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追う、ヨーコ ……2
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アタシは〝ダーティ・メリー クレイジー・ラリー〟の上映に駆け込んで行ったタクさんへ今日中に返事をすると約束をした。
「かったるいわねぇ」
そう呟きながら戻って来たルミ姉さんは、入り込んだカウンターを隅から隅までスプレーとクロスで吹いていった。やる気があるんだかないんだか、どこか投げやりなその姿がおかしくて、思わず吹き出してしまったアタシ。
と、隅の方からジロッと睨んできたルミ姉さんだったが、さっと首を戻すと意地になったかのようにこれ見よがしにゴシゴシ吹き始めた。その様子からふと思い当たったアタシは、ルミ姉さんへ訊ねてみた。
「姉さんさ、昨日SEXした?」
ふっとその手を休めた姉さん。
「どう思って?」
そう言ってアタシの方を向いた姉さんは、隅からこちらへと歩きだし、じきカウンター越しにアタシの向かいで足を停めた。アタシは向かいに佇んだ姉さんの取り繕った表情をしばらく窺ってからこう応えた。
「したわね」
「したわよ」
そうレスった姉さんはみるみる相好を崩した。
「なんか、不機嫌そうなのがかえって不自然なんだよね。ったく、紛らわしい」
「だってさ、リョウ中出ししちゃってさ、ヤバイ日だったんだよね」
「予定では、どこ?」
「顔射、フィニッシュは」
玄関ドアがノックされた。ようやく、サンドウィッチが到着したのだろう。
「そこ、拭いときなさい」
アタシのカップが置かれた辺りを顎で指し示した姉さんは、そう言ってクロスをアタシへ放ると、カウンターを出て玄関へと向かった。
その背を見送りながら、姉さんが子供を欲しがらないヒトだったのを思い出していたアタシは、じきにコーヒーカップを持ち上げて、カップの下から現れた円形の染みを託されたクロスで形に沿って拭き始めた。
見るでもなく、その手の動きを眺めていたアタシは、いつの間にか、LPを拭き続けていた昨日のアタシに戻ってしまったようなきがしていた。
今日も昨日に変わらず幸せな日常ってやつなのだろうか……。
念のためカップの底をも拭ってから、カウンターへそれを戻したアタシは、バイトをすることに決めていた。アタシには、ギザギザが、そう非日常が必要だった。
翌日、アタシは名前は早稲田でも、実のところ所在地は高田馬場だという、早稲田松竹へ午後5時半頃入館し、上映中のため人気のないロビーを通って女子トイレへと入っていった。
取り出したスマホは圏内だったので、予定通りにリョウ兄さんへ連絡を入れた。5時までには吉川からリョウ兄さんへ、最終的な取引方法の確認連絡が入っているはずなので、それを確認するのが手筈だった。
まー、つまりこの流れからも一目瞭然、吉川案件ってことだ。
「もしもし、着いたか、サキ?」
「着いた。で?」
「予定通り、6時に。オリヴェイラ、やってるだろ? 多分、込み合ってはいないはすだ。ま、それ前提なんだけどな。で、再確認しとくぞ。スクリーン向かって下手のブロックにある座席のどこかに座って、どーすんだっけ?」
「こーすんでしょ。ツバのある帽子被って、隣に座るお客を待つ。向こうは、座ってからツバのある帽子を被る。それを確認できたら、アタシは人差し指を立てて示し、向こうは指を3本立て返す、でしょ?」
「良くできました。ところで、ここまでの所は順調か?」
「あのさ、兄さん、それなんだけどさぁ」
アタシは、リョウ兄さんへ本日ここまでの顛末を説明した。
