転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第6章

第87話 ぷっちょん

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 神歴1012年5月15日――レクの町、第3区。

 午後5時1分――第3区、中央メインストリート。

 それは、だった。

 つぶらな瞳、もふもふの肌、手のひらサイズの小さな体躯。

 そして――。

「ぷぅぷぅ」

「可愛いーっ!!」

 アリスは神速で、を捕獲した。

 と。

「可愛い! 可愛い! 可愛いーっ!!」

 興奮気味に自らの語彙力のなさを白日の下にさらすと、アリスは捕獲したばかりのその生き物にさっそくほおずりした。

 心地の良い感触が、彼女を楽園へといざなう。

 アリスは隣を歩くルナに向かって、

「ルナ、見て-! 可愛いを捕まえた!!」

「見たことない生き物ですね。リスにほんの少しだけ似ていますが……」

 確かに。

 言われてみると、リスに少し似ている。

 が、やはり一目でリスではないと分かる。

 リスよりも、もっと『もふもふ』している。

 もふもふ感が強い。

 そして何より――。

「ぷぅぷぅ」

 ぷぅぷぅと鳴く。

 これが、なんとも言えず可愛かった。

 アリスは――レプがタンタンをそうしていたように――その小動物をちょこんと頭に乗せた。

 なんとも言えない、心地の良い重量感が、彼女を幸せの極致へと連れていく。

 アリスは、夢見心地にニンマリと笑った。

 それを見たルナが、あきれたように言う。

「なに子供みたいなことやってるんですか。そんな生き物かまってないで、早くリアさんたちのところに戻りますよ。もうだいぶ待たせてしまっています」

 ブレナたちのお土産を買いに、二人で近くの饅頭屋(肉まんを三つ買った)に立ち寄ったのが今から十五分前。

 肉まんを買うか、餡まんを買うかで十分以上悩んでしまったため――つまりは一足先に中央広場へと向かったリアたちを、だいぶ待たせてしまった計算になる。

 状況的に、急がねばならないのはアリスとて百も承知だったが、でも彼女にはその貴重な時間を使ってでも、ルナに宣言しなければならない大事があった。

 アリスは急かすルナの手を取り、彼女の動きを止めると、決意を込めた口調で力強く言い放った。

「ルナ、あたしこのコ飼う! ペットにする! 今日からずっと一緒っ!」

「…………え?」

 ルナの表情が、分かりやすく固まる。

 彼女はその後数秒間、道端の石像よろしく硬直すると、やがてハッと我に返って、
 
「マジですか? マジに言ってます? ホントにそのコ飼うんですか? なんの動物かも分からないのに?」
 
「うん、飼う! なんの動物か分からないけど、飼う! とにかく飼う!!」

「……そんな、両目に星を宿して言われても。レプのときも思いましたけど、生き物飼うって大変ですよ? ただでさえ、わたしたちは世界を旅する身の上なんだから」

「うん、分かってる。分かってるけど、もう飼うって決めたの。これから、あたしとぷっちょんは一心同体。生まれたときは違えど、死ぬときは一緒なんだからっ」

「なにどこぞの義兄弟みたいなこと言ってるんですか。ブレナさんが前に話してくれた『三国志』とかいう物語の影響めちゃ受けてるじゃないですか。てゆーか、さりげに『ぷっちょん』って。まさかそのコの名前じゃないですよね?」

