだ。子供に追いかけられたくらいで、取り乱して本名叫ぶんじゃねえ。ほかの面子の前でンな失態、絶対に犯すなよ?」

「えーっ、そこ!? そこに反応するの!? 反応すべきところ、もっとほかにあるでしょー!」

「…………」

 やれやれだ。

 ブレナは、走るトッドの身体を強引に抱き寄せた。そのまま(ソファに座った状態のまま)、両肩に彼の身体を担ぎ上げ、肩車をする。

 トッドの関心は、あっという間にチロから肩車の興奮へと移行した。

 ブレナはもう一度、今度はより深く嘆息した。

(……なんで俺が子守をしなくちゃならないんだ? いやしてるのチロだけど……)

 朝起きたら、女性陣が全員部屋からいなくなっていた。

 みんな揃ってどこかへ出かけたのだろう。この町に着いてまだ二日目なので、探索という名のレジャーへと赴いたのかもしれない。遊び目的だろうが、それ以外の目的だろうが、別にそれはどちらでもかまわないのだが……。

(……せめて一言……いや、言われたか? なんか言われたような気もしないようなするような……)

 酒に酔っていてあまり覚えていないのだが、子守役を打診され、それを安請け合いしてしまったような記憶も若干と残っている。

(……ああ、クソ。そうだ、思い出してきた。確かアリスやルナに、リアをトッドの子守から一日だけ解放してあげたいので、と頼まれて、それを……)

 安請け合いした。

 ブレナは三度目のため息を、海溝の底へと深く落とした。

 両肩の重みが、その瞬間に三割増しで増す。

 疲れる一日はまだ始まったばかりであると、その重みが如実に訴えかけていた。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午前10時20分――レクの町、第3区。

 大型アクセサリー店、2階。

「んー、なんかしっくりこないなー」

 鏡の前で、そう言ってセーナが小首をかしげる。

 ルナは、忌憚のない意見を彼女に告げた。

「さっきのふちなし眼鏡のほうが似合ってたと思います。そのふちあり眼鏡はカッコよくありません。中途半端に上のほうだけふちがないのも意味不明です」

「そーかなー? あたしはその眼鏡も可愛いと思うけど。ピンクリムがセーナさんによく似合ってる。上側ふちなしもお洒落な感じ」

「そうですか? でもカッコよくはないですよ?」

「ルナのカッコいいの基準がよく分からないー! それに女のコなんだから、カッコいいより可愛いのほうがいいよー!」

「そんなことないです。性別は関係ありません。カッコいいは男女共通です。それにセーナさんもしっくりこないって――」

「……ああ、ごめん。しっくりこないのは眼鏡自体の話。眼鏡をかけた感じがなんかなじめない。違和感ある。めっちゃよく見えるようにはなったけど……」

 似合う、似合わない以前の話だった。

 ルナはアリスと顔を見合わせ、

「でも、眼鏡かけたほうがいいですよ。遠くが見えにくいのは、リスクあります」

「うん、あたしもそう思う。遠距離攻撃とかされたときに、反応遅れちゃうし」

「うー、まあそれはそうなんだけど……。はぁ、じゃあ一応、買うだけ買っとくか」

 あんまり気乗りしない、といった感じで、セーナが手にしていたピンクフレームの眼鏡を持ってカウンターへと向かう。なんとも言えない敗北感が、ルナの背中にズシリと伸し掛かった。

 彼女は気持ちを切り替えるように、視線を別の個所へと滑らせた。

 と、謎のハニワ人形(例の邪悪な魔人ハニワくんシリーズかもしれない。ハッキリ言って、カッコよくも可愛くもなかった。癖になる不気味さはあったが)二体を手に取り、それを真剣な眼差しで見比べているレプの横で、浮かない表情をしているリアの姿が視界に入る。

 ルナは彼女のそばへと歩み寄ると、

「どうしたんですか、リアさん。何か気になることでも?」

「……ん、ああ……別に」

 リアは歯切れ悪く、短くそう答えたあと、

「……ただ、ブレナにトッドを押しつけちゃって、なんか悪かったかなって……」

「はぁ? あんた、ンなこと気にしてんの? たった一日だけじゃない。ちょっとは他人に甘えろ。ブレナもたぶん、気にしてない」

 たった今、購入したばかりのピンク眼鏡をかけたセーナが、いつのまにやらこちらに近づきつつ言う。その後ろをついてきていたアリスも、「うんうん」と彼女のそれに追随した。