先ず、4時前にタクさんと神楽坂駅前のカフェで待ち合わせた。ブツを受け取るためにだが、そこで問題が発覚する。アタシの勝手な思い込みがいけなかったのだけど、ブツは単品だと思っていたら、渡されたのが巾着袋で、そのずっしりした重さにイヤーな予感がして、袋の口を緩めてなかを覗くと、ブツがごろごろしていたのだ。
「タクさん、なによこれ?」
「なによって、例のブツじゃないか」
「ブツはブツでも、複数形じゃん?」
「1ダースだよ、どうして?」
「だって……」
アタシはタクさんと別れた後、神楽坂から東西線に乗ったものの、一駅先、つまり高田馬場の一駅手前の早稲田で降りることにした。ズタ袋めいた古びた巾着は妙に人目をひくことに気付いたからだ。
で、その足で地上へと急いだアタシは、駅近の百均へ赴き、無地のトートバッグを購入すると、巾着ごとそれへしまって踵を返し、再び東西線で高田馬場へと向かった。
一駅乗ってはまた降りる、実に不経済だったが、5万入ってくるから構やしない。東西線の改札を出たアタシは、またも足早に地上へ向かい、隣接する商業施設ビッグボックスを回り込むと、西武新宿線・高田馬場駅の戸山口並びにあるコインロッカー郡の一つへそれをしまった。
その時になって、ようやく少し緊張していたことに気付いたアタシは、『ダーティ・ハリー3』のムーア刑事へのシンパシーでいっぱいになった。
「ってな流れで、渡すのはキーになるの。伝えられない、相手方へ?」
「今、何時だ。5時半過ぎか。分かった、また、連絡する」
アタシは、ロビーで待機した。プラプラとほっつき歩き、壁に貼られたポスターや、解説に目を通した。
〝世界の始まりへの旅〟
〝家宝〟
渋い二本立て。アタシは両作品とも未見だったので、ついでに観ていくのも悪くはないなーと思い始めている。今からだと、一本目は途中からだけど、〝家宝〟は頭からフルで観ることができるのだ。とは言うものの、そんなわけにもいかない。オリヴェイラは〝階段通りの人々〟しか観ていなかったし、それにーー
と、スマホが痙攣した。
「はい?」
「リョウだ。ナシついたぞ。向こうも早稲田通りをそっちへ向かっている最中らしいから、もう場内へ入っていてくれるか?」
「了解」
切ったばかりのスマホで時間を確認した。5時40分だった。アタシは、いつもならスマホ本体の電源を落としてから入場するところをそうはせずに、スクリーン向かって後方に位置するドアから入場していった。
シーンという静寂と薄暗い空間が妙にナツい。兄さんの予想通り、入りは芳しくなく、3ブロックのなかから好きな所を選べる状況で、こちらには非常に都合が良い状況だった。
アタシは、取り決め通り、下手ブロックのなかからその中央辺りで横一列が無人の列の左端から2番目の席を選び、腰を沈めた。
銀幕には、トラックバックしていく車道が、ただ映し出されていた。なにせ途中からの参加なので、その映像がどんな文脈に位置しているかは分からなかったものの、それでも久し振りに店のトラックを繰り出して、孤独な独り旅に耽りたい、そんな誘惑にかられる喚起力に溢れていた。
「……!」
おっと、忘れていた。座席でもぞもぞ身動いだアタシはコートのポケットから古びたキャスケットを取り出すと、さりげなく被った。
と、途端に気配を感じたアタシ。取り敢えず知らぬ風を装おったアタシの左隣の席に、誰かが腰を下ろした。アタシは横目でそちらを盗み見た。鼻腔を香水が満たした? スクリーンの明るさに照らし出されたその顔がみえた。
「!?」
外人でもなけりゃ、男でもなかった。アタシがその視覚情報を処理しきれぬうちに、左側の人影が揺れた。アタシは、今度は、横目ではなく反射的に顔を向けていた。アタシの視線は、多分テレビかなんかで見覚えのあったメジャーリーグのだと思われるキャップを、今まさに被り終えるところを捉えた。
アタシは、スクリーンへと向き直った。オー、そこにはマルチェロ・マストロヤンニ、がいて、 いやいや、今はその時じゃないって!
