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しおりを挟むな、なんでこんな所に。そういえば一緒に馬車に乗ってきていたっけ。でも伯爵家の騎士に用件があって来たと話してたのに。
先程までの冷えきった空気は一瞬で消え、皆喜色を浮かべてガディウスに砂糖菓子のような声色で話しかける。
「リンデンラルツというお店ですよ。大きな果実が乗ったタルトが有名で」
「ええ、今王都で知らない者はおりません!」
「あー俺もそれ食ったことありますよ。美味かったですね」
ガディウスの態度にきゃあっと何故かご令嬢が嬉しい悲鳴をあげる。
イレネ様は今までも可愛かったが、今日一番の笑顔を浮かべている。大きな瞳を細めてガディウスの態度一つ一つに反応して頬を緩ませている。正に恋する乙女だ。
僕はもうこのままお邪魔者だし気配を消していたが、突然肩に腕を回された。
「ま、愛する妻の手作りの方が断然美味いけど!」
え……?
戸惑う僕を置いて、ガディウスはペラペラと語りだした。
「いやぁへズは料理上手で夕食を作ってくれて、それがめっちゃ美味いんですよー。特にへズのオムライスは美味い!あとたまにケチャップでよく分からない絵を書いてくれて可愛い!」
「は、はあ……」
「他にも肉料理も美味いんですよ。まあ俺が肉が好きってのもあるかもしれないんですけどー、あと菓子も孤児院の子供達と作ってくれたりしてちょっと形は歪だけど愛情が籠ってて可愛くて」
「ガディウス様っ!!」
甲高い声にガディウスのよく回る口も止まった。
ガディウスの名を呼んだイレネ様は見た事ない程に眉間に皺を寄せて怒りを顕にしていた。
「私、聞いたのです。ヘズエルさんが貴方に出していたパンにルクンの乳を混ぜていたことを」
「はあ、そっすね」
「そっ、え、知っておられて……」
「勿論!ルクンパンは俺の大好物で、この前も俺が食べたいって言ったらへズが用意してくれたんですよ!美味すぎてへズの分も貰っちゃいましたよ。また作ってくれねえ?自慢のハニー」
ウインクを飛ばしてくるが、僕は情報過多でいつものようにツッコめない。そして、僕以上にイレネ様は困惑している。
イレネ様は椅子から立ち上がり、令嬢らしからぬ大股で僕らの元へ近寄った。
「がっ、ガディウス様!幾ら貴方でも、ルクンは魔物ですよ?魔物の乳を口に入れるなんて……」
「それの何が?俺ら騎士なんて戦場で食うものない時は優雅にスープや牛の乳に拘れないんでね。普通に魔物焼いて食いますよ。不味いけど」
平然とした様子のガディウスにイレネ様は絶句している。それもそのはず、生まれてから大切なご令嬢にとっては知るはずのない現実だろうから。騎士が魔物を食す文化は僕も知らなかったけど。
「へズのパンは同じ魔物の乳を使ってても全然味が違うんですよ。へズの優しい想いが伝わるんです」
「優しい想い?」
「ええ、孤児の頃はずっとひもじくていつも石みたいなパンを食べてました。孤児院の皆も毎日暗い顔で、だけどこれ以上は望めないと諦めていて。でも、へズだけは違った」
いつになく真剣な様子で、落ち着いた声で話すガディウスの言葉に、イレネ様だけでなく皆が固唾を呑み静かに耳を傾ける。
僕はガディウスの真剣な表情が昔の彼と重なって見えた。孤児院でルクンの乳を嫌悪する子供達に、誠実に語り掛けていたガディウスと。
「へズは諦めず、周りの皆を喜ばせようと一生懸命レシピを考えて、ルクンの乳を使ってアレンジしてくれた。幼い子供でも食べられるようにと乳を選んで。だからへズの作るルクンパンはめっちゃ美味いんですよ。優しくて暖かい味がするんです」
ガディウスは目尻を下げて僕を真っ直ぐ見る。冷めきっていた心臓に光が灯る。緊張の糸が切れ、僕はやっと口角を持ち上げてガディウスと目を合わせることが出来た。
ガディウスは僕の目を見て頷き、手を掴んだ。
