50 / 57
第二章 調停者。
景色。
しおりを挟む
一人と一匹が二手に別れてからしばらくすると森の中に響き渡る『音』。
──バサァ……ひらひら。
暗闇の中、突如目の前で舞い上がった木の葉達。
「フ、フゥウゥゥウ……!?」
意味のわからないその現象に身動きを止める巨大なトロール。そんな彼の目には反対側からキラリと光り輝く光が入り込むと次にその方向へと視線を向けます。
──スウゥ……
視線の先、剣の形に沿ってゆるりと静かに闇夜に消えていく青い光。
「……フウウゥッ!!」
トロールはその光にアナスタシアの存在がまだそこにある事を認識すると唸り声を上げました。
そう、これがくろうさぎさんの考えた『ストレス作戦』の全貌でした。自身は怪奇現象を起こし相手の不安を煽り、アナスタシアは常にその存在を相手に意識させる。トロールに警戒を解く間を与えない事でその精神を疲弊させる作戦です。それをこれから何時間も何時間も『時間』をかけて行っていくのです。くろうさぎさんはトロールの現状を確認すると自身の生み出した仮説に『裏付け』をしていきます。
「トロール。今のキミの心中はきっと穏やかではないだろうね。アナスタシアに常に狙われているという意識と、この森で見たこともない得体の知れない『葉っぱの生物』が繰り出す意味不明な奇怪な行動……」
それは実際にやってみた事で初めてわかること。
揺るぐことのない結果という名の真実です。
「……それに対してキミが下手に動く事をしないのは『いつ何があるかわからない』からで、キミが今『慎重』の一手を選択しているからだ。だから、キミのペースは間違いなく僕達に合わせるかたちで時を刻んでいる」
そうする事で更にそこに生み出されていくストーリー、新しい仮説。
くろうさぎさんは確かな手応えを感じていました。
そしてそれからも一人と一匹は同じようにトロールを威嚇し続けます。くろうさぎさんは自慢の跳躍力を活かしトロールの眼前を一瞬で横切ると、アナスタシアはその剣を勢いよく鞘から抜きその『音』で自身の存在を意識づけます。
──ぴょーーん。
「フウゥウッ!?」
──スィン。
「グフフゥウッ!!」
…………
「ンヌウウゥウウウッ!!」
──ダンダンダン!!
その場で大きな棍棒を振り回しながら唸り声を上げ地面を激しく踏みつけるトロール。思わせぶりな素振りだけで一向に向かってこない相手に対してへの彼のフラストレーションは限界を迎えるとそれは彼自身の行動に反映されるのでした。ですが一人と一匹はまだ動きません。くろうさぎさんは更に考えを深めると目を閉じてトロール自身の気持ちを想像します。
「トロール。キミはいつ襲われるかわからないこの状況で唸り声を上げ激しく威嚇はしても自ら動き出さないのは何故だろうね? その問いに、それも『慎重』が故の行動かと答えれば、それはきっと違う。今のキミにとっては『慎重』よりも『ストレス』の方がきっと邪魔な存在な筈だからね……だから、この長い時間で動きのないこの状況に積み重ねられた『ストレス』、そのもどかしさを取り除く方法があるならこの現状を打破するしか他にない」
くろうさぎさんは目を開けると再び目の前で苛立ちを露わにするトロールを見て言いました。
「だけどキミはそれをしない。この状況を変える為にはもう自分から動き出さなければいけないと頭ではきっと理解しているのに、それをキミはしないんだ……何故だろう? ……きっとそれはしたくないからだ。だから、その苛立ちを体で現す他に術がない……キミの中にある僕達に対する『恐れ』と『畏れ』が、キミの心の根底にある『臆病』と引かれ合ってかたちになった証拠だ」
そこに描き出すストーリー。くろうさぎさんの思い描くその解釈。それは自身に都合の良いように結び付けられたストーリーのようでもありましたが、それでもそのストーリーを否定するだけの材料が見えないこの状況に自信は確信へと変わっていきます。
「……うん。キミの警戒心はキミの強みで、だから弱点だ」
