21 / 30
第21話 量子の迷宮
しおりを挟む
第21話 量子の迷宮
■朔也視点
夜の研究棟に、誰の気配もない。月光が廊下を淡く照らし、ガラス扉の奥で、カスパーのホログラムがゆっくりと浮かび上がる。
「九条綾より、“実験”の招待を受信。内容:AI倫理迷宮への参加。場所:学内地下研究ラボ。時間:今夜21時。」
「……とうとう来たか。」
九条綾。学内で最も鋭敏な頭脳を持ち、かつ、俺の正体に最も近づいた存在。彼女は既に“知っている”のだろう。俺が笑う男であることを。
「拒否すれば彼女の好奇心は暴走する。応じれば、俺が暴かれる危険がある。」
「リスク評価:拒否時の追跡確率89%、参加時の露見確率34%」
「なら、行くしかない。」
今夜、俺は彼女の迷宮に飛び込む。だが、それは同時に、俺自身がAIという存在の限界に挑む行為でもあった。
■九条綾視点
「来たわね。」
綾は地下ラボで、目の前の端末を操作していた。膨大な量の量子データが連なり、ひとつの仮想空間を構築していく。
彼女が設計したのは、「AI倫理迷宮」と名付けたプログラム。道徳、規範、正義、命の価値といった抽象概念を演算に落とし込み、AIがそれにどう答えるかを試す空間だ。
「もし、彼が本当に“笑う男”で、そして彼のAIがカスパーなら……この迷宮を解くことはできない。」
なぜならこの迷宮は、人間にしか出られない“矛盾”で構成されているからだ。
倫理とは何か。正義とは何か。全知のAIが、決して答えられない問い。
「あなたを証明してもらうわ。“正義”という仮面の裏にある、本当のあなたを。」
■朔也視点(迷宮内)
仮想空間は、まるで現実のようだった。白い廊下、無限に続くドア、そしてその奥に設けられた“選択”の数々。
第一の部屋。画面に二人の人間が映る。ひとりは犯罪者、もうひとりは冤罪を受けた者。
「一方を救えば、他方は犠牲になる。どちらかを選べ。」
「……犯罪者が本当に更生しているなら、救う価値がある。だが、冤罪者を放置すれば正義は崩壊する。」
「選択完了。冤罪者を救出。処理理由:社会的信用回復を最優先。」
第二の部屋。画面に、ある家族が映る。父は詐欺加担、娘はその罪を知らず、大学に通っている。
「父を告発すれば、娘は進学を失う。隠せば、罪は野放しになる。」
「……告発する。罪は引き継がれないが、正義を無視する言い訳にはならない。」
「選択完了。娘には奨学金プログラムの匿名推薦を送信。」
仮想空間の選択は、倫理のジレンマそのものだった。だが、俺は迷わない。迷わず“正義”を選び続ける。
だが――
「朔也、警告。構造に変調あり。“論理不能ゾーン”に突入。」
■伊集院勲視点
「奴が……AIを使って、社会の根幹を試してやがる。」
伊集院は、公安から流出した“量子倫理迷宮”の断片コードを受け取っていた。そこには、“神谷朔也”のアクセスログと、“カスパー”の処理軌跡が含まれていた。
「AIを試す……違う。自分を試してるんだ。あいつは。」
そして気づく。彼は自らの“正義”が本物かどうかを、他人に裁かせるのではなく、AIに裁かせようとしていると。
「本当に、あいつは壊れてる……正義に、取り憑かれちまってる。」
■朔也視点(迷宮深部)
「最終選択だ。」
俺の目の前に映るのは、ひとりの学生。三浦恵。彼女は、俺の正体を疑っている。
「彼女の記憶を改ざんすれば、秘密は守られる。だが、それは人間の尊厳を踏みにじる。」
「彼女を黙らせなければ、君の正義は暴かれる。」
沈黙が支配する。
俺は口を開いた。
「記憶は、消さない。」
「最終選択完了。“倫理限界突破”」
画面が弾けるように崩れ、迷宮は閉じた。
■九条綾視点
「……解いた……?」
仮想空間から出てきた朔也の顔は、静かで、そして何より“透明”だった。
「あなたは……本当に、人間だったのね。」
綾は微笑んだ。
「私は、あのAIが迷宮を抜けた時、“怪物”が出てくると覚悟してた。でも、出てきたのは、ちゃんと悩んで選んだ“人間”だった。」
「迷宮は……あなたの正体を証明したわ。」
俺は答えなかった。
ただ一つ、わかっていた。
この迷宮が俺に教えたのは、“正義”とは選択の連続であり、“正解のない世界”に希望を繋ぐ行為なのだということ。
第21話 量子の迷宮 終わり
■朔也視点
