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最終章
第108話 神の言霊
しおりを挟む神歴1012年6月10日――ミレーニア大陸中部、ラドン村。
午前10時15分――宿屋前の広場、宿から少し奥まった地点。
三分。
事前集中から詠唱、発動に至るまで三分。
計三分間が必要だと、ブレナは言った。
発動までに三分(そのほとんどが事前集中に割かれると思われる。詠唱が始まってしまえば、発動までは短いはずだ。そもそも、事前集中が数分単位で必要な上級魔法などレア中のレアなのだが。通常、長くても十数秒である)というのは、ナミが知り得るかぎり最長の準備時間だ。
それだけ、あのダブルに組み込まれている上級魔法は異次元の破壊力なのだろう。
つまりは、この三分は稼ぐ価値のある三分。
三分間、奴をブレナの元に近寄らせなければ、勝利がグッと近づく。
いや、もしかしたら『その一発』で勝負が決まるかもしれない。
ナミは手応えの瞳で、三分の確保に踏み出した。
「神速の一槍!」
「氷の豪雨」
文字通りの第一槍が、ナギのそれと重なる。
と、続けざまに残りの二人の攻撃魔法もターゲットの身体へと降り注いだ。
「雷弾!」
「糞ったれな爆炎」
命中。
四人が放った攻撃魔法の、その全てがトッド・フィールの身体に炸裂する。
が、それがさしたる喜びを誘わないというのは、この数分でナミには良く分かっていた。
奴は、攻撃を避けない。
回避という概念がないのかと錯覚してしまうほど、全ての攻撃をまともに喰らう。
無論、喰らうポイントやタイミングは微妙にズラしているのだろうが、少なくとも回避という行動は取らない。
その鉄壁すぎる『硬さ』が為せる業なのだろうが――その分、だが反撃へと移る反応速度は桁違いである。
今も、ナミはその事実をまざまざと思い知らされていた。
「くっ……!」
八方に生じた爆風が、彼女たちの身体を同時に襲う。
この場にリリーがいなくて良かったと、ナミは心の底からそう思った。ほかの者の身を案じているゆとりなどとてもない。
彼女は視線をただ一点、トッドのみに留めたまま、その後もひたすらに攻撃魔法を放ち続けた。
相手の意識が、ブレナに向かないように。
一瞬たりとも、向いてしまわないように。
その思いを共有したほかの三人と共に、激烈苛烈に魔法の雨を降らせ続ける。
何分過ぎたのか、ナミにはそれすらも分からなかった。
(……さすがに『一分』は過ぎたか? これで十秒しか過ぎてなかったら、わたしは時間を恨むぞ)
もう二度と、時計など見てやるものか。
ナミはシニカルに笑うと、再び、ダブルの先端を目標に向けて突き伸ばした。
と、だがその次の瞬間――。
どごんっ!
土の地面をえぐり取るような爆発音と共に、視界の端で『何か』が噴き上がる。
何か。
だが、ナミにはすぐにそれが『なんなのか』が分かった。
(ナギ!?)
ナギ。
噴き上がった爆風に煽られ、ナギの身体が天高く舞い上がる。
まともに喰らった。
あの威力の攻撃を、ナギがまともに――。
「――――ッ!」
トッドの両目が、ギロリとナギに向く。
刹那、ナミは無心に動いた。
爆速の一歩で敵の目前にまで迫り、ド派手な攻撃魔法を見舞う。
ナギに向きかけたトッドの注意は、またたくうちにこちら側へと移行した。
敵陣深くに切り込みすぎた、こちら側へと――。
「ぁぐッ!?」
ガッシリと。
トッドの凶悪な右腕が、ナミの華奢な身体を強く掴む。
想定外。
爆破や爆風を基本線としつつ――物理的な攻撃手段に対しても相応の意識を割いていた彼女だったが、つかまれるというのはさすがに想定外だった。
(ま、さか……つかんで、くる……とは……。だが……)
だが、これはむしろ『好都合』だとナミは瞬時に思い直した。
時間を稼げる。
殴られるよりも、爆撃されるよりも、より長い秒数を稼げる。
結果、握り潰されたとしても、言いつけられた役目は十二分に果たせたことになる。
父さまに言いつけられた、大事な役目は――。
「ぅぅ……ぁ!」
こらえきれずに。
ナミは苦悶の声を上げた。
身体が、圧迫される。
声が、枯れる。
自分の意思とは無関係に、涙が、よだれが止めどなくあふれ出す。
それでも、一秒でも長く。
一秒でも長く、生きて時間を稼ぐ。
ナミは歯を食いしばってひたすらに耐えた。
が。
いよいよでも、限界が訪れる。
意志の力ではどうにもならない、物理的な限界。
視界が白み、意識が遠のく。
ナミは虚脱した。
二本の腕が、力なくダラリと垂れる。
全身から全ての力が抜け落ちていくような感覚が走り――。
次の瞬間、だが彼女の身体は唐突に冷たい土の地面へと落下した。
「…………ッ」
何が起きたのか、理解がまるで追いつかない。
ナミは激しく咳き込みながら、涙目のまま上方を見上げた。
少女。
見知った少女。
「平気ですか? わたしの力では今の不意打ちが限界です。平気なら今すぐこの場を離れてください」
黒光りするダブルを手に、青髪赤目の見知った少女が颯爽とその場に立っていた。
◇ ◆ ◇
同日、午前10時17分――宿屋前の広場、宿から少し奥まった地点。
「……離れろだと!? 馬鹿な、おまえこそ今すぐ離れろ!!」
青髪の少女――ルナに向かって、ナミは出せるかぎりの精一杯の声で叫んだ。
直後に、強烈に咳き込む。
その数秒を待ってくれるほど、目の前の化け物は甘くはなかった。
「グ、ガァアアアアアアアアア!!」
怒り狂ったような咆哮を上げ、トッドの視線がこちらに向く。
ナミは、動けなかった。
せめてこのコだけでも、とルナの前に庇い立つわずかなその力さえ湧いて出ない。
ナミは『女の子座り』で情けなく尻もちをついたまま、ただ茫然と事の成り行きを見守るほかなかった。
事の成り行きを――。
「かつて天の半分をつかみし、偉大なる雷神レアウルフよ――」
「――――っ!?」
詠唱。
そう覚悟を決めたナミの耳に、だが上級魔法の詠唱が突と触れる。
彼女は理解し、そうして安堵の息を心から落とした。
「汝が気高き御業をもって、我に仇なす全ての生命に――」
「ガァアアアアアアアーーーッ!!」
察したトッドが、唸り声と共に視線を声のほうへと差し向けるが、もう遅い。
あとの祭りだ。
ブレナ・ブレイクの口から、結びの言葉が放たれたのはそれから間もなくしてだった。
「慈悲なき白き裁きの光を」
終結。
終わりを呼び込む、始まりの一言。
「神雷招来」
神の言霊が、悪魔の力を解き放つ。
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