異世界2.0。このご時世、モンスターだって悩みを抱える時代です。

兎禾

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第二章  調停者。

小心。

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 ──ガサガサガサ……

 茂みから姿を表した色とりどりな葉っぱの生物。

 ──ペタ、ペタ、ペタ……

 その生物は無言でただゆっくりと彼女達の間に割って入るようにやって来ます。

「……グ……グフ、フ……?」

 目の前に突如現れた見知らぬ生物。慌てる素振りも攻撃する素振りも見せずただゆっくりと歩くだけのその生物に警戒心の強いトロールはその動きを止め様子を伺います。そしてトロール同様、目を丸くしてその光景を見つめていたアナスタシアは小さな声で呟くのでした。

「……ク、クロ、エ……なのか?」
「……フォオオォ……」

 アナスタシアの問いかけに低い唸り声を上げて答える葉っぱの生物、それは夕闇に現れたまるで葉っぱのお化け。そんな彼の奇怪な言動は両者の目に全く持って正反対に映ります。トロールはその大きな身体をビクリと震わせ、アナスタシアはその声色にくろうさぎさんであると確信します。すると葉っぱの生物に扮したくろうさぎさんは続けて低い声でカタコトの言葉を発したのでした。

「……アナ……スタシ……ア……アイ……ズ……ダス……モリ……ノ……ナカ……ヘ……」

 意味のわからない『何か』をブツブツと話す葉っぱの生物にトロールは更に身体をビクつかせるとアナスタシアはくろうさぎさんに向かって聞き返します。

「も、森の中へとは……い、いったい、どういう……」
「イ……チド……ミ……ヲ……カク……セ……」

 くろうさぎさんはそう言うと勢いよくその両手を空に掲げました。

 ──バサーーッ。

「……フゥッ!?」

 その瞬間、空に舞った色とりどりの落ち葉の葉っぱ達。くろうさぎさんの奇怪な行動にトロールは驚くと両目を塞ぎそのまま後ろに尻もちを着いてしまいます。

 ──ドスンッ。

「今だ!!」

 ……ピョンッ!!

 くろうさぎさんの叫び声に素早く反応したアナスタシアは言われた通り森の中へと身を隠します。するとそれを追うようにその場からもの凄い跳躍力でくろうさぎさんも跳びたつと森の中へと身を潜めます。一匹だけその場に取り残されたトロールは目を開けると舞い落ちる葉っぱの向こう側に誰も居なくなった現実に恐怖を覚え身体を縮こませ更に警戒心を強めるのでした。

 ──バサバサ……

「グフゥーーッ!!」

 ──ヒュー……ガサバサ……バサ……

「フゥーー……!!」

 それは風にそよぐ木々のざわめきですら先程以上に全力で脅威と感じると抗う姿を見せるトロールに、その様子を見ていたくろうさぎさんは頷きとても小さな声でヒソヒソと呟きました。

「……上手く言ったみたいだ……」

 アナスタシアは隣りで一匹そう呟くくろうさぎさんに状況の説明を求めます。

「……クロ、エ……これはいったいどういう……その格好は……」
「……うん、アナスタシア。これが彼に勝つ為の僕達の秘策だ」
「秘、策?」
「うん。そう、秘策。……相手の強みである警戒心を逆手に取った名付けて『ストレス作戦』さ」
「ス、ストレス作戦……!?」

 そうして一人と一匹はひっそりと森に身を潜めたままその作戦の内容について触れていきます。

「いいかい、つまりはこういう事さ──」

 •このトロールは警戒心がとても強い上にその使い方も心得ている。
 •歴戦の戦いに勝って来たのも頷ける程にその判断と決断、適応力が非常に高い。
 •アナスタシア自身の長所を活かすという作戦は間違っていないがそれを維持出来るだけの体力はない。
 •当初予定していた時間もあと残り僅か。

「──だから、僕達はその『時間』を逆に利用する」
「……時間を、逆……?」
「うん。つまりは逆転の発想さ。キミが最初に言った通り、鍵となるのは今ここにある『時間』だ。それは間違いないと思う。だけど、その意味合いは当初とは逆。キミが時間の消費をデメリットと思ったのは今ある現状、この数的優位を活かせなくなってしまうかもしれないという可能性がそこにあったからだよね?」
「あ、ああ。確かに、そうだ。あの瞬間、それだけははっきりとそこにあった『好機』だったからな……暗闇に包まれてしまってはその利点も上手く活かせなくなる……私とキミが居る数的優位を最大限に活かす方法がそれだと思ったからだ。でも、今となってはそれを心配する必要はない……と、キミは言いたいのか?」
「と、そう決めつける」
「んな、決め、つけ……?」
「うん。そうだよ。決めつけるんだ。『時間』の利は無くならない、寧ろ増していくってね。それが出来なければ、この作戦は始まらないよ。だからアナスタシア、キミの同意が必要だ」

 視線をトロールへと向けたアナスタシアは、夕闇に包まれる中しきりに周囲の些細な変化にも反応する彼の姿を見て静かに頷きます。

「……ああ、聞かせてくれ」
「ありがとう、アナスタシア。それで、これは当初キミが言った『彼は何かに怯えている』という言葉に僕が後から理由をこじつけで生み出したもう一つの考え、仮説だ。今あそこに居るトロール。彼の警戒心、それはきっとこれまで数多くの冒険者達に勝ち続けて来た先に生まれてしまった『感情』からきてると僕は思うんだ」
「……感情?」

 そう言うとくろうさぎさんはクエスト依頼書の下部を指差しアナスタシアに見せます。

「……日付け、クエスト依頼日時か……?」
「うん。ここに書かれている日付け。依頼書が提出されたその日から今日までの間にはかなりの時間が流れているだろ? それなのに彼はクエスト依頼書の示すこの場所に寸分の狂いもなく滞在していたんだ」
「確かに……それはそうだな」
「うん。それがこの仮説の重要な基盤になる」
「どういうことだ?」

 そしてくろうさぎさんはその考えをアナスタシアに示します。

「うん。だから彼はこの場所で冒険者達を待ち構えていたんじゃなくて、冒険者達に勝ち続ければ勝ち続ける程に自身を狙う冒険者が増え続ける現実にこの場所から動く事が出来なくなってしまったんだよ。この場所に近づくにつれて漂い始めた異様な空気感、あそこにある大量の骨付き肉、それは力の象徴なんかじゃない……それは、彼の心の奥底に生まれた一つの感情、『臆病』のあらわれなんだ。だから、彼は本当は冒険者の顔も見たくないんだ……一匹、この場所にい続ける他に術はなかったんだよ……」

 そんなくろうさぎさんの言葉にアナスタシアは少し考えると静かに頷きます。

「……なるほど、それはそれでストーリーとして一応の筋も通っている」
「そう、そこまでのストーリーを組み立てるところまでは何とか結びつける事が出来た。でも、まだそれだけだ。この先に進む為にはこの考えが正しいと僕達の中で確立しなければいけない。アナスタシア、キミはあのトロールは『身構えていた』と思うかい? それとも『怯えていた』と思うかい?」

 その言葉にアナスタシアは迷う事なく即答してみせたのでした。
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