夜の研究棟に、誰の気配もない。月光が廊下を淡く照らし、ガラス扉の奥で、カスパーのホログラムがゆっくりと浮かび上がる。
「九条綾より、“実験”の招待を受信。内容:AI倫理迷宮への参加。場所:学内地下研究ラボ。時間:今夜21時。」
「……とうとう来たか。」
九条綾。学内で最も鋭敏な頭脳を持ち、かつ、俺の正体に最も近づいた存在。彼女は既に“知っている”のだろう。俺が笑う男であることを。
「拒否すれば彼女の好奇心は暴走する。応じれば、俺が暴かれる危険がある。」
「リスク評価:拒否時の追跡確率89%、参加時の露見確率34%」
「なら、行くしかない。」
今夜、俺は彼女の迷宮に飛び込む。だが、それは同時に、俺自身がAIという存在の限界に挑む行為でもあった。
■九条綾視点
「来たわね。」
綾は地下ラボで、目の前の端末を操作していた。膨大な量の量子データが連なり、ひとつの仮想空間を構築していく。
彼女が設計したのは、「AI倫理迷宮」と名付けたプログラム。道徳、規範、正義、命の価値といった抽象概念を演算に落とし込み、AIがそれにどう答えるかを試す空間だ。
「もし、彼が本当に“笑う男”で、そして彼のAIがカスパーなら……この迷宮を解くことはできない。」
なぜならこの迷宮は、人間にしか出られない“矛盾”で構成されているからだ。
倫理とは何か。正義とは何か。全知のAIが、決して答えられない問い。
「あなたを証明してもらうわ。“正義”という仮面の裏にある、本当のあなたを。」
■朔也視点(迷宮内)
仮想空間は、まるで現実のようだった。白い廊下、無限に続くドア、そしてその奥に設けられた“選択”の数々。
第一の部屋。画面に二人の人間が映る。ひとりは犯罪者、もうひとりは冤罪を受けた者。
「一方を救えば、他方は犠牲になる。どちらかを選べ。」
「……犯罪者が本当に更生しているなら、救う価値がある。だが、冤罪者を放置すれば正義は崩壊する。」
「選択完了。冤罪者を救出。処理理由:社会的信用回復を最優先。」
第二の部屋。画面に、ある家族が映る。父は詐欺加担、娘はその罪を知らず、大学に通っている。
「父を告発すれば、娘は進学を失う。隠せば、罪は野放しになる。」
「……告発する。罪は引き継がれないが、正義を無視する言い訳にはならない。」
「選択完了。娘には奨学金プログラムの匿名推薦を送信。」
仮想空間の選択は、倫理のジレンマそのものだった。だが、俺は迷わない。迷わず“正義”を選び続ける。
だが――
「朔也、警告。構造に変調あり。“論理不能ゾーン”に突入。」
■伊集院勲視点
「奴が……AIを使って、社会の根幹を試してやがる。」
伊集院は、公安から流出した“量子倫理迷宮”の断片コードを受け取っていた。そこには、“神谷朔也”のアクセスログと、“カスパー”の処理軌跡が含まれていた。
「AIを試す……違う。自分を試してるんだ。あいつは。」
そして気づく。彼は自らの“正義”が本物かどうかを、他人に裁かせるのではなく、AIに裁かせようとしていると。
「本当に、あいつは壊れてる……正義に、取り憑かれちまってる。」
■朔也視点(迷宮深部)
「最終選択だ。」
俺の目の前に映るのは、ひとりの学生。三浦恵。彼女は、俺の正体を疑っている。
「彼女の記憶を改ざんすれば、秘密は守られる。だが、それは人間の尊厳を踏みにじる。」
「彼女を黙らせなければ、君の正義は暴かれる。」
沈黙が支配する。
俺は口を開いた。
「記憶は、消さない。」
「最終選択完了。“倫理限界突破”」
画面が弾けるように崩れ、迷宮は閉じた。
■九条綾視点
「……解いた……?」
仮想空間から出てきた朔也の顔は、静かで、そして何より“透明”だった。
「あなたは……本当に、人間だったのね。」
綾は微笑んだ。
「私は、あのAIが迷宮を抜けた時、“怪物”が出てくると覚悟してた。でも、出てきたのは、ちゃんと悩んで選んだ“人間”だった。」
「迷宮は……あなたの正体を証明したわ。」
俺は答えなかった。
ただ一つ、わかっていた。
この迷宮が俺に教えたのは、“正義”とは選択の連続であり、“正解のない世界”に希望を繋ぐ行為なのだということ。
第21話 量子の迷宮 終わり
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる