転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第7章

第92話 サラ当てゲーム

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 神歴1012年、6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。

 午前10時37分――村の入り口付近。

 朽ちかけた木製のベンチに腰を下ろした状態で、ブレナは居並ぶ面々を順繰りに見やった。偵察に向かったチロ(こんなとき、本当にチロは便利である)を除く全員が
この場に揃っている。一通りの状況説明を終えた状態で、つまりはそれに対する『反応』を待っているというシチュエーションだった。

「――で、要約すると、この村の住人の誰かに化けているかもしれないサラを見つけ出して、ザクッとやれたらアタシたちの勝ちってこと?」

 真っ先にそう反応したのは、セーナ。

 ブレナはこくりと頷いた。

「そういうことだと思う」

「ザクッとって、ザクッとってこと?」

「ザクッとってことだろうな。ザクッと首を斬りおとす」

「抵抗しないの?」

「さあ? それは分からん。そもそも勝ったところでなんなのか、って話でもある。ミレーニア側の十二眷属を一人削れるってのは、おまえたちにとっては価値ある話かもしれないが、俺たちにとってはもうさほど重要なことでもない。まさかジャックを無傷で返してくれるってわけでもないだろうし――奴にその権限があるとも思えん」

 その権限を有しているのは『あのフードの男』か、彼らがナミとつながりがあるのならナミだろう。少なくとも、あのふざけた人真似師ではない。なんなら、あの件に関してサラは無関係という可能性すらある。

 だとしたら、こんな意味不明なゲームに付き合う道理はゼロとなるのだが……。

「勝つメリットは小さくても、でも負け方によっては負けるデメリットは小さくないですよ?」

 と、そこで初めてセーナ以外の人物が口をひらく。

 ブレナは流れるように視線をその人物、ルナへと向けた。

 視線が合う。

 彼女はたんたんと続けた。

「もし間違えたら――誤った人物をサラだと断定してザクッとやってしまった場合、なんの罪もない無関係な村人を一人殺めてしまうということになります。時間切れによる負け、にどういったペナルティがあるのかは分かりませんが……」

「…………」

 、というペナが真っ先に脳裏に浮かんだが、声には出さない。

 リアやセーナの不安をいたずらにあおるだけだ。あくまで可能性のひとつだし――それに正直言って、その可能性もそれほど高くはないだろう。さきの件と同様、仮に彼女があの一派の一員だったとしても、そんな重要な判断をサラが独断で下せるとは思えない。こんなくだらないゲームの勝敗云々で切っていい、そんな安いカードではないはずだ。

 時間切れ、で負けたときのリスクはそれほど高くないはず――と、そう答えようとブレナは口をひらいたが、別の人物に先を取られた。

「そもそもこの村ってさ、何人くらい住んでんの? 小さな村だけど、百人くらいはいる感じ? てゆーか、ブレナ、あんたは来たことあんの?」

 リアである。

 今までアリスと共に黙って聞くだけだった彼女はそう発すると、確認するような眼差しをこちらのほうへと向けてきた。

 しばしの黙考。

 ブレナは軽く記憶の糸を手繰ると、リアの質問に確固たる口調で答えた。

「ああ、来たことあるよ。俺がこの村を訪ねたのは一年以上前の話だが、そのときは確か『三人』だったと記憶してる。今はどうなってるか分からんが」

「三人!? いや三人って!? それもはや家じゃん! 村じゃなくて家じゃん! 父、母、子供二人の四人家族より少ないじゃん!! どゆこと!?」

 セーナが「なんじゃそりゃー!」という顔で、過剰に反応する。

 ブレナは、ため息混じりに言った。

「……いや、どゆことって言われても。そういうこと、としか。でも、少なくて困ることはないだろ? 村の人間にとっては大変かもしれないが、俺たちが困ることは何もない。今のこの状況においてはなおさらな」

「……いやまあ、それはそうだけど。でも、それでも三分の一の確率だからね。いちかばちか、なんて絶対させないわよ。ばちが出たら無関係な一般人を殺すことになるんだから。悪人ならまだしも――他大陸のこととはいえ、聖堂騎士団に身を置く者として見過ごせない」

