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最終章
第106話 ラスボス登場
しおりを挟む神歴1012年6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。
午前9時56分――宿屋前の広場、宿から少し奥まった地点。
「貴様ッ、まだ!!」
気色ばんだナミの叫び声が、後方で響く。
ブレナは左手で彼女の動きを制すと、
「問題ない。奴はもう戦えないよ。あの程度の距離しか、移動できなかったのがその何よりの証明だ」
「…………ッ」
ハインの黒ずんだこめかみが、ピキリと動く。
ブレナは、さらに言った。
「可能なら、この場所から別のエリアへと一気に移動したかったはずだ。そのほうが回復に時間を費やせる。しなかったということは、できなかったということだ。今の奴はこの距離を移動するのが限界。俺たちの背後に回らなかったということは、出現場所すら選ぶゆとりがなかったということかもしれない」
「…………」
沈黙。
図星をつかれて黙ったのか、あるいは言葉を発することさえままならないのか――どちらかは分からないが、どちらにせよ勝負が決まったという事実に変わりはない。
ブレナはゆっくりと彼に近づき、そうして勝者の言葉を優雅に放った。
「おまえは俺と同じ『転生者』だと言ったが、いやよく考えてみたらそいつは違うんじゃないかってのが俺の至った結論だ。なあ、だってそうだろ? ここは俺がゼロから造り上げた世界だ。そこにあとからやってきたおまえは、転生者という名のただの訪問者だ。俺が造ったこの世界を訪問した、ただの客人だ。家主のルールに従う客人なら喜んでもてなすが、我が物顔で傍若無人に振る舞う客人には分からせないといけないよな? それが家を守る――世界を守る『神としての務め』だ」
握っていた、ハインの愛刀がポトリと地面に落ちる。
彼はそのまま、力なく両膝も土の地面にガクリと落とした。
決着。
ブレナは今度こそと、握った『グロリアス』を再び頭上高く掲げた。
が。
「だからーっ、そっちは危ないってー! てゆーか、急にどうしちゃったのさ!」
声。
突然と耳に響いたのは、ドラゴンパピーの聞き慣れた高い声。
ブレナはその瞬間に、本能で後方に飛び退いた。
と、それと時を同じくして、ナギの叫びが周囲に轟く。
「父上、お下がりください!!」
直後。
ごぅ!!
「――――ッ!?」
火柱。
突如として、巨大な火柱が竜巻のごとく巻き上がる。
生気を失ったハイン・セラフォントの身体を巻き込むようにして。
傍若無人な訪問者が文字通りの灰となり、新たな『脅威』が思いがけずに現れる。
◇ ◆ ◇
同日、午前9時58分――宿屋前の広場、宿から少し奥まった地点。
「……は?」
それは、理解に苦しむ状況だった。
視線の先には、焦土を化した一帯が広がっている。
その場所にいたハインの身体はすでに灰燼と化し、そこから半径十メートルほどの一帯も完全に焦土と化している。
だが、それ以上にブレナの驚きを誘ったのは――。
「……トッド?」
トッド。
焼野原となった一帯――その中央に、トッド・フィールが立っている。
色のない瞳で、ぼんやりと空を見上げたまま、ただその場に立っている。
ブレナは、ゾッと背筋を震わせた。
やがて、近くまで飛んできた『チロ』が、言い訳がましく言う。
「突然、トッドが部屋を出ていこうとして――オ、オイラ止めたんだよ! 必死に止めたんだ! レプと、アリスってコと一緒になって精一杯! でも、三人がかりでどんなに引っ張ってもビクともしなくて……。それどころか、オイラたちまで引きずらちゃって……だからレプたちを宿に残して、オイラ一人で追ってきたんだけど……」
「…………」
どうでもいい。
そんな経緯はどうでもいい。
重要なのは、トッドの様子がおかしいことだ。
否。
もっと重要なのは、この一帯を焦土と化したのが――。
「このタイミングで目覚めるか。つくづくツイてない男だな、私は」
と、不意に鳴ったナギの言葉が耳に触れる。
ブレナは、即座に視線を彼のもとへと滑らせた。
訊く。
「どういう意味だ? おまえ、何か知ってるのか?」
「…………」
ナギの両目が、何かを考え込むようにきつく細まる。
五秒か、六秒。
あるいはもっと短かったかもしれない。
その短い沈黙を経て。
やがて、彼は意を決したように一息吐くと、
「分かりました。全てお話します。この状況、父上の力も借りねばなりませんから」
「話してる余裕がある案件なのか?」
トッドに視線を留めつつ、ナギに訊く。
彼からの返答は、なんとも言えない中途半端なものだった。
「さあ、そこはなんとも。今の『奴』は半覚醒状態。ああなってしまっては、もう元には戻らない。いつ完全覚醒してもおかしくはない状態です。それが一分後なのか、一週間後なのかは分かりませんが――まあ、確率的に考えて数分以内にそれが起きる可能性は極めて低いでしょう。こちら側から攻撃でも仕掛けないかぎりは、ね」
「なら、できるだけ早口で説明してもらおうか? あれは本当にトッド――いや、トッドってのはいったい何者なんだ?」
訊くと、ナギは淀むことなくスラスラと答えを返した。
