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第二章 調停者。
クロエ。
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その後も一人と一匹はクエストを順調にこなしながら森の奥へと進んで行きます。
──バシュン。
淡い光の泡になって消えて行くキメラ、アナスタシアはその剣を静かに鞘に収めます。
──キン。
「ふぅ。……よし、行こう、クロエ」
「うん……」
ここまで続けて十と一個のクエストをこなして来たアナスタシアの表情に見え始めた疲れ。それでも尚、彼女は休む事なく先を目指します。そんな彼女の心身をケアしメンテナンスするのがくろうさぎさんの務めの一つです。くろうさぎさんは森を進んだ先にあった綺麗な川が流れる開けた場所で彼女に提案します。
「アナスタシア。ちょっとここで一度休憩していかないかい?」
「休憩? いや、だが、クロエ。残すクエストもあと二つ。『ビッグベアの討伐』と『トロールの討伐』だけだ。それならこのまま一気に……」
「だからだよ、アナスタシア。残すクエストもあと二つだけ。少しくらい休んだってその内のどちらかが僕達の探す『違和感』なら、あとはもう時間の問題さ。それなら確実にここでそれを潰さなきゃ。焦って無理をすれば出来る事も出来なくなるよ。ここまで来てそれじゃあ本末転倒だろ? 自分の手入れも準備の一つだよ、アナスタシア」
「そ、それは……」
「別にキミを責めている訳じゃないよ。それ程までにここに居るモンスター達の強さの変わりようは異様だからね。そんな彼等モンスター達に影響を与えただろう『違和感』ともなれば、尚更注意は必要だってことさ。調停者として早くなんとかしたいというキミの気持ちは理解出来るけれど、この先は何が起こるかわからない。もう一度準備はしておいて損はないと思うよ。それに……僕にもちょっとやっておきたい事があるからね」
そんなくろうさぎさんの言葉に肩の力を抜くとアナスタシアは観念します。
「……はぁ、わかったよ。クロエ、キミの言う通りにする」
「うん。その素直さがアナスタシアの良いところだと僕は思うよ」
そうして川辺の大きな石に腰を掛け武器の手入れを行うアナスタシア、その向かい側では同じく石に腰掛け手に持っている本に何やら文字を書き込むくろうさぎさん。二人は各々に時間を過ごすと、アナスタシアはその手を止め空を見上げ呟きます。
「なぁ、クロエ」
「ん? なんだい、アナスタシア」
「どうして空はこんなにも青いのだろうな?」
その言葉にくろうさぎさんもその手を止めると同じように空は見上げます。
「そうだねぇ。アナスタシア、キミはどうしてだと思うんだい?」
「私か? 私は、そうだなぁ……きっとそれを考える事に意味があるから、かな……」
「そうかい。それなら、きっとそれが答えなんだろうね」
「ああ。そうだな……って、ん? それは解答になっていないぞ、クロエ。キミはどうして──」
そんな一人と一匹のささやかなひとときに突然森の中から姿を現した大きなクマのビッグベア。と、それに気づいたアナスタシアが剣を構えて叫びます。
「クロエ!!」
──ぴょん。
クエスト依頼書を本に挟んで閉じると腰掛けていた石から一っ飛び。くろうさぎさんはアナスタシアの後方に位置取るとすかさず手元に残した一枚のクエスト依頼書に視線を向けます。それから何やら確認するとアナスタシアに向かって言いました。
「アナスタシア違うよ。このビッグベアはクエスト依頼書には載っていない、今回の対象とはまた別の『違和感』にまだ毒されていない野生のビッグベアだ」
「……と、いうことは、私が無闇に倒す訳にもいかない、か……それなら……準備はいいか? クロエ!?」
「僕はいつでも大丈夫だよ、アナスタシア」
「じゃあ、いつも通り……行くぞ、三、二、一……ゼロ、走れ!!」
──ズドォン!! モクモクモク……
掛け声の合図と同時に剣を振りアナスタシアが地面に思いきり衝撃を与えると舞い上がる砂煙。その隙に一人と一匹はビッグベアの居る方向と反対方向へ向かい全力で走り出します。そして川から頭を出す石を足場に向こう岸へ辿り着くとそのまま森の中へと入って行きました。