「そうだよそうだよ。気にする必要なんてないよー。そんなの気にしないで、今日はたくさん、楽しもう! 独身に戻った気分で!」

「……独身なんだけど?」

 ジト目で、リア。

 ルナはクスッと笑って、最後を締めた。

「ではリアさんの慰労会、フェーズ2に移行しましょう。フェーズ2は、みんなで楽しくランチタイムです」

 楽しい時間はまだ始まったばかりであると、流れる空気が告げている。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午前11時53分――レクの町、第3区。

 中央広場のレストラン。

「いやいやいや、あんたは五歳児か! どう食べれば、そんなんなんのよ!?」

 セーナが、我慢できないとばかりにツッコむ。

 が、言われた『アリス』はどこ吹く風だった。

「んあ? えっ、なに? なんか変だった? あたしの食べ方、おかしかった?」

「いや食べ方じゃない! こぼし方の問題だ! どう食べれば、そんな豪快にこぼせんのよ! 前から気になってたけど、今回は特にひどいから言わせてもらうわよ!」

 確かにひどい。

 アリスのイチゴパフェは、その三分の一近くがテーブルの上に散乱していた。

 ルナはため息をつくほかなかった。

「えへへ、ごめん。あたし、不器用だから」

「不器用すぎるわ!」

 不器用すぎる。

 が、もうそのことにはルナは慣れてしまっていた。

 代わりに、彼女は別のことをアリスに言った。こればかりは、慣れても気になってしかたがない。

「……そんなことより、アリスさん、またランチをイチゴパフェで済ますつもりですか? そんなんじゃ夜まで身体持ちませんよ? ちゃんとガッツリ食べてください。気になります」

「んなあー!? そんなの余計なお世話だー! お昼は好きなモノ食べたいの! ホントは朝だって毎日プリンで済ませたいのに、ルナがいっつも無理やりパン食べさせるから――」

「当たり前じゃないですか! 朝食は一日で一番大事なんですよ!? しっかり食べないと、一日を乗り切るパワーが出ません!」

「ぐなあーっ、ママみたいなこと言わないでよー! 夜しっかり食べてるから平気なの! あたしは寝る前におなか空いてても、朝起きるとおなかいっぱいになってる体質なんだから!」

「なんなんですか、そのめちゃうらやましい体質っ! 反則じゃないですか!?」

 世の女性陣が聞いたら、その九割方はうらやむだろう奇跡の体質だ。

「……まあでも、あたしからしたら、カレーに醤油かけてるあんたもどうかと思うけどね」

 横合いから。

 思わぬタイミングで、カウンターの一言ひだりフックが飛んでくる。

 ルナはバッと、視線をその声の主に向けると、

「そ、そんなのわたしの勝手じゃないですか!? カレーに醤油は、わたしの中では鉄板です! それを言うならリアさんだって、目玉焼きに『ソース』ってなんなんですか!?」

「……え、普通じゃない? ソース以外、なにかけんの?」

「醤油です! 醤油一択です! 目玉焼きにソースなんて、そんな邪道な食べ方してるの、世の中にアリスさんとリアさんくらいしかいませんよ!」

「あ、ごめん。ルナちゃん、アタシもソース派。アリスちゃんもなの?」

「うん、あたしもソース派。てゆーか、ルナがずっと言うからあたしのほうが少数派なのかと思ってたけど、ルナのほうが少数派じゃん! 醤油派、ルナだけじゃん!」

「……そんな。目玉焼きは塩で下味をつけて、食べる前に醤油が基本なんじゃないんですか? わたしが生まれ育った地方だけですか、その風習?」

「いやそんなことはないと思うけど……。てゆーか、ルナちゃん。そんな幽霊でも見たような顔でショック受けないでくんない? たかが目立焼きの食べ方くらいで」

 そうは言われても、ショックは大きかった。

 なんの疑問もなく、当たり前のようにそうだと信じていたことが、実はそうではなかったという衝撃は存外と重い。

 ルナはシュンと肩を落とした。

 と、それを見たレプが、珍しく励ますように言ってくる。

「ルナ、レプも醤油派。醤油ドバドバかける。そのほうがしょっぱくて美味しい」

「……レプ」

 ルナは、意味なくレプを抱きしめた。なんか、無性にそうしたい気分だった。

「……いや、ドバドバはやめたほうがいいわよ。ドバドバは」

 両目を細めてセーナが言うが、ルナもレプと同様、ドバドバかけたい派である。

 ルナは聞かなかったことにして、それからさらに七秒間、レプを抱きしめ続けた。

 いろんな意味で、今は彼女が愛おしかった。
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