「このコの名前だけど? 可愛いでしょ。今さっき、思いついたんだー」

「いやダサくないですか!? めちゃダサい名前じゃないですか!」

「ぐなあー、ダサくなんてないー! 可愛いー! じゃあ、ルナだったらどんな名前つけるのよー!」

 思ってもみなかった反応に。

 アリスはムキになって、ルナの言葉に噛みついた。

 と、受けたルナが、

「わたし……だったら? ああ……そう、ですね……」

 そう言って、右手をあごの先に潜らせ、黙考する。

 沈黙は、だが数秒。

 短い沈黙それを経て、そうしてルナはどうだと言わんばかりにその名を告げた。

 両目をキラリと光らせ、これ以上はないほどのドヤ顔で。

「アレクサンドリア、略して『アレク』とか?」

「なんだそのイカつい名前っ! ぜんぜん可愛くないー!!」

 全然可愛くなかった。

 ビックリするほど可愛くなかった。

 略されても、まったくもって可愛くなかった。

「な、なんでですか!? カッコいいじゃないですか! 可愛いより、カッコいいほうが良いに決まってます! アリスさんはネーミングセンスが子供じみてますよ!」

「こど……!? じゃ、じゃあ、リアさんとセーナさんにどっちが良いか訊いてみようよー!」

「いいですよ。でもアリスさんのネーミングセンスが幼稚すぎて馬鹿にされても、わたしは責任持ちませんからね」

 ――五分後。
 
「ぷっちょん」

「ぷっちょん」

「即答!? な、なんでですか!? ぷっちょんですよ!? めちゃダサいじゃないですか! ぜったい、わたしがつけたアレクサンドリアのほうがクールですよ!」

 ルナが納得できないとばかりに食いつく。

 駆け足で待ち合わせの中央広場まで向かったアリスたちは、その場所にたどり着くなり、待っていたリアとセーナにくだんの問いを投げかけたのだが、二人からの答えは思いのほか高速で返ってきた。

 アリスが望む、パーフェクトな形として。

「アレクサンドリアはないわー。びっくりするほどないわー」

「アレクサンドリア、ってなんか響きが怖いんだけど。てゆーか、どっからその名前出てきたの?」

「ど、どこからって……その、語感、とか……? カッコいい、かなって……」

 言いながら、でも途中からルナの声がだんだんと露骨に小さくなっていく。最後のほうは、ほとんど聞き取れないくらいの小声になっていた。

 アリスは勝利を確信した。

「ふっふっふ」

「うわ、ムカつく! その顔、ムカつく!!」

 くわっ、とルナ。

 どうやら、自然とそんな(ムカつく)笑みを浮かべていたらしい。

 アリスは、言った。

 その笑みを浮かべたまま、勝ち誇ったように。

「じゃあ、レプも退屈そうにしてるし、そろそろ宿に戻ろっか」

「戻る! レプは早く戻ってチロと遊ぶ!」

「だね。いっぱい遊んだし。リアじゃないけど、さすがにブレナに悪いもんね」

「ルナ、行くよ。くだらないことでしょげてないでさ」

「しょげてません! 別になんとも思ってないです! 思ってないですからね!!」

 後方で響く、ルナの言い訳が心地よく背中を叩く。

 アリスは早歩きで、宿へと向かった。頭の上の、新たな『家族』と共に。

 新しい町での新たな夕日が、これ以上ないほどアリスの心を高揚させる。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午後5時3分――宿屋2階、客室。

 それを見るなり、ブレナは両目を瞬かせた。

「……トッド、おまえ……なに描いてんだ?」

「変わった絵だね。ヘタウマな感じ? でも、トッドはまだ五歳だから、単純に下手なだけか」

 下手。

 チロの言うように、それは下手くそな絵ではあった。

 ただ、真っ白な大きな紙に、たくさんの色のクレヨンを使って、見ようによっては幾何学的とも見えるような、なんとも言えない不思議なその絵には、なぜかは分からないがゾッと背筋を凍らせる不気味さがあった。

「なんか紋様みたいにも、怪物みたいにも見えるね」

「怪物? そんなふうに見えるか? ああ……でも、そうだな。視点を変えたら確かにそんなふうにも……」

 見えないこともない。

 いずれ、ブレナは気味が悪くなって、トッドの右肩に軽く左手を置いた。

 そのまま、言う。

「おい、トッド。お絵描きの時間はそろそろ終わりだ。もう夕方だが、メシの前に軽く昼寝でも……」

「…………」

 返事がない。

 よほど夢中になって描いているのだろう。手を休めることなく、一心不乱に(でもなぜか表情は虚ろげ)創作作業に没頭している。

 ブレナはその作業をやめさせようと、左手に少しだけ力を加えた。

 が。

「…………ッ!?」

 

 否、

 レプくらいの年の子でも、容易に動かせる程度の力を込めたのに、一ミリたりとも動かせない。

 動かせなかった。

「ブレナ、邪魔したら可哀想だよ。そのうち飽きてやめるだろうから、今はそのまま描かせてあげたら?」

「…………ああ、そうだな。そうするか」

 チロの言葉に頷き、トッドの肩から手を離す。

 ブレナは、窓の外を見やった。

(……考えすぎか。自分で思っていたよりも、力を加減しすぎただけだよな……)

 このときは、そうして自分を無理矢理に納得させた。

 が、直感というのは思いのほか、精度の高い機能である。

 のちになって、彼はそのことを痛烈に理解する。

 阿鼻叫喚の、地獄絵図の中で。

 わずかに生じた不穏の風が、ブレナの心を冷たく吹き抜ける。
 
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