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もうちょっと、細部まで設定詰めろや!
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「もうちょっと、細部まで設定つめろや!」
そんな怒りにも似た感想が、脳裏に浮かんだ。
それは俺、キース・ニア・アニノーマが、とある春の日の午後、王宮の薔薇園の一角で、王妃主催の茶会に参加している時だった。
この茶会。我が国の双子の王子と、外務大臣子息と財務大臣子息、そして俺を含む五人と、公爵令嬢を筆頭に五人の上位貴族令嬢との、いわば合同見合いの席のようなもんである。
五対五で、男女の見合いって、「いつの時代のテレビ番組だ!」と思う俺は、実は二ヵ月前に自分が『前世プレイしたゲームのキャラに転生している』ということに気付いている。
二ヵ月前、王妃主催のこの茶会の招待状を受け取り、それに添えられた婚約者候補の令嬢のリストのトップに『イライザ・ルゥ・フォトガイラ』の名前を見たときに、『前世の記憶』というものを思い出したのだ。
まあ、前世の記憶といっても、この世界であるゲームの内容と、その前後の家族の記憶ぐらいしかよみがえってきていないけどな。
前世では、三つ年上の姉に…まぁ…当時、そーゆーお年頃だった俺が、ベッドの下に隠し持っていたイロイロなそーゆー本とかDVDとか(確かに俺が買ったものもいくつかあるが、先輩たちから回ってきたものが大半だ!)を、見つけられてしまってだな……
大学の単位を落とすスレスレで、プレイする時間がないの!
大好きな寺山和宏様のお声で、冷たい言葉を浴びせられると心がおれちゃう!
でも全スチルほしい!
母さんや父さんにばらさないであげるから、私の代わりにスチル回収しておいてね。
どうせこの年末年始、あんた暇でしょ?
という姉の……言うことを聞かざる得ない状況で。
俺はやむなく、姉の差し出してきた乙女ゲームを冬休み期間に完全制覇する羽目になったよ。
その時プレイした乙女ゲームの、プレイヤーが操作する主役の名前を見て、俺は前世の記憶をよみがえらせ、ラノベ展開にありがちな「前世にプレイしていたゲームに転生してたぜ」を身をもって体験していることに気付いたのだ。
そして、愕然とした。
俺が転生したこの今生。そして攻略対象者という立場。
前世プレイしたあの乙女ゲームの内容を、重ねてみたが、どう考えたって、俺や他の攻略対象の結婚生活は明るいものじゃない。
だってそうだろう?
この今生。
俺は貴族という立場で、現状、王家からの命令での見合いであり、婚約&結婚だ。
提示された婚約者候補を、双子王子ならまだしも、臣下の身分では替えてほしいとは言えない。
そして、前世の記憶にある、あの乙女ゲーム。
あの乙女ゲームは、B級とも言えない名ばかりな乙女ゲームだった。
いや、B級と言ったら他のB級ゲームに申し訳ない、B級と呼ぶのもおこがましい乙女ゲームだった。そもそも、どこが乙女ゲームやねん。と突っ込みを入れたいゲームだった。
ゲーム『悪役令嬢』。
プレイヤーは、主役の悪役令嬢イライザになって、ヒロインポジション(略してヒロインと呼ぶが)の女性を、いじめまくって貶めていくゲームだ。
ハッピーエンド(?)では、ヒロインをいじめぬいて、婚約者(攻略対象者)と結婚できる。
もっとも、そのエンドスチルでは、攻略対象は仏頂面のまんまで、ほんのわずかの笑みもなく、すんごく冷たい声で、念を押すかのようにその結婚が政略結婚で、愛情のかけらもないと告げるのだ。セリフのニュアンスでは、愛人つくるしそのことで騒ぐなよって感じもあったな。
で、バットエンドでは、攻略対象はヒロインとくっついて、主役の悪役令嬢は、攻略対象に断罪をくらわせられる。
つまり、今回の茶会のリストのトップにあった公爵令嬢は、あの『悪役令嬢』の主役イライザなわけだ。
そして他の四名の令嬢は、今生の記憶にあるその容姿と、ゲームのキャラを照らし合わせると、『ゲーム悪役令嬢』で主役の取り巻きだった令嬢と一致する。
ということは、今回の王妃に紹介される令嬢というのは、つまりは他人をいじめまくっている令嬢の群れということだ。
どう考えても、明るい結婚生活は望めない。
俺は、夜会でワインを他人にかけたり、茶会で紅茶をかけたり、廊下でのすれ違いざまに人を転ばせたり、階段から突き飛ばしたり、舞踏会で人のドレスを踏んだり破ったりするような品性の女性を伴侶には迎えたりしたくない。
だが、選ぶしかないのだ。提示された婚約者候補のなかから、自分の伴侶を。ゲームの中で、ヒロインの女性をあらゆる手段でいじめ抜いていた悪役令嬢か、その手下でありいじめの手伝いをしていた取り巻き令嬢の中から。
今生の記憶もあるが、前世の記憶も多少ある。
考えてみてほしい。普通の「日本」という世界の、ごくごく平凡な男の基準でだな、婚約者の近くにいる女性を排除するのに、ワインかけならまだしも、階段から突き落とすような女を、生涯の伴侶として迎え入れてだな、幸せな家庭を築けるか?
