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19:幸せな者(リリー)

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 明るい日差しの中、目覚める。
「今日はアンソニーが街の美味しいカフェに連れて行ってくれるのよ」
 起き上がったリリーに、修道女はニコリと微笑む。

「それは良かったですわね。では、顔を洗って朝ご飯を食べましょう」
 優しく促され、リリーは頷く。
「あ!でもお姉様にはナイショね」
 ウフフ、と可愛いく笑うリリーは、今何歳いくつなのだろうか。
 修道女兼看護師は、コッソリと溜め息を吐き出した。


 横が大きく破れたドレスで入所して来たリリーを見た時、修道女達は最悪の事態を想像した。
 しかし実際には、夜会でドレスが破れただけなのだと聞いて、ホッと胸を撫で下ろしたのだが……。

 精神的な衝撃が大き過ぎたのだろう。
 リリーは自分の世界に篭ってしまっていた。
 両親から話を聞くと、既に兆候はあったようで、おかしな言動が増えていたようだった。


「一生ここで暮らせる程度は有ります。もし世間に戻れるようならば、ここに夫が居ますので、残ったお金と共に送ってあげてください」
 規定額より多いお金と、1枚の地図を両親は置いていった。
 地図と共に書かれていた夫の名前は、アンソニー。家名は無い。
 リリーは既に平民と結婚しており、自身の身分も平民だった。

 彼女を刺激しない為にも、もう二度とアムネシア家の者とは会わない方が良いだろうと医者は判断し、リリーは完全に貴族社会とは決別した。



「私の婚約者のフェデリーコは、子爵になるの。侯爵家の次男だから継ぐ爵位があるだけ幸せよね」
 今日のリリーは、フェデリーコの婚約者らしい。
「フェデリーコは流行に敏感だけど、ちょっと配慮が足りないの。私にお姉様の色の入ったドレスをうっかり贈っちゃうのよ」
 怒っているというより、拗ねているようだ。

「でもアクセサリーには、自分の色を入れない恥ずかしがり屋なの。いつも金にオレンジで、私の色ばかり!」
 文句を言いつつも、プレゼントを贈ってくれると惚気ていた。


 幸せそうに笑っていたリリーが、突然震え出す。
「そう、そうよ。フェデリーコのプレゼントしてくれたドレスを着て夜会に行った私は……」
 リリーの様子がおかしい事に気付いた修道女が、急いで医者を呼ぶ。

「いやあぁぁ!やめて!私に触らないで!」
 暴れ出したリリーを、修道女達が押さえ付け、到着した医者が鎮静剤を注射した。
 しばらくして大人しくなったリリーは、そのまま眠りに落ちた。


「実際には輪姦されていないのですよね?」
 一人の修道女が医者に質問する。
「それは入所時の健康診断でも証明されています」
 でも、と医者は続ける。
「彼女の中では、犯されたのでしょう。伯爵家では、破れたドレスを脱がす事も体を拭く事も出来なかったそうです」
 入所時のリリーを思い出し、修道女は納得した。



 何年か経ち、もうリリーが暴れる事は無くなっていた。

「フェデリーコは私が大好きなの。でもアンソニーも私を大好きで、お姉様との婚約を破棄しちゃって……可哀想なお姉様」
 今日のリリーは、二人の男性に愛される幸せな女性のようだ。

「お姉様はとても地味で、誰からも愛されないの。だからアンソニーに振られるのよね」
 リリーは悲しげな表情を作るが、口の端が持ち上がっている。
「私からフェデリーコを奪おうとしてるけど、いつも彼は私だけだから無視されてるのよ、可哀想に」
 無駄な事をしなきゃ良いのに、とリリーはわざとらしい溜め息を吐き出した。

「そういえば、そろそろ結婚式の準備をしなきゃだわ。ドレスはあの絵本のお姫様みたいなフワフワのが良いな」
 ウフフ、と幸せそうにリリーは笑った。

 リリーの世界では、常に彼女だけが愛されて、幸せなお姫様のようである。


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