そうして再び繰り返されるストレス作戦。放り投げる松ぼっくりは次第にその距離感を詰めていきます。松ぼっくりに反応はすれどその反応速度を明らかに鈍らせていくトロール。そんなトロールの姿を反対側で見ていたアナスタシアは一人静かに呟きます。
「こんな戦い方もあるんだな……」
アナスタシアはこれまでの戦いを思い浮かべながら今ある現状を見つめます。今までも一人と一匹、手を取り合って戦ってきた中でただ一つ今日という日に初めて体験した事。それが彼女にとってはとても新鮮でとても魅力的に映ります。
「……剣は振るうだけが使い方じゃない、か」
アナスタシアがこの作戦を行うにあたってくろうさぎさんから言われた事、それは剣を振るわない剣の使い方でした。月明かりを反射させて注意を引いたり、剣を抜く音だけでその存在を示したりと、振るわない剣の使い方がそこにはあったのでした。そしてその作戦はものの見事にその効果を発揮するとアナスタシアは自身とくろうさぎさんという存在を重ねて想います。
「……どうしてかな、私とキミ。こんなにも見てるものが違うのは……同じ場所にいる筈なのに見てる景色はまるで違う……ぶつかり合うだけが戦い方じゃない。戦わずして戦うこともまた私達は出来るんだな……」
アナスタシアは戦いの頭上に広がる夜空を見上げて呟きました。
「……月明かり、今夜はよく星の見える綺麗な空だ……」
そしてそんな月明かりの綺麗な夜も終わりを迎え。
彼は誰時の朝焼けが空を優しく染める頃。
ついにその瞬間は一人と一匹の前にやって来のでした。
──スィン。
アナスタシアが再び鞘から剣を抜くとその音に即座に反応するトロール。
その瞬間。
反対側から放り投げられた松ぼっくり。
緩やかな放物線を描きながら落下するそれは。
トロールの警戒網をすり抜けた先で。
遂に彼の頭へと命中したのでした。
──コツン。
──バサァ……ひらひら。
暗闇の中、突如目の前で舞い上がった木の葉達。
「フ、フゥウゥゥウ……!?」
意味のわからないその現象に身動きを止める巨大なトロール。そんな彼の目には反対側からキラリと光り輝く光が入り込むと次にその方向へと視線を向けます。
──スウゥ……
視線の先、剣の形に沿ってゆるりと静かに闇夜に消えていく青い光。
「……フウウゥッ!!」
トロールはその光にアナスタシアの存在がまだそこにある事を認識すると唸り声を上げました。
そう、これがくろうさぎさんの考えた『ストレス作戦』の全貌でした。自身は怪奇現象を起こし相手の不安を煽り、アナスタシアは常にその存在を相手に意識させる。トロールに警戒を解く間を与えない事でその精神を疲弊させる作戦です。それをこれから何時間も何時間も『時間』をかけて行っていくのです。くろうさぎさんはトロールの現状を確認すると自身の生み出した仮説に『裏付け』をしていきます。
「トロール。今のキミの心中はきっと穏やかではないだろうね。アナスタシアに常に狙われているという意識と、この森で見たこともない得体の知れない『葉っぱの生物』が繰り出す意味不明な奇怪な行動……」
それは実際にやってみた事で初めてわかること。
揺るぐことのない結果という名の真実です。
「……それに対してキミが下手に動く事をしないのは『いつ何があるかわからない』からで、キミが今『慎重』の一手を選択しているからだ。だから、キミのペースは間違いなく僕達に合わせるかたちで時を刻んでいる」
そうする事で更にそこに生み出されていくストーリー、新しい仮説。
くろうさぎさんは確かな手応えを感じていました。
そしてそれからも一人と一匹は同じようにトロールを威嚇し続けます。くろうさぎさんは自慢の跳躍力を活かしトロールの眼前を一瞬で横切ると、アナスタシアはその剣を勢いよく鞘から抜きその『音』で自身の存在を意識づけます。
──ぴょーーん。
「フウゥウッ!?」
──スィン。
「グフフゥウッ!!」
…………
「ンヌウウゥウウウッ!!」
──ダンダンダン!!