女は、アタシがキャスケットを被るや、隣の席へ腰を下ろし、事前の取り決め通りにツバのあるキャップを被ってみせた。ということはつまり……。
さっきリョウ兄さんは何も言ってはいなかったけど。アタシはスマホを取り出して時間を確かめた。6時をちょっと過ぎたところ。
ギシギシってシートが軋む音がして、アタシは顔を向けた。向こうも顔を向けていた。
続く
「かったるいわねぇ」
そう呟きながら戻って来たルミ姉さんは、入り込んだカウンターを隅から隅までスプレーとクロスで吹いていった。やる気があるんだかないんだか、どこか投げやりなその姿がおかしくて、思わず吹き出してしまったアタシ。
と、隅の方からジロッと睨んできたルミ姉さんだったが、さっと首を戻すと意地になったかのようにこれ見よがしにゴシゴシ吹き始めた。その様子からふと思い当たったアタシは、ルミ姉さんへ訊ねてみた。
「姉さんさ、昨日SEXした?」
ふっとその手を休めた姉さん。
「どう思って?」
そう言ってアタシの方を向いた姉さんは、隅からこちらへと歩きだし、じきカウンター越しにアタシの向かいで足を停めた。アタシは向かいに佇んだ姉さんの取り繕った表情をしばらく窺ってからこう応えた。
「したわね」
「したわよ」
そうレスった姉さんはみるみる相好を崩した。
「なんか、不機嫌そうなのがかえって不自然なんだよね。ったく、紛らわしい」
「だってさ、リョウ中出ししちゃってさ、ヤバイ日だったんだよね」
「予定では、どこ?」
「顔射、フィニッシュは」
玄関ドアがノックされた。ようやく、サンドウィッチが到着したのだろう。
「そこ、拭いときなさい」
アタシのカップが置かれた辺りを顎で指し示した姉さんは、そう言ってクロスをアタシへ放ると、カウンターを出て玄関へと向かった。
その背を見送りながら、姉さんが子供を欲しがらないヒトだったのを思い出していたアタシは、じきにコーヒーカップを持ち上げて、カップの下から現れた円形の染みを託されたクロスで形に沿って拭き始めた。
見るでもなく、その手の動きを眺めていたアタシは、いつの間にか、LPを拭き続けていた昨日のアタシに戻ってしまったようなきがしていた。
今日も昨日に変わらず幸せな日常ってやつなのだろうか……。
念のためカップの底をも拭ってから、カウンターへそれを戻したアタシは、バイトをすることに決めていた。アタシには、ギザギザが、そう非日常が必要だった。
翌日、アタシは名前は早稲田でも、実のところ所在地は高田馬場だという、早稲田松竹へ午後5時半頃入館し、上映中のため人気のないロビーを通って女子トイレへと入っていった。
取り出したスマホは圏内だったので、予定通りにリョウ兄さんへ連絡を入れた。5時までには吉川からリョウ兄さんへ、最終的な取引方法の確認連絡が入っているはずなので、それを確認するのが手筈だった。
まー、つまりこの流れからも一目瞭然、吉川案件ってことだ。
「もしもし、着いたか、サキ?」
「着いた。で?」
「予定通り、6時に。オリヴェイラ、やってるだろ? 多分、込み合ってはいないはすだ。ま、それ前提なんだけどな。で、再確認しとくぞ。スクリーン向かって下手のブロックにある座席のどこかに座って、どーすんだっけ?」
「こーすんでしょ。ツバのある帽子被って、隣に座るお客を待つ。向こうは、座ってからツバのある帽子を被る。それを確認できたら、アタシは人差し指を立てて示し、向こうは指を3本立て返す、でしょ?」
「良くできました。ところで、ここまでの所は順調か?」
「あのさ、兄さん、それなんだけどさぁ」
アタシは、リョウ兄さんへ本日ここまでの顛末を説明した。
先ず、4時前にタクさんと神楽坂駅前のカフェで待ち合わせた。ブツを受け取るためにだが、そこで問題が発覚する。アタシの勝手な思い込みがいけなかったのだけど、ブツは単品だと思っていたら、渡されたのが巾着袋で、そのずっしりした重さにイヤーな予感がして、袋の口を緩めてなかを覗くと、ブツがごろごろしていたのだ。
「タクさん、なによこれ?」
「なによって、例のブツじゃないか」
