転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第6章

第90話 カーニヴァル、前夜

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  ≪アリス・ルージュによる、ぷっちょん観察日記≫


 ① ぷっちょんはキャベツが大好物。てゆーか、キャベツしか食べない。
  
  キャベツの千切り、キャベツだけ炒め、キャベツをキャベツで包《くる》んだキャベツ。

  でも、キャベツ、キャベツ、レタスって並べて置いたらぜんぶ食べた。


 ② ぷっちょんは芸術的な驚き方をする。
   
  ぷっちょんはビックリすると、ビギャーーーッって言って、ズコーッって転ぶ。


 ③ よく見ると、そんなに可愛くない。

  でも、あたしはそんなぷっちょんが大好き! 
  
  ラブリーぷっちょん! これからもずっと一緒っ!


             ――おしまい。


      ◇ ◆ ◇


 神歴1012年6月9日――ミレーニア大陸中部、首都ガルメシア。

 午後8時13分――ガルメシア城、玉座の間。

「……ようやく処刑の日取りが決まったのか? とうに覚悟はできている。さっさとやるがいい」

 ジャックは、覚悟のまなこで言った。

 視線の先では、黒髪黒目の長髪女――ナミが、豪奢な玉座に優雅に腰掛けている。

 そのかたわらには、リベカとオッドアイの少女が右と左に分かれて立っていた。

(……ギルバード様、育てて頂いた恩に報いることができず申し訳ありません。ナギ様、ナミの手にかかって殺されることをお許しください。……リア、すまない。私の分まで、ギルバード様を……

 ジャックは、そっとまぶたを閉じた。

 この時間に呼び出されたということは、つまりはそういうことなのだろう。

 明日か、明後日か。もしかしたら、今日、この場でということもありうる。

 ジャックはゆえに、そっとまぶたを閉じたのである。

 が、数秒のときを経て、ナミの口から放たれたその言葉は、ジャックのその推測と覚悟を根こそぎ豪快に打ち払った。

「見事な覚悟だ、と言いたいところだが、間抜けな早とちりだな。おまえをこの場に呼んだのは、処刑の日取りを伝えるためではない。というより、わたしはおまえを処刑する気などない。せっかく手に入れた貴重な駒を、使用することなく捨ててしまう馬鹿がどこにいる?」

「…………」

 ジャックは、しばし黙った。

 複雑な思考はあまり得意ではないが、今はそれをせねばならない。

 ナミはいったい、何を考えている?

 この言葉の意図はいったいなんだ?

 十数秒にもおける長い沈黙の果て、だが結局彼は全ての思考を放り投げ、

「……本気で言っているのか? 私をこのまま、生かして拘束し続けると?」

「ああ、本気だ。おまえにはまだ大事な使いどころがある。それが終われば、仲間の元に無事返すと約束しよう。傷物にするつもりもないよ」

「……戦闘能力も奪わず、無傷で返すというのか?」

「ああ、そのつもりだ。おまえがおとなしくしていればな。人が作った料理に世辞の一言さえ言わない無礼者でも無傷で返すよ」

「…………」

 ありえない。

 これは言葉のとおりに受け取ってもいいのか?

 それとも、やはり何か裏があるのか?

 再び、複雑怪奇な疑問が頭の中で渦を巻く。

 が、やはり十数秒の沈黙の果て、ジャックはそれら全ての疑問を残らず放棄し、

「……感謝はしている」

「ならば嘘でも旨いと言え。わたしにも感情はある。もう作ってやらんぞ」

 少しだけ、本当にほんの少しだけ、すねたようなそぶりを見せて、ナミが言う。

 が、彼女はすぐにその微弱な変化を打ち消し、

「おまえを今日、ここに呼んだのは、あることを伝えるためだ」

「……あること?」

「ああ、おまえにとっても重要なことだ。覚悟して聞け」

「…………」

 ジャックは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 思考に時間を割くのはもうやめた。考えようが考えまいが結果はすぐに出る。今は続けて放たれるだろうナミの言葉を、ただ待つのみだ。

 やがて、その言葉けっかがジャックの耳に届く。

 それを受け、だがジャックは再び苦手な思考を余儀なくされた。

「わたしはこれからこのガルメシア城を離れる。二、三日のことだとは思うが、それを伝えておきたくてな。リベカを残していく。あとは察しろ」

「……意味が分からん。それを私に伝える必要がどこにある? 遠回しに、?」

「まさか。おまえには利用価値があると言ったろ? 両手を鎖で繋がれ、ダブルを奪われたおまえにリベカをどうこうする力はないよ。それはおまえが一番よく分かっているはずだ」