「じゃ、そろそろ俺らはお暇しますね。何やらお邪魔者っぽいんで」
そのまま早足で部屋から出て、既に入口で待っていた馬車へ乗り込んだ。
ガディウスは普段と変わらぬ様子で窓の外の景色について話しているが、僕はそれどころではなかった。
結局ガディウスと一緒にあの場から離れたけど、こんな退出の仕方マナー違反だろうし、お茶会では失言ばかりしてしまった。指先が震える。紛らすようにギュッとタオルを握った。
「あのさ、ごめん!」
ガディウスの言葉の波が止む。
「僕、全然上手く立ち回れなかった」
頭を深く下げる。
今思い返せばガディウスは茶会へ行く事を何度も引き止めてくれていた。それを押し切って参加したにもかかわらず、結果は散々だ。僕のせいでガディウスや男爵家の方々の評判にも泥を塗ってしまっただろう。
何もイレネ様へ言葉を返せずガディウスの背中に守られる僕。如何に無力かを改めて思い知った。僕は、昔からずっとガディウスに助けて貰ってばかりで、何も出来ない。
「それと、ありがとう。あの場を乗り切るための嘘かもしれないけど、ルクンパンのこと色々良く言ってくれて」
「嘘じゃない。本心に決まってんだろ」
ガディウスは力強く答えた。顔を上げると、頬を緩めるガディウスと目が合う。
「もう、そんなくよくよすんな。へズは茶会自体初めてだし充分上出来だろ?俺なんか初っ端から殿下のことぶっ叩いたし」
「はっ!?本気か?」
「いやぁ学園の入学式で、仲良くしよーぜって肩思いっきり叩いちまったら殿下に痣できちまってよ、家帰って親父にボコボコにされたわ」
豪快に笑うガディウスに僕は思わず力が抜けてしまった。
ガディウスは、当時のガディウスの父親と殿下の様子をまるで演劇のように再現する。その滑稽な様に思わず小さな笑いが漏れると、ガディウスは穏やかに笑い、俺の頭上に手を置いた。
「だから気にすんなよ。もしまた虐められたら俺が抱きしめて愛を囁いてやるぜ……」
「結構です」
「遠慮すんなって!おらおら」
「ちょっと、濡れてるからやめろって」
髪を掻き回すガディウスは、やめろと言っても止めない。いつもだったら苛立つはずだ。だが、そのいつものような軽いやり取りになんだか胸がじんわり熱くなり目元まで熱が混み上がる。唇を噛み必死に堪えるが、瞼から熱い涙が零れ頬を伝う。
今日はほんとにガディウスには情けない姿ばかり見せてしまうな。
ガディウスは僕の様子に気付いたのか、手を頭から離した。僕は窓の方へ顔を背ける。
「へズ」
「悪い、ガディウス。なんか僕おかしいね」
いっそ僕の姿も面白おかしく笑って欲しい。眉を下げて下手くそな笑みを浮かべると、頬に大きな手が添えられた。ガディウスの鮮やかな緋色の瞳に、僕が映る。緋色の中にいる僕の姿が徐々に迫ってくる。
頬に熱く柔らかいものが触れた。薄い唇は直ぐ離れたが、その感触は生々しく残る。
「はは、しょっぺえな」
心臓の音がやけに煩い。胸元から飛び出てしまうかもしれない程、心臓が激しく鼓動する。僕は衝撃で声が出ず、パクパクと口を開閉した。
「な、何して」
「紅茶の味すっかなって思って」
「するわけないだろ!」
「しなかったな。ま、泣き止んだから良かった」
そう言われて、確かに涙が引っ込んだことに気付く。
ガディウスは眉を下げた。繊細な硝子を触るように優しくそっと僕の頬を撫でる。
「へズの涙に弱いんだ。だから笑ってくれ」
緋色の瞳が揺れる。暖かく優しい瞳に吸い込まれそうになる。
僕がこくりと頷くとガディウスは目を細めて、再び他愛ない話を始めた。
だが、ガディウスの話が右から左へと流れ全く耳に入らない。僕の意識はずっと頬にばかりいってしまい、まともに目も合わせられなかった。綿あめの中に入ったように甘く優しい感覚に包まれる。
この気持ちは、一体?
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