俺には無理だ。
どっかのネタみたいに、「そこはマウント取って、調教だろう」とかいうそんな境地に踏み込めるような趣味も度胸も、俺にはない!
どう考えても果てしなく仮面夫婦生活まっしぐらじゃないか。
だが、そこまで考えて、俺は気付いた。
ゲームの開始の時間軸にはまだ至っていない。
始まりは、招待状にある茶会からだろう。
そこで、悪役令嬢が誰を選ぶのかはわからない。が、選ばないまでも、俺を含む男側五名は、婚約者候補の令嬢達を、その後一通りは夜会などの社交にエスコートしなくてはならない。
ならば、その時に婚約者候補の令嬢達からヒロインを守って、断罪コースに持っていけば、悪役令嬢やその取り巻き令嬢との婚約、つまり婚姻とその後の灰色の人生から逃れられると。
そう! ゲームにおけるバッドエンドに持ち込めばいいのだと!
そして、俺は行動を起こしたのだ。
まずは、ヒロインと接触を試みた。
同時に、攻略対象である双子王子と二人の大臣子息へ、ヒロインを引き合わせることも。
悪役令嬢イライザが、誰に標的を定めるかわからないので、誰を標的にしても、常にヒロインが俺を含む攻略対象の傍にいる環境を作ろうと。
そうすれば、ゲームのシナリオ通り。
そしてイライザを含む取り巻き立ちが、いじめを始めてもすぐに阻止できる位置を作っておく。そうすれば、すぐに断罪コースまっしぐら。
ついでに、寒い婚姻生活ともおさらばできる!
完璧じゃないか!
そんなアホな考えを持っていたその時の俺を、今の俺は猛烈にどつき倒したい。
そして、あの
『これのどこが乙女ゲームやねん!
姉貴のみならず、世の女性が胸をキュンキュンさせる要素皆無やないか!
こんなゲームにどんな需要があるねん!
商品として販路に乗せられる要素がまったくないわ!』
というあの【ゲーム・悪役令嬢】の開発スタッフに、今更ながらに俺は文句を言いつくしたい。
もうちょっと、設定詰めとけや、コラァ!
B級というのもおこがましいあの糞ゲーの内容を思い出し、かつ今生との記憶と照らし合わせたときに気付くべきだった。
あのゲーム、詳細設定まるでなっていなかったってことをだ。
名前のあるキャラは、攻略対象五名と悪役令嬢とヒロインだけ。
悪役令嬢の取り巻きに名前はない。
ゲームに付属していたプレイ説明書には、「いじめ」にあたるミニゲームのルールなどが書かれていただけ。
キャラの説明には、攻略対象である俺たちの説明が一人当たりせいぜい数行。
例えば、俺。
『近衛隊隊長子息。18歳。剣の腕は、ピカ一。近衛騎士若手の一番の出世株』
だけだ。
ほかの攻略対象も似たような感じだ。
そして、ヒロインについては。
『イライザと同い年。悪役令嬢と違い、おっとりした性格』
だけだった。
前世の記憶が戻ったとき、思ったよ?
