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若君様と保健室
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双子の妹、離れて暮らす陽奈との主な連絡手段はメッセージアプリだ。
『追っかけする人の気持ちが初めて分かったかもしれません』
『はい?』
『毎日探してしまうの』
『誰を?』
『若君様』
『え、よりによってそこ……』
『一目見ることが出来た日には神に感謝してる』
『』
『陽奈寝ちゃった?』
『あなた誰?』
『双子のお姉ちゃんだよ』
『私にはいつも冷めてる姉しかいなかったよ。彼女はストーカーになりそうな人じゃなかったよ』
『人は恋をすると変わるんだよ』
『こんなに学校に行きたい気持ちになったことないんですけど』
不登校の陽奈が、何故だか急に登校することになった。
翌朝。おじさんちで暮らす私の家へ、離れて暮らす陽奈が車で迎えに来てくれた。
「おはよう。久しぶり、陽奈!」
「元気そうだね、とっても」
中三の時からほとんど学校を休んでいた陽奈は少し青白い顔をしている。だけど、双子の姉が言うのもなんだけど、陽奈は美少女だ。色白の肌と艶やかでまっすぐな黒髪。まつ毛はバサバサと長い。二卵性なのでそんなに似てない。私は茶色の癖毛だ。
「報告求む」
陽奈は端的にそう言った。意図を理解してる私も簡潔に答える。
「先週、学校生活に関してのヒヤリングをしてくれて、その時に一目惚れしました」
うむうむ、なるほどと陽奈が頷く。
「一目惚れ……そんなにかっこよくなってるの?」
「それはもう。って陽奈はお会いしてないの?」
「若君様、中等部の三年間、海外に行ってたんだよ」
「ほ、ほほう」
小石陽奈、双子の妹は、異能力者の名門犀河原家の分家、小石のおじいちゃんちに住んでいる。能力の高さが認められて、小さな頃に引き取られたのだ。
能力なしの私は、両親が亡くなってからはおじさんの家にお世話になってる。だから陽奈だけは、犀河原家の事情にちょっと詳しい。
「そんな面白いことになってるなら、学校行っておけば良かった」
「え、そんな簡単に……?」
やっかみからちょっとしたいじめが発生して、陽奈は不登校になってしまっていたのだ。
「折角、美月ちゃんが同じ高校にしてくれたんだから、行きたかったんだよ……」
「陽奈ちゃん……」
学校に行かなくなった妹を心配したおばあちゃんにも頼まれて、同じ高校に通うことになったのだ。
「美月ちゃんが居れば、怖いことなんてないよ」
「陽奈ちゃん……」
「途中からネトゲにハマって考えるの放棄してただけだし……」
妹の行く末がだいぶ心配なのである。
そんなこんなで学校に着くと、駐車場の車の中から若君様のお姿を見た。
「若君様まで、普通の生徒用の駐車場使ってるの!?」
「初等部のときから変わってなければ……うわぁ、背が高くなってるね。美しさマシマシ……」
「……」
「美月ちゃん涙目になってるよ」
「今日も幸せです」
「良かったね……」
朝の爽やかな日差しに照らされた犀河原慧十郎様は、輝くような美しさを放ちながら、絵画のように立っている。
黒髪が風にサラサラと揺れているだけでドキドキとする。
一瞬、こちらに視線を向けたけれど、急ぐように校舎の方へ消えて行った。
「カッコいい……」
ほう、とため息を吐くと、陽奈は呆れたように言った。
「本当にタイプが違うよね、美月ちゃんと私」
「陽奈ちゃんは腹黒参謀タイプが好きだもんねぇ」
と言っても陽奈の推しはだいたい二次元だ。
以前眼鏡ならなおよしと聞いたことがある。
「まさかの美月ちゃんが、雲のはるかな彼方、天上人の若君様に行くとは思わなかったよ……」
天上人だったのか、知らなかった。納得だ。
「それに、一目惚れするような人じゃなかったのに」
「そうなんだよねぇ、初めてだよね」
「見た目が好みなの?」
「……わかんない」
