異世界2.0。このご時世、モンスターだって悩みを抱える時代です。

兎禾

文字の大きさ
18 / 57
第一章  魔女の森。

どうかその嘘が、いつの日までも嘘のままでありますように。

しおりを挟む
 それから時は流れ。
 森の妖精と森に捨てられた人間の赤ん坊が出会ってから五年の月日が経った頃。

「──うわぁ……」

 森の一角にある綺麗な花畑の上。
 そこに居たのは一輪の花の上に重なる二匹の蝶々を目を輝かせて見つめる一人の少女。
 手には風に吹かれ廻る一本の赤い風車。
 そんな彼女の艶やかな黒髪にそっと降りて来て止まった小さな光。
 その光は少女の頭にちょんと座ると柔らかな口調で言いました。
 
「気になる?」

 その声に少女は小さく頷くと答えます。

「うん。何してるのかなぁって……」

 その問いかけに光を消して妖精は静かに答えます。

「今この二匹の蝶々はね、交尾をしているの」

「……交、尾?」
「そう、交尾。そうやって重なりながら、交じり合って、新しい命を今ここで育んでいるの」

「……新しい、命?」
「そう。新しい命。何もないところにお父さんとお母さんでかける魔法。可愛い可愛い私達の子供が生まれて来ますようにって」
「へぇ……交尾かぁ……。お母さん、交尾ってなんだかとっても素敵な魔法だね!!」
「そうね。とっても素敵な魔法だと、私も思うわ」

 この世界において、かつて今の今までこんな事があったでしょうか?
 そこに居るのは一人の人間の少女と一匹の妖精、モンスターです。
 一人と一匹の間に流れる穏やかな時間。
 いつからかあたりまえになっていた二つの種族間での争いの関係もここにはありません。

「──あっ!?」
 
 そんな一人と一匹の目の前で二匹の蝶々は空へと舞い上がります。

「行っちゃった……」
「ふふふ。そうね。でも、きっとまた会えるわ」
「うん……きっとまた会いたいな。今度は蝶々さん達、三匹で、一緒に!!」
「そうね」

 五年前、あの雨の降る日。一人の人間の赤ん坊を助けた妖精は森中のモンスター達に一つの嘘をつきました。『この子は人間だけどただの人間じゃない、アイツらが言うところの魔女の子だ』と。それを聞いたモンスター達は人間にもモンスターにもなれない異質の存在、魔女の子を見ると『それなら仕方がない』と少女をこの森に置くことを許しました。そうして人間でもモンスターでもない魔女の子として少女はこの森で妖精に育てられて来ました。

 そしてそれは今日もまた同じで、妖精と少女は花畑から場所を移すと森の開けた場所で魔法の特訓をします。

「──それじゃあ、今日の特訓よ。準備は良い?」
「はい!! お母……じゃなかった、先生、大丈夫です!!」
「うん。それじゃあ、いつもみたいに先ずは目を閉じて、心を落ち着かせて……」
「はい!!」

「心の中でイメージして、私は空を飛べる……」

「はい!! 私は空を飛べる……私は空を飛べる……私は空を……空を……」

 そう言うと決まって妖精は少女の回りをクルっと一周します。
 すると少女の体にキラキラと降り注ぐ光の粒。
 と、次の瞬間。
 少女の体はふわりと少しだけ宙に浮き上がります。

「──どう?」

 妖精の声に閉じていた目を開くと少女は叫びます。

「浮いてます!! 今日も私、浮いてます!!」
「うん。今日もあなたは空に浮いてるわ」
「はい!! 私、小さいけど魔女なんです!!」

「そうね。それじゃあ、次は昨日の続き。今度は自分の意思でそこから動くの」
「はい!! 動け……動け……動け……うっごけぇぇぇ……」

 そう言うと決まって妖精は何もしません。
 すると少女の体を包み込んでいた光は次第にその輝きを失って。
 と、次の瞬間。
 少女の体はちょこんと元いた位置に足を着きます。

「……っぷぁっ!! ダメだぁ……今日は、イケると思ったのにぃ……」

「うふふ。大丈夫よ、焦らなくて良いわ。あなたはまだこんなに小さい女の子なんだもの」
「……でも、私、やっぱり魔女だから。早く飛べるようになりたい……です……」

 そう言って下を俯く少女に妖精は優しく微笑みながら言います。

「そう。それじゃあ、頑張ってもっと特訓しなくちゃね」
「うん。じゃなかった……はい、です!!」

 そうして再び特訓を開始する一人と一匹。

 ……妖精は思います。
 いつまでこんな事を繰り返してこの子を救う事が出来るのだろうかと。
 いつか来るかもしれないその時に。
 私はどんな言葉をこの子にかければ良いのだろうかと。
 日が経つにつれて胸の中で膨れ上がるのはまだ見えない未来への恐怖心なのでした。

 ですが、それでも妖精はその恐怖心を振り払うかのように今出来る事を必死にやり続けます。
 その先に、まだ知らない新しい道があると信じて。
 その胸中を少女に決して悟られることのないようにひた隠しながら……

 そんな彼女達の姿を見かけると森のモンスター達はいつも声をかけてくれます。

「──おっ、今日もお前達は特訓か!? 精が出るなぁ、頑張れよ、ちびっ子魔女!!」
「はい!! じゃなかった……トロールさんだから、お、押忍、です!!」
「おうよ!! じゃあな、頑張れよーー!!」
「お、おーーーーっすっ!!」

 ──ちょこん。

 そして大きな返事と共に地面に足を着いた小さな魔女。
 彼女は空を大きく仰ぐと全力で顔を歪めその悔しさをあらわにしたのでした。

「っくぅーーっ!!」

 それは誰かの為にとついた一つの嘘。
 いつか本当になる事のない、そんな嘘。
 どうかその嘘が、いつの日までも嘘のままでありますように。
 そう心の底から願うような日々がここにはあったのでした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...