 無論、分かってはいる。

 この状況では、通常装備の兵士数人を相手にすることすら難しい。ましてやAランクダブルを持ち、それなりの使い手であろうリベカを相手に脱獄するには、難度Eの離れ業が必要になるだろう。残念ながら、その離れ業は思い浮かびそうにない。

 が、

 わざわざ己の留守を伝える必要などないではないか。

 自分とナミが顔を合わせる機会など滅多にない(今を含めてこの一月余りでたったの三度しかない)のだから、黙って留守にしたところでその情報が漏れ伝わる心配は皆無に近い。

 なのに……。

 ジャックは怪訝に眉をひそめた。

 それを見たナミが、不思議そうに片眉を上げる。

「ピンと来ていないのか? 本当に察しが悪い男だな。わたしがいないということは、ということだぞ」

「……それがなんだと言うのだ?」

 意味が分からない。

 そんなこと、取り立てて言うほどのことではないではないか。

 ジャックはより強く、眉根を寄せた。

 と、受けたナミの両目が、驚いたようにかすかに丸まる。

 彼女はその表情のまま、当たり前のことを言うかのように言った。

「なんだ、知らんのか。彼女の料理は、殺人的に不味いぞ。わたしが作ったと思われたくないから、事前に伝えた。それだけの話だ」

「…………」

 二秒固まると、ジャックは無言のままリベカを見やった。

 照れくさそうに、ぺろっと舌を出していた。

 ジャック・ヴェノンはこの日、生まれて初めて『嫌な予感』を体感した。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午後10時11分――ガルメシア城、玉座の間。

「久しいな、ハイン。わたしを利用し、ヴェサーニアの支配者となる算段はまとまったのか?」

 目の前の、フード付き黒マントを頭からかぶった男――ハイン・セラフォントに、ナミは皮肉の言葉を投げかけた。

 フードの隙間からわずかに覗く、ハインのスカーフェイスが若干と緩む。

 片ひざをついた体勢のまま、彼は低い声で大仰にナミの軽口を否定した。

「お戯れを。私はナミ様に忠誠を誓っております。そのような邪な考えなどみじんもございませぬ」

「言葉が軽いな。貴様の言葉はいつも軽い。ノエル、おまえもそう思わんか?」

 ハインの隣でひざまずく、黒髪黒目の十二眷属――ノエル・ランに、同様の軽口を投げかける。

 反応は、反射の速度で返ってきた。

「思います」

「……ひっでーな。ちょっとはかばえよ」

 ぼそりと、ハイン。

 ナミは鼻を鳴らして、

「まあいい。貴様のその『不思議な能力ちから』は利用する価値がある。数年前からノエルやサラが貴様と似たような力を使いだしたことや、今になってその十二眷属を引き連れ、わたしのもとに現れたことなど、それら全ての疑義に目をつぶって貴様の力を利用する。この意味が分かるな?」

「……もちろんです。常々、肝に銘じていますよ。私とて命は惜しい。ナミ様の強大な力の矛先が、私に向くような『愚か』は断じてしないとこの場で宣言いたします」

「宣言などいらんよ。なんの価値もない。それが分かっているならじゅうぶんだ」

 有無も言わさぬ口調で発し、ナミはそのまま返す刀でノエルの顔も見やった。

 喜怒哀楽の乏しい彼女の表情に、ほんの少しだけ畏怖の色がのぞく。

 ナミは、左隣に立つリベカに言った。

「行ってくるよ。あとのことは頼む」

「はい。余計な気遣いとは思いますが、くれぐれもご用心を」

「うん、分かっている」

 薄く笑って、応じる。

 ナミは、今度は右隣のリリーを見やって、

「リリー、準備はいいか?」

「もっちろん! 何があっても、ナミ様のことはボクっちが守るから心配いらないよ! ナミさまは大船に乗ったつもりでいてよ! うん、それがいいかもしれないよ!」

「逆だ。おまえに守ってもらうほど、わたしは弱くはないぞ?」

 が、まあ頼りになる存在であることは間違いない。

 ナミは再び、視線を正面に向けた。

 立ち上がっていたハインが、屈強な右腕をこちらに差し伸ばしていた。

「では参りましょう。ラドン村へのゼロコンマの旅を、ナミ様にお届けいたします」

 ナミは躊躇なく、その手を握った。

 運命の数日が、そうして始まる……。

 

             ――第6章 完
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