一体私はあの人の何に、こんなにドキドキするのだろうか。見た目はもちろん死ぬほど好きなのだけど。
「本当に恋する乙女になってるんだね」
「そうなのかもしれません」
私は真顔で頷いた。
そして昼休み。
今日の陽奈は保健室登校だ。
午前の授業を終えた私は保健室に向かった。正確に言うと保健室の隣の空き部屋だ。陽奈のような理由のある子が使うような部屋。
ノックをして入ると、陽奈は机の上にお弁当を広げていた。
「早く食べよう」
お腹が空いていたらしい。
「大丈夫だった?陽奈ちゃん」
「うん。ここで自習したり、先生も来たよ」
この学校の保健室登校は、そんな感じなんだね。
「無理しないでね」
「うーん、どうかな、無理しても来たいような……」
「大丈夫?」
「様子を見るよ。あとね、さっき、先生から伝言があって」
「うん」
「若君様がいらっしゃるよ」
「ふぇ!?」
「無理なら良いけど、話が聞きたいって感じの伝言だったの。美月ちゃんにもしたようなヒヤリングじゃない?」
「オウ……!?」
「美月ちゃんと一緒ならって快諾しておいたから、あと15分くらいしたら来るよ」
「うわぁ……!!」
そこからはせかせかとお弁当を食べた。
そして15分後。ノックを聞いて死ぬほど緊張をする。
陽奈が返事をすると若君様がお姿を現した。
異次元のように美しい人。
当たり前の学校の黒いブレザーが、高貴な皇族の着る特別な衣装のように見えてくる。
「小石さん、久しぶりだね。中々、話す機会が取れなくてすまなかった」
「お久しぶりです。お気遣いなく。慧十郎様もお元気そうで何よりです」
「お久しぶりです」
若君様にも椅子を勧める。そうして、私は言った。
「陽奈ちゃん。外に出てようか?」
「ううん。ここにいて欲しい。私が学校に通えるのは美月ちゃんのおかげだし、ずっと一緒の美月ちゃんにも関係がある話だから」
「うん、分かった」
若君様は了承のように頷くと、陽奈を見つめて言った。
「俺の目が届かないうちに、辛い目に遭わせてしまって申し訳なかった。心からお詫びしたい」
「いえいえ、慧十郎様のせいではありません。私自身の不徳の致すところです」
陽奈は、異能力者の集まるこの学園の中でも、高い能力を持っている。子供の頃からやっかみは多かったらしいけれど、陽奈は人間関係よりも、帰って本やアニメを観ることが好きな子だったから、中三のクラスで、上手く立ち回れなかったのだ。
「二度と彼らとは同じクラスにはしない。そして、同じ行いも決してしないように、理解してもらえるまで話し合っている。安心して欲しい」
……ん?
なんだか引っかかる発言を若君様がしていた。
クラスの任命権まで若君様にはあるんだろうか。あるかもしれない。
でも若い子供たちに、理解してもらえるまで話し合う……?そんなこと出来るんだろうか。
「ありがとうございます。慧十郎様」
なのに陽奈はあっさりお礼を言っている。
「気になることや、不便なことなどあったら言って欲しい」
「部活はどうなるのでしょう?」
「ああ……どうしたい?君次第かな。この学校は部活動必須ではあるが融通を利かせよう」
「今までの部に、美月ちゃんと一緒に入りたいのです」
「今までの部……?君たちが?」
陽奈の言葉に、若君様は、ちらりと私に視線を向ける。
「小石……美月さんは」
若君様にフルネームを呼ばれてしまった私は一瞬頭が真っ白になる。小石……美月さん!
「困らないかな。俺たちの部活動に入るのは……多少、目立つかもしれない」
「え?」
陽奈が首を傾げる。私は説明した。
「あの、普通に、平凡に、学校生活を送りたいと言ってあるの」
「なるほど、なるほど」
陽奈は頷きながら言う。
「えっとね、異能力研究部、能力が高い人たちが、その力を研究する部活なの。慧十郎様の勧誘で誘われた人だけがはいれるの」
陽奈はそんな部に入ってたのか。
「……え?そんなところ、私は入れないよ!?」
理解してから驚いてそう言うと、若君様は笑った。
「……本当は、最初に会った日に勧誘したかったんだ」
なぜ!?