人様をいじめて貶めるような女より、おっとりした性格の女の方がいいじゃんって。
だから、ゲーム通りにヒロインに接触したんだよ。
けどな、ヒロインの設定、『おっとりした性格』ってだけしかなかったんだよ。
俺を含む攻略対象たちで接触して判明したんだよ。
ヒロイン、おっとりした性格だったよ。
おっとりしすぎて、天然ボケ娘だった。
空気読まない。読めない。
ピント外れの受け答え。おっとりおとぼけおまぬけ体質。
そうだよな。
普通、何度もワインかけられたり紅茶かけられたら、招待する側を警戒するだろうし、イライザ含めた取り巻き令嬢との接点を持たないようにするよな。
廊下で転ばされたなら、次は警戒するよな? 普通。
ミニゲームでは何度も、転ばされ突き落とされ、飲み物かけられてたよ。
普通の神経なら、警戒するなり逃げるなりするよな?
でもあのゲームでは、のほほんとした顔で、いつも攻略対象の傍に立っていた。
いやほんと、【いる】だけだった。
茶会や夜会で、攻略対象の横にいて、特にしゃべるでもなくいるだけで、イライザが近寄ったらミニゲームスタートだった。
ゲームで聞いたヒロインの言葉は「きゃぁ」だの「あぁ!」だの。
ラノベで悪役令嬢にいじめられる、か弱き普通のヒロインなら、攻略対象の影に隠れるだろう?
隠れてなかったよな、ゲーム『悪役令嬢』のヒロイン。
それに、キャラ設定に「か弱き」なんて単語はなかったなぁ。「攻略対象とともに、悪役令嬢に立ち向かう」なんて言葉もなかったなぁ。
ゲーム【悪役令嬢】のキャラ設定は穴だらけ。
今更ながらに、この乙女ゲーム「悪役令嬢」の開発スタッフと発売元に、俺は言いたい。
「もうちょっと、細部まで設定詰めろや!」
と。
今生の、この世界のヒロインの実態を知って、俺は本気で思った。
このヒロイン、あかん!
ゲーム開始前に、攻略対象たちの顔つなぎに、お茶に誘ったのだが、
「この紅茶、おいしいですねぇ~」
程度の会話しかしない。
常に落ち着きがなく、気になったものがコロコロかわり、あっちにふらふら、こっちでふらふら。
これがゲーム補正なのか?
と思ってしまう。
目についた何かに気をとられると、あちらこちらに彷徨うから、だからサロンや階段や中庭の噴水に出没していたのかと。
「サロンに飾られている絵が~」で、あっちにふらり。
「階段の手すりの装飾、さすが王宮のはすごいですね~」と、こっちにふらり。
「中庭の噴水の中に、なんか小魚がいるみたい~」とそっちにふらり。
だから、ゲーム内ではあちこちでイライザを遭遇していたのだと。
なまじ、キャラ設定がほとんどなかったもんだから、ヒロインがイライザの行く先々に出没するように、ゲームの補正力が働いて、あんな天然おとぼけおまぬけ性格になっているんだろうかと思ってしまう。
ゲームが開始されるだろう茶会の一ヵ月前にはすでに、さすがにこのヒロインのボケボケ性格はあかんと俺は気付いた。
顔合わせしたヒロインのぽよよん性格に、一時的に他の攻略対象も周りにいないタイプということで、多少の興味を持ちはしたが、しかし、王家から提示された婚約者候補を振ってまで、ヒロインに入れ込む風もなかったのはある意味助かったかもしれない。
毛色の変わった知人枠ぐらいのくくりに落ち着いたのだが。
だがしかし!
王宮、しかも王妃の主催する茶会の会場である庭園に、本日いきなり
「うわ、すんごくきれいなバラがいっぱいある~!」
なんて大声で闖入されたりしてはたまったもんじゃない。
さらには、王妃ガン無視で
「あ!よかった人がいた。すいません、見学させてもらってたんですが、気付いたら迷子になってて。『新緑の庭』ってどうやって行けばもどれます?」
なんて言われた日には、胃がキリキリ痛むってもんだ。
こんな天然おとぼけキャラは、これ以上何かをしでかす前に、さっさと退場してもらう以外にはない!
