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しおりを挟むその後、僕はお茶会へ出る準備を始めた。ただ近くの喫茶店に行くノリとは全く違い、髪型や香水も念入りに確認し、参加者の序列や派閥もしっかり頭に叩きおかないといけない。思ったより面倒だ。髪型や香水はまたノリノリでガディウスが用意してくれるけど。
そしてあっという間にお茶会当日になった。
「招待状は持ったし、ハンカチと手袋もあるな」
「あと扇子な」
「あ、そっか。ありがと」
「へズ、やっぱり断んね?体調不良ってことにしよ。腹痛とかない?」
「全く」
ガディウスは肩を落とす。
こいつしぶといな。僕がそんなにお茶会でヘマをすると思ってるのか。しかし、僕もガディウスと結婚してからほぼ毎日マナー講座を受けている。ダンスもテーブルマナーも上等だ。かかってこい!
お茶会の予定時間に近づき、予め用意していた馬車が現れ、慣れないヒールで足を進める。足元が覚束無い僕を思ってか、黒い手袋を着けた大きな手が右側に現れた。
「お手をどうぞ」
「お、ありが……何してんだ、ガディウス」
「ん?妻をエスコート」
パチンとウインクをする。いつの間に着替えたのか、ガディウスはいつもの私服とは違い騎士の服装を纏っている。今日は休日のはずなのに、何をしているんだ。
ガディウスは、困惑して固まる僕の肩を抱いてそのまま馬車の中へ連れ込んだ。
馬車が走り始め、漸く意識が戻る。僕は慌てて立ち上がった。
「え、お前、何で一緒についてくんだよ!」
「危ないから座れ。いやぁちょうどポアリエ家お仕えの騎士に用があってな。お茶会より後の時間に会う予定だけど折角だしへズと一緒に来たんだよ」
僕はジト目でガディウスを見つめるが、相変わらず軽薄な笑みを浮かべたまま。
ほんとか?怪しいんだけど。しかし馬車に乗ってしまったには止まることは出来ない。諦めて僕は窓の外へ視線を移した。窓の景色を眺めているうちに馬車はもう門の前へ辿り着いていた。
馬車から降りると、ポアリエ伯爵家の壮麗な屋敷を目にして思わず息を呑む。威厳のある純白の柱が聳えまるで宮殿のような佇まいだ。庭は手入れされた色彩豊かな薔薇が植えられて、その幻想的な雰囲気に目を見開く。
「すっご……」
「うちも改装しちゃう?」
「ばか、こんな家建てるの僕の全人生をかけても無理だ」
俺なら出来るぜとまたガディウスが張り合い始めた。子供かよ。ガディウスの態度に僕は笑いが零れた。
招待状に書いてある通り来客用のエントランスへ向かうと、執事が立っていた。皺の刻まれた顔とは対照的に、背筋が伸び上品な姿が一流の使用人だと伝わる。僕も同じく背筋を伸ばして声を出した。
「へ、ヘズエル・クロフォードでございます。お招きに預かり光栄に存じます」
「ご多忙のところお越しくださいまして心より御礼申し上げます。では、こちらへ」
執事の背中を追う。執事はゆったりとした足取りのはずだが、異様に速く感じる。僕の足がまるで泥の上を歩くように重いから。
き、緊張してきた……。こんな凄い家で育った人物とお茶会だなんてどうしよう。孤児院育ちの僕が貴族と仲良く話せるだろうか。だ、大丈夫だ。落ち着け僕。孤児院へ来てくれたアルドバルト殿下はこの国の王子様だぞ。王子様と話せてるなら、伯爵家もきっと普通に話せる。だから早く煩い鼓動を止めろ。
執事がついに足を止め、扉の前に立つ。そしてノックをしてドアノブを引いた。扉の先は庭に繋がっていた。薔薇の匂いが漂う。既に数名が集まっていて、僕は一礼した。
「本日はご招待いただき、誠に光栄でございます、イレネ様」
「ああっ、皆様ご覧になって!噂のヘズエルさんよ」
「あらあら、間近で見たのは初めて!」
「噂通りの方ね。さあ、早く座って」
まるで見世物の動物になった気分だ。表情は笑みを貼り付けているが、脳内は大忙しで記憶の棚を引いて探しての繰り返しである。ええっと、身分が下の者は端で座るんだっけ。僕がお茶入れるべきか?否、これは使用人の仕事なのか?うう、頭が混乱してきた。
そんな僕の脳内を置いて、お嬢様方はティーカップを持ちながら談笑している。話の内容も全く理解できない。やれ自分の店で出した化粧品の質が良いとか、彼氏に買って貰った宝石やドレスの自慢、流行りの音楽とか、さっぱりついていけない。
絶対僕浮いてる。流石にマナー講座でもここまで習ってない。
令嬢達は僕より少し年下の若者が多いため、やはりそういう流行りに敏感な年頃かもしれない。
しかし皆髪型やドレスの着こなしが慣れていて大人っぽく見える。シミやそばかすの一つもない肌、白魚のような手、宝石のように輝く爪。彼女達の姿と、孤児院にいる子供達を重ねて見てしまう。元々身分が良く大事に育てられていたら、きっと彼女達のようになれるだろう。日焼けをして黒ずむ肌、手には傷跡やタコができ、爪にもヒビが入る。それが当たり前だった僕にとって、彼女達は眩しく見えた。
すると、僕が不躾に手を見つめていたからか、気付いた令嬢が話しかけてきた。
「ヘズエルさんも召し上がった?デュアルパティスリーのクッキー」
「あ、いや、僕はまだで」
「あら残念。うちが出資してるパティスリーなのに」
「もっ、申し訳ございません!」
慌てて令嬢に向かって頭を下げる。確かこの女性は子爵家のご令嬢だ。出資してるお店までちゃんと確認できてなかった。
怒られるかと思い手に汗を感じたが、ご令嬢達は鈴を転がすように笑った。
「ヘズエルさんってば大袈裟ねえ」
「ほんと!ヘズエルさんが召し上がられた事ない事くらい分かりますもの」
「だって、つい最近まで届く事ない物じゃない。ほら、ヘズエルさんって孤児院出身でしょう?」
周囲のご令嬢が、口許に弧を描く。僕ははにかんで頷いた。
僕の顔に集まる熱に気づいたイレネ様はティーカップの中に砂糖を落とし、柔らかい声色で話し続ける。
「恥ずかしいことじゃないわ!私もたまに孤児院へ慈善活動で行くの」
「そ、そうなんですか。ご支援誠にありがとうございます」
「ふふ、貴方にしてるわけじゃないけど。でも最初はこんな汚い所にいたらドレスが汚れちゃうと思ってたけど、子供達がね、私があげるお菓子とか洋服に喜ぶ姿がとても可愛かったの」
顔を綻ばすイレネ様に僕は思わず笑みが移る。優しい女性だ。子供も好きだなんて家庭的で、なんて素敵な人なんだろう。僕と同じく周囲の女性も、イレネ様に対して尊敬の眼差しを送る。
「流石イレネ様!お優しいわ」
「ほんと。イレネ様にお会いできた子供達はさぞかし嬉しかったでしょうね」
「イレネ様はこの国で一番愛らしく理想の淑女ですわ」
「もうやめてくださらない?褒めても何も出ないわよ」
イレネ様は頬を桃色に染めた。
穏やかな雰囲気になったかと思いきや、イレネ様はふと眉を下げて弱々しい声で呟いた。
「でも、結局私よりもガディウス様はヘズエルさんを選んだもの。きっと、ヘズエルさんの方が私より素敵な方よ」
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