「いややるわけないだろ。フェリシアのときとは違う。俺をなんだと思ってやがる」

 心外だった。

 いくらなんでも、そんな無法外道な博打をするわけがない。

 ブレナは短く嘆息すると、気持ちを切り替えるようにスッとベンチを立ち上がり、

「まあ、とりあえずはいったん宿屋に向かおう。いろいろと考えるのはそれからだ」

「……宿屋、あるんだ。村人三人しかいないのに、経営成り立ってんの本気で不思議なんだけど……?」

「リアさん、それはわたしも一瞬思いましたが――もしかしたら、でも残りの二人が毎日泊まりに来ているのかもしれません。七不思議にするには早計です」

「レプもそう思う! 観光客が一日百人来てる可能性もある! 隠れた人気村かもしれないと、巷では有名……」

「まあ、一応大陸中部の玄関口だしね……。百人はないとしても、そっちの可能性はあるか。ルナちゃんの説は論外だけど」

「論外って!? そんなの分からないじゃないですか! 決めつけは悪です! 現にわたしの生まれ育った村で、そういうおばあさんいました! 嘘じゃないですよ!」

 ルナが、ムキになってセーナに反論する。

 ブレナは三度目のため息を落とすと、その流れのまま、視線をゆっくりとアリスへと移した。

 珍しく会話むだばなしに参加せず、晴れない表情で、さっきからずっと両目を伏せたままのアリスへと。

「……どうした、アリス? さっきからなんも喋らないで。なんか気になることでもあんのか?」

 訊く。

 が、アリスの口がその理由を発する前に、ブレナは思い出し、そうして理解した。

 ああ、そりゃあこうなるのも当然だったな、と。

 数秒の沈黙を経て、やがてアリスがその当然の理由を発する。

 いつものようにがばっと両手を頭上に上げて、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのような勢いで。

「あるよー! なんで誰もトッドくんのおんぶ変わってくれないのー! なんであたしがずっとおんぶ役やってるのー! もう疲れたーっ! 不公平だーっ! こんなの良くないーっ!」

「…………」

 すっかり忘れていた。

 チロが「黒髪黒目の男を発見した」という報せを持ってきて以降、ずっとアリスに背負わせたままだった。

 完全無欠に爆睡しているトッドを、つまりは朝からずっとアリス一人がおぶっていたことになる。彼女がこうなるのも、思えば至極真っ当な流れであった。

 ブレナは、気まずげに視線をそらした。

 と、代わりにセーナが言う。

 さも当然であるかのように、火に油を注ぐような一言を。

「いやしょうがないでしょ? あんたが一番弱いんだから。強キャラの両手ふさいでどうすんのよ。戦略的理由だ。それに、あんたいつもトッドのこと抱っこしたがってんじゃない。リアさんばっかズルいーっ、とか言って。何が不満なの?」

「ぐなあーっ!? なんだその言い草ーっ! それとこれとは別問題だーっ! もう怒ったーっ! 怒ったんだからーっ!!」

 アリスの怒りは、三分三十七秒続いた。

 その怒りが収まった二分後に、ブレナたちは宿屋に到着した。

 そこで待っていたのはでも、アリスの乱以上に厄介極まる難題だった。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午前10時50分――ラドン村、宿屋1階。

「いらっしゃいませーっ! 何名様ですかーっ!」

「…………は?」

 何が起こったのか、ブレナは一瞬理解できなかった。

 数秒遅れて、理解が追いつく。

 追いつくと同時、彼は両目を見開き、叫ぶように言った。

「おまえっ!? あのときの! なんでおまえがここにいやがる!!」

 、幼い少女。

 あのとき、あの場所で、ナミと共にナギらと対峙していた白黒の少女。

 その少女が、看板娘だと言わんばかりに当たり前に出迎える。

 だが、その衝撃は『前座』に過ぎなかった。

 前座――。

「何を驚いている。まさか想定していなかったのか? ここは我らの大陸。いつどこで出くわしたとしても、不思議はあるまい。意外と甘いな、ブレナ・ブレイク」

「……なっ!?」

 その声に、その姿に、ブレナの鼓動は一気に高鳴った。

 黒髪黒目。

 腰まで伸びた艶のある黒髪をこれ見よがしにふぁさりとやって――奥から現れた第三のは、そうして優雅に言った。

「ようこそ、ミレーニア大陸へ。ぞんぶんに、もてなしてやろう」

 思いがけない再会が、物語を『終わりの始まり』へといざなう。
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