「──ここまで来ればもう安心か……クロエ、大丈夫か?」
「お陰様で、僕は大丈夫だよ。ありがとう、アナスタシア」
「そうか、それならよかったよ。だが、しかし。調停者も些か不便なものだな、自分の身を守る為に剣を振るう事が出来ないなんて」
「そうだね。せめて僕にも何か力があったらこんな時アナスタシアを守ってあげられるんだけどね、ごめん」
「ち、違うぞ、クロエ。別にキミを責めようと思って言った訳じゃ……それにキミには……」
「知ってるよ。アナスタシアは優しいからね。ちょっと言ってみたかっただけさ」
「……なっ」
「調停者は世界の調和、バランスを取る為の存在。その『調和の浄化』の力は特別で強力であるが故に無闇に振るってはならない。間違えば調停者自身がこの世界のバランスを崩すきっかけ『破壊者』になってしまうからね」
「そう。そしてその対象はこの世界の流れを歪める『違和感を生み出す者』と『違和感によって大きな流れからはみ出した者達』だけ。調停者とは名ばかりの自由の利かない制約だらけの力さ」
「…………」
それを聞いたくろうさぎさんはその手に持った本を捲るとそこに書かれていた言葉を読み上げます。
「──かつてこの世界には平和と言う名の元に争いが充満していた。この世界の歴史は争いの歴史だ。その原因は様々なかたちの欲望、恐怖心から生まれて来たものである。平和とは名ばかりのそれは種の存続をかけた争いだ。そしてそれが終わればまた、残された種の中でその争いは再び繰り返されるだろう」
「……災厄の循環」
「そう。災厄の循環。過去に犯して来た、僕達の過ちの『歴史』だ」
「つまり……クロエ、キミは私に何を言いたいんだ?」
「うん。キミの言ったその制約だらけの力のお陰でこの世界はなんとか今、平和を保ってる。だからキミはもっと自分の役割に誇りを持って良いと僕は思うよ、アナスタシア」
「ああ、そうだな。ありがとう、クロエ。勿論、私はこの役割に誇りを持っているよ。すまないな、私もちょっとキミに言ってみたかっただけさ」
「ふふ。なるほど。そうだね」
「さぁ、行こうか」
「うん。行こう」
そうして一人と一匹は森の奥へと進んで行きます。
調停者、それは自身の自由を失う変わりに世界の自由を手に入れる事の出来る力を持った人物。
この世界を護る者のことをそう呼ぶのでした。
──バシュン。
淡い光の泡になって消えて行くキメラ、アナスタシアはその剣を静かに鞘に収めます。
──キン。
「ふぅ。……よし、行こう、クロエ」
「うん……」
ここまで続けて十と一個のクエストをこなして来たアナスタシアの表情に見え始めた疲れ。それでも尚、彼女は休む事なく先を目指します。そんな彼女の心身をケアしメンテナンスするのがくろうさぎさんの務めの一つです。くろうさぎさんは森を進んだ先にあった綺麗な川が流れる開けた場所で彼女に提案します。
「アナスタシア。ちょっとここで一度休憩していかないかい?」
「休憩? いや、だが、クロエ。残すクエストもあと二つ。『ビッグベアの討伐』と『トロールの討伐』だけだ。それならこのまま一気に……」
「だからだよ、アナスタシア。残すクエストもあと二つだけ。少しくらい休んだってその内のどちらかが僕達の探す『違和感』なら、あとはもう時間の問題さ。それなら確実にここでそれを潰さなきゃ。焦って無理をすれば出来る事も出来なくなるよ。ここまで来てそれじゃあ本末転倒だろ? 自分の手入れも準備の一つだよ、アナスタシア」
「そ、それは……」
「別にキミを責めている訳じゃないよ。それ程までにここに居るモンスター達の強さの変わりようは異様だからね。そんな彼等モンスター達に影響を与えただろう『違和感』ともなれば、尚更注意は必要だってことさ。調停者として早くなんとかしたいというキミの気持ちは理解出来るけれど、この先は何が起こるかわからない。もう一度準備はしておいて損はないと思うよ。それに……僕にもちょっとやっておきたい事があるからね」
そんなくろうさぎさんの言葉に肩の力を抜くとアナスタシアは観念します。
「……はぁ、わかったよ。クロエ、キミの言う通りにする」
「うん。その素直さがアナスタシアの良いところだと僕は思うよ」
そうして川辺の大きな石に腰を掛け武器の手入れを行うアナスタシア、その向かい側では同じく石に腰掛け手に持っている本に何やら文字を書き込むくろうさぎさん。二人は各々に時間を過ごすと、アナスタシアはその手を止め空を見上げ呟きます。
