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26:屈辱を味わわせる
しおりを挟むケヴィンが目を覚ましたのは、床の上だった。
マリアンヌに倒された場所に、そのまま置かれていたのだ。
室内には既にマリアンヌはおらず、マリアンヌ付きの護衛二人と、女性医師がソファに座って談笑していた。
外は既に薄暗く、室内灯が点けられている。
「このソルトクッキーというのが、甘じょっぱくて美味しいのですよ」
「汗を掻くと水分と一緒に塩分も出ていきますから、訓練後の小腹が空いた時に食べるオヤツとしては、とても理に適ってますね」
「奥様の提案なのですよ。それを美味しく作れるあの男も凄いですがね」
ケヴィンが倒れている横で、護衛と医師は 選りに選ってお茶を楽しんでいた。
何時間も主人を放置して何事か!と怒鳴りつけてやりたかったが、体が痛くて出来なかった。
特に胸が、息を吸う度に痛む。
ケヴィンは楽しそうな三人を見て、涙が溢れてきた。
体の痛みも有り、とても惨めな気持ちになったせいである。
何とか体を動かして、仰向けから三人の居る方へ向いた。
「やっと気付いたのかよ、遅いな」
「まぁ良いじゃないか。そのお陰で美味しいアフタヌーンティーにありつけたんだ」
「執事を呼ばないとですね。……これ、食べ終わってからでも良いですかね?」
ケヴィンの意識が戻った事に気付いている三人は、声を潜めて会話をした。
自分から助けを求めず、察してもらおうとする姿勢が三人には不服だった。
ケヴィンにとっては大怪我だったが、護衛達には日々の訓練で負う程度の軽症である。
「奥様のその辺の力加減が絶妙なんだよな」
ポツリと護衛の一人が呟く。
視線は床上のケヴィンだ。
医師が不思議そうに見つめてくるのを、言葉を零した護衛は苦笑で応える。
「こう、相手の精神的被害が1番重いようにするって言うのか」
「あぁ、いっその事、腕でも骨折していれば諦めもつくよな、奥様が異常に強いから、と」
マリアンヌには、それを出来る力量が有るのを護衛達は知っている。
「男としての尊厳とか矜持とかを叩き潰して、屈辱を与える天才って事ですね」
クッキーを食べながら紅茶を飲む医師を見て、中身は意外とマリアンヌに似ているのでは?と護衛達は思ってしまった。
呼び出しベルを鳴らされたので駆け付けた執事は、室内の異様な雰囲気に体をブルリと震わせる。
「ご主人の意識が戻ったようなので、運ぶ人員と医師を呼んでください」
女性医師の言葉に、執事は困惑を浮かべる。
医師は当の本人がそうだし、屋敷に居る他の護衛達より筋骨隆々な二人がソファに座っているのだから当然だろう。
「俺達は奥様に個人的に雇われているので、ここの家とは無関係だ」
「今は容体急変時の対応の為に、奥様の厚意でここに居る」
「私も、とっくにここの家との契約は切れてますよ」
三人は席を立つと、目の前の空いた皿やカップを手に持った。
「これは別邸のなんだよな?」
「そこのワゴンに載せてください。私が持って行きます」
「じゃあ先生のその鞄は俺が持つよ」
和気藹々としながら部屋を出て行く三人に、床に倒れるケヴィンを気遣う様子は微塵も無かった。
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