「アンノウンですよ。正体不明の化け物。五百年前に突如として、ギルティス大陸に現れ、大陸中を蹂躙して回った悪魔の子供です。何者なのか、どこから現れたのか、まったくの謎でしたが、あの男の話を聞いた今ならある程度推測することはできる」
「……転生者。二人目の転生者か?」
「そういうことになるでしょうね。転生者というのがどういう存在なのか、我々にはよく分かりませんが、父上や奴のように莫大な力を持った存在であるというのは身を持って理解しています。いや、ハッキリ言いましょう。トッドの力は、奴はもちろん父上のそれをも凌駕します」
「……なんだと? あの子供が、ブレナ以上の力を持っていると言うのか?」
近くに寄ってきていたナミが、ブレナの代わりにナギに問う。
ナギは、迷いのない口調で断言した。
「ああ、間違いない。私は父上がどれだけ強いか分かっているが、同時に奴の強さも身に染みて理解している。今まで奴を封印するのに、その都度我々がどれだけの犠牲を払ってきたか、ハインの口車にたやすく乗せられるような平和ボケした愚鈍な貴様には想像もできないだろうな?」
「…………ッ」
ナミの瞳が、屈辱の色を帯びる。
が、彼女はそれに対しての反論はしなかった。自分自身、誰よりもよく理解しているからだろう。痛烈に、理解しているからだ。
ブレナは、黙したナミに代わって、
「『封印』というのはどういうことだ? 普段のトッドと奴はどこが違うんだ?」
「普段のトッドと、覚醒後のトッドとの違いはよく分かりません。二重人格の類だと我々は勝手に理解していますが。とまれ、覚醒後のトッドにある一定以上の物理的なダメージを与えると、覚醒前のトッドに戻すことができます。ただ本能のままに暴れまわるだけの悪魔の人格を、つまりは『封印』することができるのです」
「『封印』という言葉を使ったってことは――」
「ええ、ご想像のとおり『封印』は場当たり的な処置に過ぎません。一時的に封印に成功しても、ちょうど百年後にまた悪魔の人格が目覚めます。我々は今までにそれを五度繰り返している。その都度、聖堂騎士団が壊滅するほどの甚大な被害を受けながら。言わずもがな、今年は前回の封印からちょうど百年目に当たります。それを利用して、ミレーニアの戦力を削ろうと考えたのですが、そうそう上手くはいかないものですね。予定では、もっと早くに覚醒しているはずだったのですが。理由は分かりませんが、思っていたよりも覚醒の時期があとにズレてしまった」
あとに――。
つまりは今にというわけか。
ブレナは、言った。
「分かった。おまえの愚策の件は置いといて、今のこの状況で、俺たちが何をすべきなのかはハッキリと分かったな」
「はい、明確です。心苦しいのですが、父上には奴の封印を手伝っていただきたい。もちろん、タダでとは言いません。今回の封印が上手くいったら、我らはミレーニアから無条件で撤退いたします。加えてその後、数年……いや、数十年は侵攻しないと約束しましょう。父上に対しての約束です。破ることは万にひとつもない」
「…………」
足りない。
それでは足りない。
ブレナは、ここぞと言った。
「数百年だ。それを約束するなら、手を貸そう」
「…………」
ナギが首を縦に振るまで、五秒と掛からなかった。
◇ ◆ ◇
同日、午前10時5分――宿屋前の広場、宿から少し奥まった地点。
ブレナは、チロに向かって言った。
「チロ、宿に戻って『あれ』を持ってきてくれ。白い布袋に入れてある」
「えっ、あれって……あれのこと? あれ、使うの?」
「ああ、使う。どうやら相当ヤバい相手らしいからな。出し惜しみはしたくない」
「うん、分かった! そういうことなら、オイラ、超速で取りに行ってくるよ!」
応じて、チロが言葉通りの超スピードで、宿のほうへと飛び去っていく。
ブレナは満足げに一人頷くと、隣のナギを見やって、
「――で、どうする? 完全覚醒を待って、それから仕掛けるのか?」
「いえ、それだとこちらが後手に回ります。いつになるか分からない状態で気を張り続けるのもメンタル面で大きなマイナスになる。チロが取りにいった、父上のあれとやらが届いたら、こちらから仕掛けましょう」
「だそうだ、ナミ」
「――――っ!?」
驚いたようなナギの視線が、後方のナミへと向く。
彼女はクイクイと両腕を伸ばしながら、準備運動をしている最中だった。
「……なんのつもりだ?」
「勘違いするな。貴様のために戦うのではない。あんな化け物に、ミレーニアの地を蹂躙させないためだ。誰であろうと、わたしの大陸で無法狼藉は許さない」
「…………」
ナギが、複雑な表情で押し黙る。
ブレナは、彼の肩をポンと叩いた。
「そう嫌な顔をするな。おまえら二人と肩を並べて戦えると思うと、俺はこんな状況でもテンション爆上がりだよ。俺のために、我慢して協力プレイしろ」
「……父上が、そう仰るなら」
嫌そうに、心底嫌そうに、でもナギが了承の言葉をつぶやく。
ブレナは、ニッコリと笑った。
耳をつんざくような、獣の咆哮が轟いたのは折しもその瞬間だった。
「ぐ、が……ぁあああああああああああああ!!」
チロの到着を待たずに。
トッド・フィールの完全覚醒が、そうして果たされる。
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