その場で大きな棍棒を振り回しながら唸り声を上げ地面を激しく踏みつけるトロール。思わせぶりな素振りだけで一向に向かってこない相手に対してへの彼のフラストレーションは限界を迎えるとそれは彼自身の行動に反映されるのでした。ですが一人と一匹はまだ動きません。くろうさぎさんは更に考えを深めると目を閉じてトロール自身の気持ちを想像します。
「トロール。キミはいつ襲われるかわからないこの状況で唸り声を上げ激しく威嚇はしても自ら動き出さないのは何故だろうね? その問いに、それも『慎重』が故の行動かと答えれば、それはきっと違う。今のキミにとっては『慎重』よりも『ストレス』の方がきっと邪魔な存在な筈だからね……だから、この長い時間で動きのないこの状況に積み重ねられた『ストレス』、そのもどかしさを取り除く方法があるならこの現状を打破するしか他にない」
くろうさぎさんは目を開けると再び目の前で苛立ちを露わにするトロールを見て言いました。
「だけどキミはそれをしない。この状況を変える為にはもう自分から動き出さなければいけないと頭ではきっと理解しているのに、それをキミはしないんだ……何故だろう? ……きっとそれはしたくないからだ。だから、その苛立ちを体で現す他に術がない……キミの中にある僕達に対する『恐れ』と『畏れ』が、キミの心の根底にある『臆病』と引かれ合ってかたちになった証拠だ」
そこに描き出すストーリー。くろうさぎさんの思い描くその解釈。それは自身に都合の良いように結び付けられたストーリーのようでもありましたが、それでもそのストーリーを否定するだけの材料が見えないこの状況に自信は確信へと変わっていきます。
「……うん。キミの警戒心はキミの強みで、だから弱点だ」
そうして再び繰り返されるストレス作戦。放り投げる松ぼっくりは次第にその距離感を詰めていきます。松ぼっくりに反応はすれどその反応速度を明らかに鈍らせていくトロール。そんなトロールの姿を反対側で見ていたアナスタシアは一人静かに呟きます。
「こんな戦い方もあるんだな……」
アナスタシアはこれまでの戦いを思い浮かべながら今ある現状を見つめます。今までも一人と一匹、手を取り合って戦ってきた中でただ一つ今日という日に初めて体験した事。それが彼女にとってはとても新鮮でとても魅力的に映ります。
「……剣は振るうだけが使い方じゃない、か」
アナスタシアがこの作戦を行うにあたってくろうさぎさんから言われた事、それは剣を振るわない剣の使い方でした。月明かりを反射させて注意を引いたり、剣を抜く音だけでその存在を示したりと、振るわない剣の使い方がそこにはあったのでした。そしてその作戦はものの見事にその効果を発揮するとアナスタシアは自身とくろうさぎさんという存在を重ねて想います。
「……どうしてかな、私とキミ。こんなにも見てるものが違うのは……同じ場所にいる筈なのに見てる景色はまるで違う……ぶつかり合うだけが戦い方じゃない。戦わずして戦うこともまた私達は出来るんだな……」
アナスタシアは戦いの頭上に広がる夜空を見上げて呟きました。
「……月明かり、今夜はよく星の見える綺麗な空だ……」
そしてそんな月明かりの綺麗な夜も終わりを迎え。
彼は誰時の朝焼けが空を優しく染める頃。
ついにその瞬間は一人と一匹の前にやって来のでした。
──スィン。
アナスタシアが再び鞘から剣を抜くとその音に即座に反応するトロール。
その瞬間。
反対側から放り投げられた松ぼっくり。
緩やかな放物線を描きながら落下するそれは。
トロールの警戒網をすり抜けた先で。
遂に彼の頭へと命中したのでした。
──コツン。
0
あなたにおすすめの小説
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。
黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた!
「この力があれば、家族を、この村を救える!」
俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。
「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」
孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。
二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。
優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる