転生したら誰もいないどころか何もなかったのでゼロから世界を造ってみた

kisaragi

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第7章

第94話 すっかりチロのこと忘れてた!

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 神歴1012年、6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。

 午前11時17分――ラドン村、宿屋1階。

「その言葉に、嘘はないだろうな……?」

「ああ、嘘などないよ。嘘を吐くのは好きではないからな」

 

 ジャックを解放する気はあると、ナミはあっさり答えた。

 だが、それがあまりにもあっさりしすぎていて、逆にブレナは怪訝に思った。

 リアや、ほかのメンツも同様に思ったのだろう。誰一人、その答えに安堵の表情を浮かべる者はいない。

 ブレナは疑いの眼差しを維持したまま、

「……で、条件は? どうすれば、ジャックを返してもらえる?」

「単純な話だ。おまえたちが今、やらされている『ゲーム』に勝てばいい」

「サラ当てゲームのことか?」

「相変わらず、慎重だな。いちいち確認せずとも、そうだと分かるだろう?」

「……想像はついたが、信じたくはなかったんでな。おまえまで、こんなくだらないゲームの推進派だとは思わなかった」

「推進派ではないよ。が、これも部下のモチベーション管理という奴だ。昔から『雑務』は嫌いではないからな」

(……ああ、そうだったな。、おまえはマメな奴だった)

 と、これは声には出さずに胸中で。

 ブレナの口は、それとは別の言葉を選択した。

「でも、いいのか? もしも、俺たちが、おまえの大陸の住民が一人死ぬことになるんだぞ?」

 言って、ことさらに斜め後方のテーブルを見やってみせる。

 三人の老人が、こちらの様子などまるでおかまいなしにのどかに談笑していた。

 視線をナミに戻す。

 と、彼女は軽く鼻を鳴らして、

「ああ、それは困るな。ミレーニア大陸の住民は、我が子も同然だ。わたしの目の前で勝手はさせない。だから、その部分に関してはわたしの権限で

「ルールを、変更?」

「ああ。おまえたちの中で断定がすんだら、この場所でわたしにそれを伝えろ。誰に化けているかはわたしも伝え聞いている。その場で正否を答えよう。だからザクッとはナシだ」