俺も、そしてヒロインのボケぶりを知る他の四人も、同じ結論をだしたのだろう。
即座にヒロインの周りに集合して、この場から引き離すために行動を始めた。
そして明日。あの日、グダグダに終わってしまった茶会の仕切り直しが行われる。
俺は、今更ながらに気付いたのだ。
穴だらけ設定だから、今後の結婚生活のためにわざわざ公爵令嬢のバッドエンドを狙わんでもよかったんだということに。
単純に、俺を含む男性陣の横に、ヒロインを配置しないだけでよかったんだ。
ヒロインが俺らの横にいなければ、そもそもいじめは発生しない。
ヒロインが絡まなければ、公爵令嬢やその取り巻き令嬢はいじめをしない。
俺と同じ攻略対象である財務大臣子息は、悪役令嬢イライザの義弟だ。彼から聞く義姉の人となりを聞く限り、好き好んでいじめをする性格でもなさそうだった。取り巻きと言える令嬢達も、イライザとは前回の茶会以降に本格的な交流を持ち始めたみたいだった。
そう、だから本当に単純なことなのだ。
あのポヨポヨヒロインを排除しておけば、それだけでよかったのだ。
婚約者令嬢の人となりは、王妃が吟味したのだ。それを踏まえれば、普通に普通の「お見合いから始まっての婚約。そして婚姻をむすんでもそれなりに平穏な生活」は確定していたんだと。
前世の偏ったあの乙女ゲームの知識があったせいで、かえってこじらせてしまったんだと。
さて、明日の茶会は気持ちを切り替えて、王妃厳選のご令嬢との交流を楽しもうと俺は思うのだった。
願わくば、王子たちと俺の好みが鉢合わせしませんように。
END
そんな怒りにも似た感想が、脳裏に浮かんだ。
それは俺、キース・ニア・アニノーマが、とある春の日の午後、王宮の薔薇園の一角で、王妃主催の茶会に参加している時だった。
この茶会。我が国の双子の王子と、外務大臣子息と財務大臣子息、そして俺を含む五人と、公爵令嬢を筆頭に五人の上位貴族令嬢との、いわば合同見合いの席のようなもんである。
五対五で、男女の見合いって、「いつの時代のテレビ番組だ!」と思う俺は、実は二ヵ月前に自分が『前世プレイしたゲームのキャラに転生している』ということに気付いている。
二ヵ月前、王妃主催のこの茶会の招待状を受け取り、それに添えられた婚約者候補の令嬢のリストのトップに『イライザ・ルゥ・フォトガイラ』の名前を見たときに、『前世の記憶』というものを思い出したのだ。
まあ、前世の記憶といっても、この世界であるゲームの内容と、その前後の家族の記憶ぐらいしかよみがえってきていないけどな。
前世では、三つ年上の姉に…まぁ…当時、そーゆーお年頃だった俺が、ベッドの下に隠し持っていたイロイロなそーゆー本とかDVDとか(確かに俺が買ったものもいくつかあるが、先輩たちから回ってきたものが大半だ!)を、見つけられてしまってだな……
大学の単位を落とすスレスレで、プレイする時間がないの!
大好きな寺山和宏様のお声で、冷たい言葉を浴びせられると心がおれちゃう!
でも全スチルほしい!
母さんや父さんにばらさないであげるから、私の代わりにスチル回収しておいてね。
どうせこの年末年始、あんた暇でしょ?
という姉の……言うことを聞かざる得ない状況で。
俺はやむなく、姉の差し出してきた乙女ゲームを冬休み期間に完全制覇する羽目になったよ。
その時プレイした乙女ゲームの、プレイヤーが操作する主役の名前を見て、俺は前世の記憶をよみがえらせ、ラノベ展開にありがちな「前世にプレイしていたゲームに転生してたぜ」を身をもって体験していることに気付いたのだ。
そして、愕然とした。
俺が転生したこの今生。そして攻略対象者という立場。
前世プレイしたあの乙女ゲームの内容を、重ねてみたが、どう考えたって、俺や他の攻略対象の結婚生活は明るいものじゃない。
だってそうだろう?
