転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第7章

第91話 終わりの始まり

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 神歴1012年6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。

 午前10時20分――ラドン村、ガマの大口。

 ブレナは、聞いていた。

 薄暗い洞窟の中で。

 相棒の、巻きグソ精霊――もとい、ドラゴンパピーのチロと共に。
 
「大事なことだけど、あえて二回は言わないよー。一回しか言わないから、しっかり記憶の底にとどめてね」

「…………」

 薄気味悪い光景だ。

 ブレナはことさらに眉をひそめた。

 結界(薄い水膜だが、村側から解かれないかぎり侵入不可の絶対防壁である)を挟んだ(村と外界を隔てる)視線の先には、見知らぬ男が立っている。

 黒髪黒目の青年。

 一見して十二眷属だと分かるが、だがおそらく見た目と中身は一致しない。

 、十二眷属の男があちら側にいることは間違いないのだろうが、少なくとも、今この場にいる人物はその男とイコールではないだろう。

 その男の姿を真似《まね》た、つまりは人真似師のだ。

 始まりは、数時間前に遡る。

 ブレナたちは昨晩、大陸中部の玄関口、ラドン地方の東端にたどり着いた。

 そこにテントを張り、一晩過ごしたあと――彼らは改めてラドンを目指して行脚を再開。

 と、再開からわずか十数分で、始まりの鐘は鳴らされる。

 先行して偵察に出ていたチロが、その鐘を思いがけず打ち鳴らしたのである。

 ――ブレナっ、十二眷属を発見したかも! この先、三キロメートルくらい進んだところにあるT字路の手前っ! 黒髪黒目の男が、ラドンに向かって歩いてたっ!

 無論のこと、その報告にブレナたちは目の色を変えた。

 彼らは弾かれたように走り出し、そうしてそのT字路の手前へと脱兎の勢いで行き着いた。

 到着すると同時、ブレナは高速で(予想に反し、そこにはすでにくだんの男の姿はなかったが)居並ぶ面々に向かって問答無用の指示を放った。

 ――二手に分かれよう。左の道を進めば数キロで行き止まり、右の道を進めばその先はラドンだ。男がどっちの道を進んだかは分からないが、俺はチロと共に右の道を進む。残りは左だ。もしも男がその先で待ち構えていたら、レプを報告に寄越せ。引き返してすぐに俺も駆けつける。分かったら、追跡再開だッ。生け捕りにして、ジャックを取り戻す足がかりにするぞ!

 もしも男が十二眷属で、その十二眷属がジャックをさらった一味(おそらくはナミの一派だろう)とつながりがあるのなら――生け捕りにすれば、ジャックを取り戻すカードとして使えるかもしれない。

 その思いを胸に、ブレナは一心不乱に男を追った。

 そうしてこのラドンの玄関口で、ようやくと男の背中をとらえたのだが――。

 よもや男がすでにラドンの内側に入っていて、なおかつその男の正体が人真似師のサラであったとは、さすがに想定の範囲外だった。

 否。 

 想定外の事象はその先こそが『本番』だった。

 その先――。

「大事なことだけど、あえて二回は言わないよー。一回しか言わないから、しっかり記憶の底にとどめてね」

 という冒頭のセリフを経て、サラと思しき人物の口から放たれた言葉。

 その『内容』が、短い時間の中でブレナがとっさに脳裏に産み落とした常識的な数種の想定――その全てを、あざ笑うかのように根こそぎ豪快に地平の果てへと押し流したのである。

「今から『サラ当てゲーム』を開催します! この場所から半径五キロメートル以内に潜む『サラ』を見つけてザクッと殺るだけのかんたんなゲームだよ。本物のサラをザクッと殺れれば、そっちの勝ち。でも、間違って『別人』をザクッとしちゃったらブレナ一行様の大惨敗っ! 制限時間は一応三日に設定したけど、なるべく早くを出してねー。じゃないと、飽きちゃうからー」

「…………」

 なんだ……?

 突然、こいつは何を言っている?