「……あんたが嘘吐くって可能性は?」

 と、それまで黙って聞いていたリアが、そのタイミングで口を挟む。

 ナミは彼女のほうへと視線を滑らせると、

「ないよ。そんな姑息な真似はしない。、しないと宣言する」

「それって? 自分に誓われても信用できないんだけど?」

 と、今度はセーナ。

 訝る彼女に、ナミはだが正直なまなこで答えた。

「違うよ。わたしは神などではない。ナギと違い、そう名乗ったことも一度もない」

「じゃあ……」

 と、言いかけたセーナを、ブレナは素っ頓狂な声で制した。

 否。

 制したわけではない。

 結果的に、制することになっただけである。

 結果的に――。

「だあーっ、思い出した! チロのことすっかり忘れてた! 偵察に出したことすらすっかり忘れてた!」

「なあーっ、レプも忘れてた! 兄者、すぐにあのベンチの場所まで戻る! ダッシュで戻る!!」

 大失態。

 不満たらたらにブーたれるチロの姿が、これ以上ないほど鮮明にブレナの頭を駆け抜ける。
 

      ◇ ◆ ◇


 同日、午前11時30分――ラドン村、入り口付近のベンチ。

「なんだなんだなんなんだーっ! オイラのこと、忘れてたってなんなんだー!」

「…………」

 ああ、これは想像した以上に怒っている。

 チロ、カンカンである。まあ、カンカンにしたのは自分たちなのだが。

「チロ、機嫌直す! レプがお土産持ってきた! ナミが作ったアップルパイ!」

「……アップルパイ? ナミが作ったの? 美味しいの?」

 チロが、分かりやすく食いつく。

 ブレナは、もう大丈夫だと確信した。

 チロの機嫌はほどなく直る。長年の勘が、間違いないと告げていた。

「のわーっ、美味しい! 超美味!! オイラ、こんな美味しいアップルパイ初めて食べたよ!! ……でも、今日のオイラはこんなことくらいじゃ機嫌直さないよ!」

 長年の勘が、外れた。

 ブレナは逆切れした。

「んだよ、いつまでも! さっさと機嫌直せよ! 面倒くさい奴だな!! アップルパイにつられろ!!」

「つられないよー! オイラはそんなにかんたんじゃないやい!」

「かんたん! チロはかんたん! チロのかんたんさは、悪い男にちょっと優しくされただけでコロッといっちゃうチョロい女並みだと巷では有名……」

 どこでそんな言葉を覚えてきたのか……。

 いずれ、レプのその囁きをいつものように右から左に流して、ルナが言う。

「それはそうと、そろそろ本題に入りませんか? 時間は有限です。無駄にはできません」

「……ああ、そうだな。そうだった。今の俺たちには明確なタイムリミットがあるんだった。チロ、そういうことだから話変えるぞ」

「……うぅ、オイラの扱いが軽いー。しょうがないから納得するけど、扱い軽いー」

「よしよし。チロ、元気出す。ワッフルもあげる。レプのもあげる」

 レプの手によって次から次へと差し出される(いつのまにそんな量を『テイクアウト』していたのか)お菓子の群れに、頑なだったチロもさすがに白旗を上げた。

 満面の笑みを浮かべながら、満足そうにがぶりつく。不機嫌モードはもう、文字通りどこかへ吹き飛んでいた。

 ブレナは、本題に入った。

「ナミの話だと、この村に住んでいる人間は三人――つまり、俺がここを訪れた一年前から変わっていなかったということになる」

「その三人って、宿屋にいたあの『三人』ってことですよね?」

 間髪いれずに、ルナが訊く。

 今現在、トッドを本格的に寝かしつけるために宿に残ったリアとセーナを除く、五人の面子がこの場に揃っているのだが――積極的にこの話題にからんでくるのはルナ一人だけだった。

 レプはもちろん、アリスも「難しいことは任せた」とばかりに鼻歌を歌いながら明後日あさってのほうを向いている。

 ブレナはしかたなく、ルナとのみ話すことにした。

「ああルナ、あの三人だ。全員、確か八十を超えていたと思う。元気が有り余ってるツー爺さんワン婆さんだよ」

 老爺二人と、老婆一人。

 タン爺さん、ロン爺さん、セツ婆さんの三人だったと記憶しているが、どっちがタン爺さんで、どっちがロン爺さんだったかは覚えていない。

(……宿屋の爺さんの名前、タンだったっけかな、ロンだったっけかな……)

 ダメだ。

 思い出せない。

 でも、タンとロンのツーネームだったのは確かである。どうでも良い情報だが。

「普通に考えたら、怪しいのは宿屋のおじいさんですよね? ナミの近くに常にいるわけですから」

「まあ……そうだな。でも、うーん……」

 事はそんな単純な話なのだろうか。

(……うーん、なんかがあるんだよな。サラ当てゲームってのを聞いたときから……)

 それが何かは分からない。

 だが、その瞬間に芽生えた『引っかかり』であることは確かだった。

 サラ当てゲームと関係するものなのか、しないものなのか、それすらもハッキリしない曖昧模糊とした感覚だったが。
 
「とにかくまずは情報収集と、それ以上に大事なのは『観察』ですね。三人ともまだ宿にいるかもしれません。戻りましょう」

 ルナの言葉に、無言で頷く。

 ブレナたちは再び、今いた宿のほうへと戻った。

 本格的な捜査が始まり、やがて終わる。


      ◇ ◆ ◇


 同日、午後9時30分――ラドン村、宿屋2階の客室。

 ルナは、考えていた。

 今日の捜査で、得られた収穫は少なかった。

 三人から彼ら自身に関わる情報をそれなりに聞き出し、さらにはそれと同時によくよく彼らの行動を観察もしたが、これといった収穫は得られなかった。

 さしたる収穫がない中で、でもルナは考えていた。

「あーっ、レプ! それ、オイラのアップルパイだぞ!」

「レプは強奪に成功した。この世は弱肉強食。チロが早く食べないからいけない」

「なんだとー!」

 ルナは、考えていた。

「ねえねえ、チロくんってさ、ギルティスから何日くらいでこの大陸まで飛んできたのー?」

「うーん、一週間くらいかな?」

「めっちゃ早いー! 船とそんなに変わんないじゃん! チロくん、すごいー!」

「えへへ、そうかなぁー?」

 ルナは――。

「あっ、リア。そこにある新聞取ってくれる?」

「自分で取んなよ? 面倒くさいなぁ……」

(……集中、できません)

 集中できない。

 まったくもって集中して考えることができない。

 まだ二日猶予があるとはいえ、悠長に構えていられる状況などでは到底ないというのに。

「あれ、ブレナさん? どっか行くの?」

「??」

 と。

 不意に聞こえてきたアリスの『その言葉』に、ルナはうながされるように視線をブレナのほうへと向けた。

 ちょうど、立ち上がった彼が部屋を出ていくところだった。

「……ああ、ちょっと夜風に当たってくる。一人で、

 考えたいこと。

 彼はそう言い残して、そのまま部屋を出て行った。

 ルナは、視線を正面に戻した。

 うつむく。

 考えたいことなら、自分にもある。

 否、

 この村の住人は、三人しかいない。

 適当に答えを出しても、つまりは三分の一で当たりを引ける。

 ザクッとやるのが当初の予定だったのだから、逆にサラからしたらどんなに低い確率でも三分の一でということになる。

 果たして、そんなに分が悪い賭けを彼女がするだろうか?

 無論、彼女のことはよく知らない。

 そういった計算をしないタイプなのかもしれないし、ただ単に頭が弱いだけという可能性もある。

 だが――。

 どうしても、は脳裏をもたげる。

 ルナは、視線を上げた。

 そのまま、部屋の隅で退屈そうにしているリアへとそれを移す。

 ルナは、言った。

「リアさん、わたしたちもちょっと外で話しませんか?」

 どうしても、そうしておかなければならない理由が、そうしておきたい理由が彼女にはあった。

 それぞれの、決断の夜がそうして始まる。

 
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