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I can't stand myself
④
しおりを挟むタオレットside
ある日、校舎を血まみれになって歩く弟を見た。
もう何年も姿を見てなかったが、直ぐに彼があの小さかった弟だと分かった。
まだきちんと歩けないくらいの小さい子供が中庭を懸命に歩いているのを見かけて「あの子はだれ?」と隣に居た父上に尋ねたことがあった。
父上はその子を暗い顔で見て、直ぐに使用人にその子供を連れていくようにと命じた。
使用人にまるで罪人のように引きづられていく子供を見ながら父上は「お前の弟だ」と呟いた。
しかし私を連れて子供とは反対の方向へ歩き出した父上は「あの子のことは忘れなさい」と言った。
それ以来、姿を見たことはなかったが、私は彼が弟だと分かった。
事前に父上からあの子が同じ学校に通うことは聞いていた。
それからあの子が離れで1人暮らしている理由も。
母上はあの子の事をすっかり忘れているようだから、母上の前ではあの子について話すのは禁止されている。
父上は嫌悪しながらも、あの子のことを気にしていた。
父上も私もあの子が使用人から良い扱いを受けていないことは知っていた。
父上は何度か離れを見に訪れたようだが、あの子は一人で近くの森の中に入り、服を冷たい湖の水で手洗いし、兎やリスなどを捕まえて石をぶつけて火を起こし焼いて食べていたそうだ。毛の着いた皮をそのまま食べていたというから誰かから教わったわけではなさそうだった。
つまり、あの子は自分の食さえも自分で調達するほど、誰にも世話をしてもらっていなかったのだ。
最低限の世話はされていると思っていた父上はその後数名の使用人を解雇したが使用人達にそのような行動を許した責任が自分たちにあると自覚があるだけにあまり重い処分を課すことはできなかった。
そんな事があっても母上の為にもあの子を本邸に迎え入れる訳にはいかなかった。
それに今更どうやって弟に接したらいいのか私も父上も分からなかったのだ。
私にとって当たり前だったことが弟にとっては当たり前ではなかったと知ったのは1週間弟が寮の部屋から出てきてないと寮母から相談を受けた時だった。
鍵を開けて中に入るとむわんとした熱気が部屋に籠っていた。
部屋の中は物がなく、本当に人が生活している場なのかと疑う程だった。
そして奥のベッドの上で息荒くぐったりとしている弟を見て言葉を失った。
顔は青痣に埋まり、パンパンに腫れていて、右足も前に見た時より酷い状態に見えた。
きつく巻かれた包帯が皮膚にくい込み血流を悪くしている。
従者であるロイに渡させた治療用の道具がベッドの脇に置かれているのが見えて、中を見れば包帯以外に使われた形跡はなかった。
この時初めて、弟が怪我の治療の仕方を知らないのだと知った。
ロイが呼んできた家が贔屓にしている街医者に部屋を追い出されてから、しばらく動くことが出来なかった。
そこでふと私は弟の名前すら知らなかったのだと気がついた。
私は父上に弟の状況を報告し、弟の名前を聞いた。
弟の名前はリスィ。
忘却を意味する名前だ。
驚くことにこの名前をつけたのは母上だったらしい。
今はリスィのことを忘れてしまった母上だが、始めは生まれてくる子に罪は無いのだと受け入れようとした。
何もなかった。
忘れてしまえという気持ちから弟の名前をリスィと名付けたらしい。
だけど、誰も忘れられなかった。
リスィを見ると母上に暴行を加えた憎き外道共を思い出した。
このままではリスィを手にかけてしまうと悩んだ両親は物理的にリスィとの距離を作った。
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