「なぁ、クロエ」
「ん? なんだい、アナスタシア」
「どうして空はこんなにも青いのだろうな?」
その言葉にくろうさぎさんもその手を止めると同じように空は見上げます。
「そうだねぇ。アナスタシア、キミはどうしてだと思うんだい?」
「私か? 私は、そうだなぁ……きっとそれを考える事に意味があるから、かな……」
「そうかい。それなら、きっとそれが答えなんだろうね」
「ああ。そうだな……って、ん? それは解答になっていないぞ、クロエ。キミはどうして──」
そんな一人と一匹のささやかなひとときに突然森の中から姿を現した大きなクマのビッグベア。と、それに気づいたアナスタシアが剣を構えて叫びます。
「クロエ!!」
──ぴょん。
クエスト依頼書を本に挟んで閉じると腰掛けていた石から一っ飛び。くろうさぎさんはアナスタシアの後方に位置取るとすかさず手元に残した一枚のクエスト依頼書に視線を向けます。それから何やら確認するとアナスタシアに向かって言いました。
「アナスタシア違うよ。このビッグベアはクエスト依頼書には載っていない、今回の対象とはまた別の『違和感』にまだ毒されていない野生のビッグベアだ」
「……と、いうことは、私が無闇に倒す訳にもいかない、か……それなら……準備はいいか? クロエ!?」
「僕はいつでも大丈夫だよ、アナスタシア」
「じゃあ、いつも通り……行くぞ、三、二、一……ゼロ、走れ!!」
──ズドォン!! モクモクモク……
掛け声の合図と同時に剣を振りアナスタシアが地面に思いきり衝撃を与えると舞い上がる砂煙。その隙に一人と一匹はビッグベアの居る方向と反対方向へ向かい全力で走り出します。そして川から頭を出す石を足場に向こう岸へ辿り着くとそのまま森の中へと入って行きました。
「──ここまで来ればもう安心か……クロエ、大丈夫か?」
「お陰様で、僕は大丈夫だよ。ありがとう、アナスタシア」
「そうか、それならよかったよ。だが、しかし。調停者も些か不便なものだな、自分の身を守る為に剣を振るう事が出来ないなんて」
「そうだね。せめて僕にも何か力があったらこんな時アナスタシアを守ってあげられるんだけどね、ごめん」
「ち、違うぞ、クロエ。別にキミを責めようと思って言った訳じゃ……それにキミには……」
「知ってるよ。アナスタシアは優しいからね。ちょっと言ってみたかっただけさ」
「……なっ」
「調停者は世界の調和、バランスを取る為の存在。その『調和の浄化』の力は特別で強力であるが故に無闇に振るってはならない。間違えば調停者自身がこの世界のバランスを崩すきっかけ『破壊者』になってしまうからね」
「そう。そしてその対象はこの世界の流れを歪める『違和感を生み出す者』と『違和感によって大きな流れからはみ出した者達』だけ。調停者とは名ばかりの自由の利かない制約だらけの力さ」
「…………」
それを聞いたくろうさぎさんはその手に持った本を捲るとそこに書かれていた言葉を読み上げます。
「──かつてこの世界には平和と言う名の元に争いが充満していた。この世界の歴史は争いの歴史だ。その原因は様々なかたちの欲望、恐怖心から生まれて来たものである。平和とは名ばかりのそれは種の存続をかけた争いだ。そしてそれが終わればまた、残された種の中でその争いは再び繰り返されるだろう」
「……災厄の循環」
「そう。災厄の循環。過去に犯して来た、僕達の過ちの『歴史』だ」
「つまり……クロエ、キミは私に何を言いたいんだ?」
「うん。キミの言ったその制約だらけの力のお陰でこの世界はなんとか今、平和を保ってる。だからキミはもっと自分の役割に誇りを持って良いと僕は思うよ、アナスタシア」
「ああ、そうだな。ありがとう、クロエ。勿論、私はこの役割に誇りを持っているよ。すまないな、私もちょっとキミに言ってみたかっただけさ」
「ふふ。なるほど。そうだね」
「さぁ、行こうか」
「うん。行こう」
そうして一人と一匹は森の奥へと進んで行きます。
調停者、それは自身の自由を失う変わりに世界の自由を手に入れる事の出来る力を持った人物。
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