「ブツはブツでも、複数形じゃん?」
「1ダースだよ、どうして?」
「だって……」
アタシはタクさんと別れた後、神楽坂から東西線に乗ったものの、一駅先、つまり高田馬場の一駅手前の早稲田で降りることにした。ズタ袋めいた古びた巾着は妙に人目をひくことに気付いたからだ。
で、その足で地上へと急いだアタシは、駅近の百均へ赴き、無地のトートバッグを購入すると、巾着ごとそれへしまって踵を返し、再び東西線で高田馬場へと向かった。
一駅乗ってはまた降りる、実に不経済だったが、5万入ってくるから構やしない。東西線の改札を出たアタシは、またも足早に地上へ向かい、隣接する商業施設ビッグボックスを回り込むと、西武新宿線・高田馬場駅の戸山口並びにあるコインロッカー郡の一つへそれをしまった。
その時になって、ようやく少し緊張していたことに気付いたアタシは、『ダーティ・ハリー3』のムーア刑事へのシンパシーでいっぱいになった。
「ってな流れで、渡すのはキーになるの。伝えられない、相手方へ?」
「今、何時だ。5時半過ぎか。分かった、また、連絡する」
アタシは、ロビーで待機した。プラプラとほっつき歩き、壁に貼られたポスターや、解説に目を通した。
〝世界の始まりへの旅〟
〝家宝〟
渋い二本立て。アタシは両作品とも未見だったので、ついでに観ていくのも悪くはないなーと思い始めている。今からだと、一本目は途中からだけど、〝家宝〟は頭からフルで観ることができるのだ。とは言うものの、そんなわけにもいかない。オリヴェイラは〝階段通りの人々〟しか観ていなかったし、それにーー
と、スマホが痙攣した。
「はい?」
「リョウだ。ナシついたぞ。向こうも早稲田通りをそっちへ向かっている最中らしいから、もう場内へ入っていてくれるか?」
「了解」
切ったばかりのスマホで時間を確認した。5時40分だった。アタシは、いつもならスマホ本体の電源を落としてから入場するところをそうはせずに、スクリーン向かって後方に位置するドアから入場していった。
シーンという静寂と薄暗い空間が妙にナツい。兄さんの予想通り、入りは芳しくなく、3ブロックのなかから好きな所を選べる状況で、こちらには非常に都合が良い状況だった。
アタシは、取り決め通り、下手ブロックのなかからその中央辺りで横一列が無人の列の左端から2番目の席を選び、腰を沈めた。
銀幕には、トラックバックしていく車道が、ただ映し出されていた。なにせ途中からの参加なので、その映像がどんな文脈に位置しているかは分からなかったものの、それでも久し振りに店のトラックを繰り出して、孤独な独り旅に耽りたい、そんな誘惑にかられる喚起力に溢れていた。
「……!」
おっと、忘れていた。座席でもぞもぞ身動いだアタシはコートのポケットから古びたキャスケットを取り出すと、さりげなく被った。
と、途端に気配を感じたアタシ。取り敢えず知らぬ風を装おったアタシの左隣の席に、誰かが腰を下ろした。アタシは横目でそちらを盗み見た。鼻腔を香水が満たした? スクリーンの明るさに照らし出されたその顔がみえた。
「!?」
外人でもなけりゃ、男でもなかった。アタシがその視覚情報を処理しきれぬうちに、左側の人影が揺れた。アタシは、今度は、横目ではなく反射的に顔を向けていた。アタシの視線は、多分テレビかなんかで見覚えのあったメジャーリーグのだと思われるキャップを、今まさに被り終えるところを捉えた。
アタシは、スクリーンへと向き直った。オー、そこにはマルチェロ・マストロヤンニ、がいて、 いやいや、今はその時じゃないって!
女は、アタシがキャスケットを被るや、隣の席へ腰を下ろし、事前の取り決め通りにツバのあるキャップを被ってみせた。ということはつまり……。
さっきリョウ兄さんは何も言ってはいなかったけど。アタシはスマホを取り出して時間を確かめた。6時をちょっと過ぎたところ。
ギシギシってシートが軋む音がして、アタシは顔を向けた。向こうも顔を向けていた。
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