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第一章  魔女の森。

あまりに多くを望むのは、何も望まないのと同じことになる。

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 ──それは綺麗な夕焼けの広がるある日のこと。

 今日もいつもと同じく魔法の特訓を終えた一人と一匹は自分達の住む洞窟へと向かっていました。

「──じゃあ、今日の夜は少しの間一人になるけど大丈夫?」
「うん、大丈夫。私、一人でも怖くないよ。安心して、お母さん」
「そう。出来るだけ早く帰って来るから、それまでお留守番、お願いね」
「うん!!」

 そうしてその日の夜。
 妖精は急遽森の湖のほとりで行われた会合に出席します。
 その会合で話し合われたのはこの森のこれからのこと。
 その内容は、近々この迷いの森で良くない事が起きるというものでした。
 
「その情報は確かなのか? アマビエ」

 アマビエと呼ばれたそのモンスターは鳥の顔に魚と竜の混じった鱗の体と三本の尾を持つ、この森の湖を住処とした森の占い師です。

「残念だけど、本当よ……確実に近い未来に冒険者達が不吉を届けにここに来るわ……」
「……冒険者……そうか。で、その時期は詳しくはわからないのか?」
「……ええ。知りたい?」

「勿論だ。ただ指を咥えて待つなんて事はしない。それだけの大事おおごとなんだろう?」
「そうね、それだけの大事おおごとよ……」
「なら、教えてくれ。その日はいつなんだ?」

「ええ……それはね……」

 そしてアマビエは数拍の間を置くと言ったのでした。

「……今よ」
 
 そうアマビエが告げた瞬間。
 森の遠く、入り口の方から次々と舞い上がる真っ赤な炎。
 その炎は勢いよく燃え広がると森をまるで昼間のように明るく照らします。
 呆気に取られるモンスター。
 そんなモンスター一同に向かってアマビエは言います。

「……ここに集まって貰ったのは他でもないわ。幸いな事に、今ここにはこの森の全モンスターが居る。選択しましょう。全員で森を後にするか、全員で立ち向かうか……それを決めましょう……」

 その問いにモンスターの一匹が問いで返します。

「……アマビエ……それは、聞くまでもない質問だろう……見えてるんだろう、お前には。ここに居る誰一匹として逃げるなんて選択はしないって未来が……」

「……ええ、そうね……」

「フン。それでも尚、ここでそれを俺達に問うのは……いや、これ以上は知る必要もないか……」

「……ええ……その通りね」

「よし、わかった。お前達、この森の全員で奴らを迎え打つぞ!! 誰一匹たりとも、無念は残すな!! その為の覚悟を今ここでしろ!! その為に俺達は皆、今ここに居る!! ……行くぞーー!!」

「おおぉおおぉお!!」

 そうして湖のほとりでモンスター達は決死の雄叫びを上げると燃え広がる炎の方へと向かって行きます。物凄い勢いで大地を揺らしながら駆けるモンスター達の中で、ですがただ一匹、ここに居る誰とも違う事を考えていたモンスター、妖精。彼女はその場で暫く目を閉じて考えると、覚悟を決め逆方向へと向かって飛んで行きました。

 その姿をアマビエはとてももの悲しい表情を浮かべて見守ります。
 そして妖精の姿が完全に見えなくなると誰にも聞こえない小さな声で月を見上げて言ったのでした。

「……それがどんなに残酷な未来だとしても……ね……」

 ※

 一方その頃。
 洞窟で一人お留守番をしていた少女の耳にも異様な程までのモンスター達の雄叫びが届きます。
 何事か? と真っ赤な風車片手に洞窟の外へと出た彼女の目に映ったのは、炎に包まれた森。

 その光景に現状を全く把握していなかった彼女が感じたのは、純粋な恐怖の念でした。

 踊り狂い影を残す炎はまるで異形の魔物のようで。
 真っ赤な風車を手放すとその場に膝を着き溢れる涙だけがその頬を流れ落ちます。
 と、そこに全身を光輝かせ飛んで来たのは妖精です。

「──大丈夫!? ケガはない!?」

 その声に少女はありったけの声で叫びます。

「……お母さん!! お母さん!!」

 その声に妖精は少女の頬に優しく触れると答えます。

「ええ。私はここよ。もう大丈夫だから、ね」
「お母さん!! お母さん!! お母さん!!」

 思い切り抱きつきたくても抱きつくことの出来ない少女の伸ばした手。
 その手を妖精は全身で抱きしめます。

 次第に落ち着きを取り戻していく少女を想いながも、その目に映るのは刻一刻と森を飲み込む荒々しい炎。聞こえて来るのは心なしか小さくなったような同朋達の叫び声。それに加えて追い打ちをかけるかのように反対側の入り口からも上がる火の手。

 既にこの森は冒険者達に囲まれてしまっている……
 もう逃げ道は何処にもない……
 地面には少女の手から落ちた真っ赤な風車……
 それを見た妖精は、その風車を拾うと決断をします。

 初めはこの森を捨ててもこの子と一緒に逃げようと思ってここへやって来た。
 その為に受ける罪ならばどんなに重くても自分がそれを背負おうと覚悟を決めて。
 それでも彼女と一緒なら、それだけで私は幸せなのだからと。
 ですが、もうそれすらも叶いそうにない今に……
 あまりに多くを望むのは、何も望まないのと同じことになる。
 そう悟った妖精は、少女に告げます。

「……良い? これから私が言う事をよく聞きなさい」
「う、うん、なに……グスっ……」

「今まで黙っていたけれど……あなたは、本当は魔女なんかじゃない。ましてや私はあなたのお母さんでもなければ、あなたはただの人間よ……」

「……ぇ? ……お母、さん……?」

「……アイツらは今日、私達からあなたを取り返しに来た……」
「……な……なに、なにを言ってるの……ねぇ、お母……」

「だから私はお前のお母さんなんかじゃない!! お前はあの日、私が人間からさらって来たただの人間で、お前が居るから今日アイツらがやって来て、魔女でもないお前は、私達モンスター達の敵なのよ!!」

 そして今まで見た事もないようなおぞましい表情を浮かべる妖精。
 その顔を見た少女はだけど不思議と何も怖くはなくて。
 ただとてもとても悲しい痛みだけがその胸には突き刺さったのでした──
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