「君は体内に、陽奈さんより高い能力値を抱え持っている。それがなぜ外に発現しないのか、仕組みも分からない。是非研究させてもらいたい対象ではあるんだ」
研究対象……。
「研究というと、失礼な言い方になってしまうね。しかし、俺自身も、部員全員が研究対象だ。人道に反することも、無理をさせることもしない」
じっと、漆黒の瞳が私を見つめている。
「先日話を聞いてから、穏やかに暮らしたいのだろうと勧誘することを諦めていたのだが、望んでくれるのなら、こちらとしてはいつでも歓迎したい」
「美月ちゃん、部活入ろう。一緒に!」
陽奈はやけに熱心に勧めてくるけれど、これ絶対、部活に思い入れがあるわけじゃないと思う。
「美月ちゃんの能力、私知りたいよ……!」
脳内には、若君様に恋する私が見たい……!と変換されて聞こえて来る。
どうしたらいいのかわからなくて、ぼやっと若君様を見つめると、彼は私に微笑んだ。
「一緒に活動してくれると、俺は嬉しい。可能な限り、問題が起こらないように対処しよう」
落ちた。堕ちた。
むしろ屈したい。
さよなら平和な日常。きっとまた戻ってくる、久しく忘れていた無能と蔑まれ生きてきた日々。
特別な部活に入ったら、やっかみで不登校になった陽奈よりも目立つかもしれない。それでも。堕ちたい。恋の、奴隷に。
「入りたいです。宜しくお願いします」
「ああ、宜しく頼む」
若君様は時計を見て「邪魔して悪かったね」と去っていこうとした。
「あの慧十郎様……今日はお昼は?」
私の質問に、彼は先日のことを思い出したように笑った。
「いや……」
「もしもお腹が空いてましたら、こちらお持ちになってください。私の手作りですが……」
「ほう」
ささっとテーブルに昨日作ってサランラップで包んだパウンドケーキを並べる。
あ、男の人は甘いもの食べないかも、と思い直したところで、若君様の腕がテーブルに伸びてきた。
形の良い大きな手が、パウンドケーキを一つ掴む。
「ありがとう頂いていく」
にっこりと笑顔を向けられて、ぽやーっと顔を熱くさせていると、若君様は部屋を出て行った。
ゆっくり陽奈を振り向くと、彼女は目を丸くしていた。
「……ちょっと、美月ちゃん!?」
「え?」
「なんで、若君様、もらっていくの!?」
「……うん?」
「若君様、幼少期に毒物盛られてから、誰の差し入れも受け取らないんだよ?」
「……なんですと?」
言葉を頭の中で噛み砕いてから考える。
なんですと。なんですと。なんですと。
「なんですと?」
「美月ちゃん頭回ってないね?」
先日もおにぎりを普通に食べてくれた。
だから社交辞令でもらってくれたわけじゃない。
「……なんですと?」
「美月ちゃん……」
若君様と会話すること2回目。
若君様は、なぜか私の手作りパウンドケーキを持って帰ってくれた。
そして、翌日、美味しかったと伝えてくれた。
……なんですと?
『追っかけする人の気持ちが初めて分かったかもしれません』
『はい?』
『毎日探してしまうの』
『誰を?』
『若君様』
『え、よりによってそこ……』
『一目見ることが出来た日には神に感謝してる』
『』
『陽奈寝ちゃった?』
『あなた誰?』
『双子のお姉ちゃんだよ』
『私にはいつも冷めてる姉しかいなかったよ。彼女はストーカーになりそうな人じゃなかったよ』
『人は恋をすると変わるんだよ』
『こんなに学校に行きたい気持ちになったことないんですけど』
不登校の陽奈が、何故だか急に登校することになった。
翌朝。おじさんちで暮らす私の家へ、離れて暮らす陽奈が車で迎えに来てくれた。
「おはよう。久しぶり、陽奈!」
「元気そうだね、とっても」
中三の時からほとんど学校を休んでいた陽奈は少し青白い顔をしている。だけど、双子の姉が言うのもなんだけど、陽奈は美少女だ。色白の肌と艶やかでまっすぐな黒髪。まつ毛はバサバサと長い。二卵性なのでそんなに似てない。私は茶色の癖毛だ。
「報告求む」
陽奈は端的にそう言った。意図を理解してる私も簡潔に答える。
「先週、学校生活に関してのヒヤリングをしてくれて、その時に一目惚れしました」
うむうむ、なるほどと陽奈が頷く。
「一目惚れ……そんなにかっこよくなってるの?」
「それはもう。って陽奈はお会いしてないの?」
「若君様、中等部の三年間、海外に行ってたんだよ」
「ほ、ほほう」
小石陽奈、双子の妹は、異能力者の名門犀河原家の分家、小石のおじいちゃんちに住んでいる。能力の高さが認められて、小さな頃に引き取られたのだ。
能力なしの私は、両親が亡くなってからはおじさんの家にお世話になってる。だから陽奈だけは、犀河原家の事情にちょっと詳しい。
「そんな面白いことになってるなら、学校行っておけば良かった」
「え、そんな簡単に……?」
やっかみからちょっとしたいじめが発生して、陽奈は不登校になってしまっていたのだ。
「折角、美月ちゃんが同じ高校にしてくれたんだから、行きたかったんだよ……」
「陽奈ちゃん……」
学校に行かなくなった妹を心配したおばあちゃんにも頼まれて、同じ高校に通うことになったのだ。
「美月ちゃんが居れば、怖いことなんてないよ」
「陽奈ちゃん……」
「途中からネトゲにハマって考えるの放棄してただけだし……」
妹の行く末がだいぶ心配なのである。
そんなこんなで学校に着くと、駐車場の車の中から若君様のお姿を見た。
「若君様まで、普通の生徒用の駐車場使ってるの!?」
「初等部のときから変わってなければ……うわぁ、背が高くなってるね。美しさマシマシ……」
「……」
「美月ちゃん涙目になってるよ」
「今日も幸せです」
「良かったね……」
朝の爽やかな日差しに照らされた犀河原慧十郎様は、輝くような美しさを放ちながら、絵画のように立っている。
黒髪が風にサラサラと揺れているだけでドキドキとする。
一瞬、こちらに視線を向けたけれど、急ぐように校舎の方へ消えて行った。
「カッコいい……」
ほう、とため息を吐くと、陽奈は呆れたように言った。
「本当にタイプが違うよね、美月ちゃんと私」
「陽奈ちゃんは腹黒参謀タイプが好きだもんねぇ」
と言っても陽奈の推しはだいたい二次元だ。
以前眼鏡ならなおよしと聞いたことがある。
「まさかの美月ちゃんが、雲のはるかな彼方、天上人の若君様に行くとは思わなかったよ……」
天上人だったのか、知らなかった。納得だ。
「それに、一目惚れするような人じゃなかったのに」
「そうなんだよねぇ、初めてだよね」
「見た目が好みなの?」
「……わかんない」
一体私はあの人の何に、こんなにドキドキするのだろうか。見た目はもちろん死ぬほど好きなのだけど。
「本当に恋する乙女になってるんだね」
「そうなのかもしれません」
私は真顔で頷いた。
そして昼休み。
今日の陽奈は保健室登校だ。
午前の授業を終えた私は保健室に向かった。正確に言うと保健室の隣の空き部屋だ。陽奈のような理由のある子が使うような部屋。
ノックをして入ると、陽奈は机の上にお弁当を広げていた。
「早く食べよう」
お腹が空いていたらしい。
「大丈夫だった?陽奈ちゃん」
「うん。ここで自習したり、先生も来たよ」
この学校の保健室登校は、そんな感じなんだね。
「無理しないでね」
「うーん、どうかな、無理しても来たいような……」
「大丈夫?」
「様子を見るよ。あとね、さっき、先生から伝言があって」
「うん」
「若君様がいらっしゃるよ」
「ふぇ!?」
「無理なら良いけど、話が聞きたいって感じの伝言だったの。美月ちゃんにもしたようなヒヤリングじゃない?」
「オウ……!?」
「美月ちゃんと一緒ならって快諾しておいたから、あと15分くらいしたら来るよ」
「うわぁ……!!」
そこからはせかせかとお弁当を食べた。
そして15分後。ノックを聞いて死ぬほど緊張をする。
陽奈が返事をすると若君様がお姿を現した。
異次元のように美しい人。
当たり前の学校の黒いブレザーが、高貴な皇族の着る特別な衣装のように見えてくる。
「小石さん、久しぶりだね。中々、話す機会が取れなくてすまなかった」
「お久しぶりです。お気遣いなく。慧十郎様もお元気そうで何よりです」
「お久しぶりです」
若君様にも椅子を勧める。そうして、私は言った。
「陽奈ちゃん。外に出てようか?」
「ううん。ここにいて欲しい。私が学校に通えるのは美月ちゃんのおかげだし、ずっと一緒の美月ちゃんにも関係がある話だから」
「うん、分かった」
若君様は了承のように頷くと、陽奈を見つめて言った。
「俺の目が届かないうちに、辛い目に遭わせてしまって申し訳なかった。心からお詫びしたい」
「いえいえ、慧十郎様のせいではありません。私自身の不徳の致すところです」
陽奈は、異能力者の集まるこの学園の中でも、高い能力を持っている。子供の頃からやっかみは多かったらしいけれど、陽奈は人間関係よりも、帰って本やアニメを観ることが好きな子だったから、中三のクラスで、上手く立ち回れなかったのだ。
「二度と彼らとは同じクラスにはしない。そして、同じ行いも決してしないように、理解してもらえるまで話し合っている。安心して欲しい」
……ん?
なんだか引っかかる発言を若君様がしていた。
クラスの任命権まで若君様にはあるんだろうか。あるかもしれない。
でも若い子供たちに、理解してもらえるまで話し合う……?そんなこと出来るんだろうか。
「ありがとうございます。慧十郎様」
なのに陽奈はあっさりお礼を言っている。
「気になることや、不便なことなどあったら言って欲しい」
「部活はどうなるのでしょう?」
「ああ……どうしたい?君次第かな。この学校は部活動必須ではあるが融通を利かせよう」
「今までの部に、美月ちゃんと一緒に入りたいのです」
「今までの部……?君たちが?」
陽奈の言葉に、若君様は、ちらりと私に視線を向ける。
「小石……美月さんは」
若君様にフルネームを呼ばれてしまった私は一瞬頭が真っ白になる。小石……美月さん!
「困らないかな。俺たちの部活動に入るのは……多少、目立つかもしれない」
「え?」
陽奈が首を傾げる。私は説明した。
「あの、普通に、平凡に、学校生活を送りたいと言ってあるの」
「なるほど、なるほど」
陽奈は頷きながら言う。
「えっとね、異能力研究部、能力が高い人たちが、その力を研究する部活なの。慧十郎様の勧誘で誘われた人だけがはいれるの」
陽奈はそんな部に入ってたのか。
「……え?そんなところ、私は入れないよ!?」
理解してから驚いてそう言うと、若君様は笑った。
「……本当は、最初に会った日に勧誘したかったんだ」
なぜ!?
「君は体内に、陽奈さんより高い能力値を抱え持っている。それがなぜ外に発現しないのか、仕組みも分からない。是非研究させてもらいたい対象ではあるんだ」
研究対象……。
「研究というと、失礼な言い方になってしまうね。しかし、俺自身も、部員全員が研究対象だ。人道に反することも、無理をさせることもしない」
じっと、漆黒の瞳が私を見つめている。
「先日話を聞いてから、穏やかに暮らしたいのだろうと勧誘することを諦めていたのだが、望んでくれるのなら、こちらとしてはいつでも歓迎したい」
「美月ちゃん、部活入ろう。一緒に!」
陽奈はやけに熱心に勧めてくるけれど、これ絶対、部活に思い入れがあるわけじゃないと思う。
「美月ちゃんの能力、私知りたいよ……!」
脳内には、若君様に恋する私が見たい……!と変換されて聞こえて来る。
どうしたらいいのかわからなくて、ぼやっと若君様を見つめると、彼は私に微笑んだ。
「一緒に活動してくれると、俺は嬉しい。可能な限り、問題が起こらないように対処しよう」
落ちた。堕ちた。
むしろ屈したい。
さよなら平和な日常。きっとまた戻ってくる、久しく忘れていた無能と蔑まれ生きてきた日々。
特別な部活に入ったら、やっかみで不登校になった陽奈よりも目立つかもしれない。それでも。堕ちたい。恋の、奴隷に。
「入りたいです。宜しくお願いします」
「ああ、宜しく頼む」
若君様は時計を見て「邪魔して悪かったね」と去っていこうとした。
「あの慧十郎様……今日はお昼は?」
私の質問に、彼は先日のことを思い出したように笑った。
「いや……」
「もしもお腹が空いてましたら、こちらお持ちになってください。私の手作りですが……」
「ほう」
ささっとテーブルに昨日作ってサランラップで包んだパウンドケーキを並べる。
あ、男の人は甘いもの食べないかも、と思い直したところで、若君様の腕がテーブルに伸びてきた。
形の良い大きな手が、パウンドケーキを一つ掴む。
「ありがとう頂いていく」
にっこりと笑顔を向けられて、ぽやーっと顔を熱くさせていると、若君様は部屋を出て行った。
ゆっくり陽奈を振り向くと、彼女は目を丸くしていた。
「……ちょっと、美月ちゃん!?」
「え?」
「なんで、若君様、もらっていくの!?」
「……うん?」
「若君様、幼少期に毒物盛られてから、誰の差し入れも受け取らないんだよ?」
「……なんですと?」
言葉を頭の中で噛み砕いてから考える。
なんですと。なんですと。なんですと。
「なんですと?」
「美月ちゃん頭回ってないね?」
先日もおにぎりを普通に食べてくれた。
だから社交辞令でもらってくれたわけじゃない。
「……なんですと?」
「美月ちゃん……」
若君様と会話すること2回目。
若君様は、なぜか私の手作りパウンドケーキを持って帰ってくれた。
そして、翌日、美味しかったと伝えてくれた。
……なんですと?
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