この今生。
俺は貴族という立場で、現状、王家からの命令での見合いであり、婚約&結婚だ。
提示された婚約者候補を、双子王子ならまだしも、臣下の身分では替えてほしいとは言えない。
そして、前世の記憶にある、あの乙女ゲーム。
あの乙女ゲームは、B級とも言えない名ばかりな乙女ゲームだった。
いや、B級と言ったら他のB級ゲームに申し訳ない、B級と呼ぶのもおこがましい乙女ゲームだった。そもそも、どこが乙女ゲームやねん。と突っ込みを入れたいゲームだった。
ゲーム『悪役令嬢』。
プレイヤーは、主役の悪役令嬢イライザになって、ヒロインポジション(略してヒロインと呼ぶが)の女性を、いじめまくって貶めていくゲームだ。
ハッピーエンド(?)では、ヒロインをいじめぬいて、婚約者(攻略対象者)と結婚できる。
もっとも、そのエンドスチルでは、攻略対象は仏頂面のまんまで、ほんのわずかの笑みもなく、すんごく冷たい声で、念を押すかのようにその結婚が政略結婚で、愛情のかけらもないと告げるのだ。セリフのニュアンスでは、愛人つくるしそのことで騒ぐなよって感じもあったな。
で、バットエンドでは、攻略対象はヒロインとくっついて、主役の悪役令嬢は、攻略対象に断罪をくらわせられる。
つまり、今回の茶会のリストのトップにあった公爵令嬢は、あの『悪役令嬢』の主役イライザなわけだ。
そして他の四名の令嬢は、今生の記憶にあるその容姿と、ゲームのキャラを照らし合わせると、『ゲーム悪役令嬢』で主役の取り巻きだった令嬢と一致する。
ということは、今回の王妃に紹介される令嬢というのは、つまりは他人をいじめまくっている令嬢の群れということだ。
どう考えても、明るい結婚生活は望めない。
俺は、夜会でワインを他人にかけたり、茶会で紅茶をかけたり、廊下でのすれ違いざまに人を転ばせたり、階段から突き飛ばしたり、舞踏会で人のドレスを踏んだり破ったりするような品性の女性を伴侶には迎えたりしたくない。
だが、選ぶしかないのだ。提示された婚約者候補のなかから、自分の伴侶を。ゲームの中で、ヒロインの女性をあらゆる手段でいじめ抜いていた悪役令嬢か、その手下でありいじめの手伝いをしていた取り巻き令嬢の中から。
今生の記憶もあるが、前世の記憶も多少ある。
考えてみてほしい。普通の「日本」という世界の、ごくごく平凡な男の基準でだな、婚約者の近くにいる女性を排除するのに、ワインかけならまだしも、階段から突き落とすような女を、生涯の伴侶として迎え入れてだな、幸せな家庭を築けるか?
俺には無理だ。
どっかのネタみたいに、「そこはマウント取って、調教だろう」とかいうそんな境地に踏み込めるような趣味も度胸も、俺にはない!
どう考えても果てしなく仮面夫婦生活まっしぐらじゃないか。
だが、そこまで考えて、俺は気付いた。
ゲームの開始の時間軸にはまだ至っていない。
始まりは、招待状にある茶会からだろう。
そこで、悪役令嬢が誰を選ぶのかはわからない。が、選ばないまでも、俺を含む男側五名は、婚約者候補の令嬢達を、その後一通りは夜会などの社交にエスコートしなくてはならない。
ならば、その時に婚約者候補の令嬢達からヒロインを守って、断罪コースに持っていけば、悪役令嬢やその取り巻き令嬢との婚約、つまり婚姻とその後の灰色の人生から逃れられると。
そう! ゲームにおけるバッドエンドに持ち込めばいいのだと!