 数秒経っても、理解が追いつかない。

 ブレナは眉をひそめて、隣のチロを見やった。

 目と目が合う。

 彼らは同時に口を開《ひら》いたが――瞬間、だが後方で鳴った第三の声が、二人の口から出るべき言葉を奪った。

「ブレナさんっ!」

「――――っ!?」

 ブレナは反射的に振り向いた。

 が、そのゼロコンマ一秒後に己の犯した失態に痛烈に気づく。

 彼はすぐさま、視線を前方へと再度差し向けたが、それは絶望的なほどあとの祭りだった。

 

 そこにはもう、誰の姿もなかった。

 さっきまで悠々自適に立っていた、サラと思しき黒髪黒目の男の姿は当然のように忽然と消え失せていた。

 ブレナは小さく舌打ちした。

 その流れのまま、村の入り口付近に張られた水の結界に近づく。

 確認のため、指先で軽く触れると、バチっと軽く火花が散った。

 当たり前だが、結界は正常に作動している。ここをまかり通ることは、いかにブレナと言えど不可能である。

 ここから先に進むためには、この水膜が消えるのを待つほかない。

「……結界、ですか?」

「ああ。この水膜が消えないかぎり、村の中には入れない。この結界は村の内側からしか解けないからな。そのスイッチは洞窟を抜けた先にあるが……まあ、心配しなくても話の流れ的にほどなく解かれるだろうよ。俺たちが村の中に入らないと、ヤツの言う『ゲーム』とやらが始められないからな。と、んなことより――」

 いったん言葉を切り、そこでようやくと本格的に視線を背後に向ける。

 想像どおり、そこには青髪赤目の少女が立っていた。

 ブレナは、言った。

「ルナ、おまえ一人か?」

「二秒前まではね。今はあたしもいる」

 少女――ルナのさらに後方から、別の声が鳴る。

 ブレナはルナと共に、視線をその声の主へと差し向けた。

 リア。

 紫色瞳パープル・アイのクールな少女は、あきれた調子で鼻息を落とすと、そのままこちら側へと一歩を踏み出し、

二人一組ツー・マンセルってルールも忘れて、暴走した誰かを追いかけるのは手間だった。ブレナなら一人でも心配ないって言ったのに、全然聞く耳持たないし」

「……それは理解してましたけど、でも身体が勝手に動きました。理屈じゃないので制御は難しいです。ハズレを引いて、ちょっとムカついてたのもあるかも……」

「……あんたのその、冷静そうに見えて感情的なの、対処しづらいからどうにかしてほしいんだけど……」

 あきれ度合いをさらにもう一段階上げて、リアがぼそりとつぶやく。

 ブレナはやれやれと、首の後ろに手をやった。

 数メートルほど手前まで近づいてきていたリアに、そうして訊く。

「……で、ほかのメンツは? こっちに向かってるのか?」

「周囲に目を配りながら、ゆっくりと、ね。確実にハズレを引いたと言い切れる状態じゃなかったから。行き止まりまで一度も出くわさなかったけど――あたしたちが追ってきてるのに気づいて、とっさにどこかに姿を隠したって可能性もゼロじゃないと判断した」

「良い判断だ。ヤツが単独で行動していた、と言い切れる根拠もないしな。同じミスを繰り返さないのはさすがだよ」

「……嫌味のつもり? まあ、言い返せないけど……」

 言って、リアが若干と恥ずかしそうに視線をそらす。

 と、すぐさまルナの『おま言う』が薄闇の洞窟内に颯爽と降り注いだ。

「リアさん、気にすることないです。ミスは誰にでもあります。黒歴史上等です」

「……それ、今のあんたにだけは言われたくないんだけど」

 同感だ。

 ブレナも心の底からそう思った。

 と。

「どうでもいいけど、結界解けたよ? 入らないの?」

「……ん、ああ。やっぱ解けたか。今さらダッシュで追ったところで、アイツに追いつけるとは思えんから、アリスたちの到着を待ってみんなで入ろう。ほかのメンツにも、ヤツの言った『サラ当てゲーム』って訳が分からんゲームの説明をしないといけないしな」

 急かすように言ってくるチロに、冷静に返す。

 仮に追いつけたとしても、もう別人に姿を変えているだろう。村人に紛れられたら見抜くのは容易ではない。それよりも今のうちに情報を共有しておくほうが重要だ。

「サラ当てゲームってなに? もしかして、サラもいたの?」

「ああ……いや、いたというよりも……。まあ、その辺もみんなが来てから説明するよ。が、ややこしい事態になったってのだけは覚悟しといてくれ」

 怪訝に眉をひそめるリアにそう答えてから、ブレナは一度大きく息を吐いた。

 ややこしい事態。

 げにややこしい事態だ。

 考えなければならない事柄、選択肢が数多く存在する。

 だが、このとき彼はまだ知らない。

 さらなる不確定要素が、ラドンの内部にこれでもかと蔓延っていたことに。

 クライマックスの足音が、忍ぶことなく彼らの耳に届いて響く……。

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