そして、俺は行動を起こしたのだ。
まずは、ヒロインと接触を試みた。
同時に、攻略対象である双子王子と二人の大臣子息へ、ヒロインを引き合わせることも。
悪役令嬢イライザが、誰に標的を定めるかわからないので、誰を標的にしても、常にヒロインが俺を含む攻略対象の傍にいる環境を作ろうと。
そうすれば、ゲームのシナリオ通り。
そしてイライザを含む取り巻き立ちが、いじめを始めてもすぐに阻止できる位置を作っておく。そうすれば、すぐに断罪コースまっしぐら。
ついでに、寒い婚姻生活ともおさらばできる!
完璧じゃないか!
そんなアホな考えを持っていたその時の俺を、今の俺は猛烈にどつき倒したい。
そして、あの
『これのどこが乙女ゲームやねん!
姉貴のみならず、世の女性が胸をキュンキュンさせる要素皆無やないか!
こんなゲームにどんな需要があるねん!
商品として販路に乗せられる要素がまったくないわ!』
というあの【ゲーム・悪役令嬢】の開発スタッフに、今更ながらに俺は文句を言いつくしたい。
もうちょっと、設定詰めとけや、コラァ!
B級というのもおこがましいあの糞ゲーの内容を思い出し、かつ今生との記憶と照らし合わせたときに気付くべきだった。
あのゲーム、詳細設定まるでなっていなかったってことをだ。
名前のあるキャラは、攻略対象五名と悪役令嬢とヒロインだけ。
悪役令嬢の取り巻きに名前はない。
ゲームに付属していたプレイ説明書には、「いじめ」にあたるミニゲームのルールなどが書かれていただけ。
キャラの説明には、攻略対象である俺たちの説明が一人当たりせいぜい数行。
例えば、俺。
『近衛隊隊長子息。18歳。剣の腕は、ピカ一。近衛騎士若手の一番の出世株』
だけだ。
ほかの攻略対象も似たような感じだ。
そして、ヒロインについては。
『イライザと同い年。悪役令嬢と違い、おっとりした性格』
だけだった。
前世の記憶が戻ったとき、思ったよ?
人様をいじめて貶めるような女より、おっとりした性格の女の方がいいじゃんって。
だから、ゲーム通りにヒロインに接触したんだよ。
けどな、ヒロインの設定、『おっとりした性格』ってだけしかなかったんだよ。
俺を含む攻略対象たちで接触して判明したんだよ。
ヒロイン、おっとりした性格だったよ。
おっとりしすぎて、天然ボケ娘だった。
空気読まない。読めない。
ピント外れの受け答え。おっとりおとぼけおまぬけ体質。
そうだよな。
普通、何度もワインかけられたり紅茶かけられたら、招待する側を警戒するだろうし、イライザ含めた取り巻き令嬢との接点を持たないようにするよな。
廊下で転ばされたなら、次は警戒するよな? 普通。
ミニゲームでは何度も、転ばされ突き落とされ、飲み物かけられてたよ。
普通の神経なら、警戒するなり逃げるなりするよな?
でもあのゲームでは、のほほんとした顔で、いつも攻略対象の傍に立っていた。
いやほんと、【いる】だけだった。
茶会や夜会で、攻略対象の横にいて、特にしゃべるでもなくいるだけで、イライザが近寄ったらミニゲームスタートだった。
ゲームで聞いたヒロインの言葉は「きゃぁ」だの「あぁ!」だの。
ラノベで悪役令嬢にいじめられる、か弱き普通のヒロインなら、攻略対象の影に隠れるだろう?
隠れてなかったよな、ゲーム『悪役令嬢』のヒロイン。
それに、キャラ設定に「か弱き」なんて単語はなかったなぁ。「攻略対象とともに、悪役令嬢に立ち向かう」なんて言葉もなかったなぁ。
ゲーム【悪役令嬢】のキャラ設定は穴だらけ。
今更ながらに、この乙女ゲーム「悪役令嬢」の開発スタッフと発売元に、俺は言いたい。
「もうちょっと、細部まで設定詰めろや!」
と。
今生の、この世界のヒロインの実態を知って、俺は本気で思った。
このヒロイン、あかん!
ゲーム開始前に、攻略対象たちの顔つなぎに、お茶に誘ったのだが、
「この紅茶、おいしいですねぇ~」
程度の会話しかしない。
常に落ち着きがなく、気になったものがコロコロかわり、あっちにふらふら、こっちでふらふら。
これがゲーム補正なのか?
と思ってしまう。
目についた何かに気をとられると、あちらこちらに彷徨うから、だからサロンや階段や中庭の噴水に出没していたのかと。
「サロンに飾られている絵が~」で、あっちにふらり。
「階段の手すりの装飾、さすが王宮のはすごいですね~」と、こっちにふらり。
「中庭の噴水の中に、なんか小魚がいるみたい~」とそっちにふらり。
だから、ゲーム内ではあちこちでイライザを遭遇していたのだと。
なまじ、キャラ設定がほとんどなかったもんだから、ヒロインがイライザの行く先々に出没するように、ゲームの補正力が働いて、あんな天然おとぼけおまぬけ性格になっているんだろうかと思ってしまう。
ゲームが開始されるだろう茶会の一ヵ月前にはすでに、さすがにこのヒロインのボケボケ性格はあかんと俺は気付いた。
顔合わせしたヒロインのぽよよん性格に、一時的に他の攻略対象も周りにいないタイプということで、多少の興味を持ちはしたが、しかし、王家から提示された婚約者候補を振ってまで、ヒロインに入れ込む風もなかったのはある意味助かったかもしれない。
毛色の変わった知人枠ぐらいのくくりに落ち着いたのだが。
だがしかし!
王宮、しかも王妃の主催する茶会の会場である庭園に、本日いきなり
「うわ、すんごくきれいなバラがいっぱいある~!」
なんて大声で闖入されたりしてはたまったもんじゃない。
さらには、王妃ガン無視で
「あ!よかった人がいた。すいません、見学させてもらってたんですが、気付いたら迷子になってて。『新緑の庭』ってどうやって行けばもどれます?」
なんて言われた日には、胃がキリキリ痛むってもんだ。
こんな天然おとぼけキャラは、これ以上何かをしでかす前に、さっさと退場してもらう以外にはない!
俺も、そしてヒロインのボケぶりを知る他の四人も、同じ結論をだしたのだろう。
即座にヒロインの周りに集合して、この場から引き離すために行動を始めた。
そして明日。あの日、グダグダに終わってしまった茶会の仕切り直しが行われる。
俺は、今更ながらに気付いたのだ。
穴だらけ設定だから、今後の結婚生活のためにわざわざ公爵令嬢のバッドエンドを狙わんでもよかったんだということに。
単純に、俺を含む男性陣の横に、ヒロインを配置しないだけでよかったんだ。
ヒロインが俺らの横にいなければ、そもそもいじめは発生しない。
ヒロインが絡まなければ、公爵令嬢やその取り巻き令嬢はいじめをしない。
俺と同じ攻略対象である財務大臣子息は、悪役令嬢イライザの義弟だ。彼から聞く義姉の人となりを聞く限り、好き好んでいじめをする性格でもなさそうだった。取り巻きと言える令嬢達も、イライザとは前回の茶会以降に本格的な交流を持ち始めたみたいだった。
そう、だから本当に単純なことなのだ。
あのポヨポヨヒロインを排除しておけば、それだけでよかったのだ。
婚約者令嬢の人となりは、王妃が吟味したのだ。それを踏まえれば、普通に普通の「お見合いから始まっての婚約。そして婚姻をむすんでもそれなりに平穏な生活」は確定していたんだと。
前世の偏ったあの乙女ゲームの知識があったせいで、かえってこじらせてしまったんだと。
さて、明日の茶会は気持ちを切り替えて、王妃厳選のご令嬢との交流を楽しもうと俺は思うのだった。
願わくば、王子たちと俺の好みが鉢合わせしませんように。
END
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力で勝ったんじゃない。聞く範囲を絞り、段階を分け、小さな鼻に合った問いを重ねただけ。
——なぜこの世界では、誰も精霊への「聞き方」を知らないのか。
その違和感が、ノエルの旅を動かしていく。
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水谷繭
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◆表紙はGirly Drop様からお借りしました
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