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しおりを挟む双眼鏡の向こうに見える愛おしい人。栗色の瞳を輝かせ、さくらんぼのように可愛い唇を一生懸命動かして可愛い。永遠に見ていられる。
そして横にいる女は忌まわしきカトリン。ああ、なんでヘズはあんな女を好きなんだか。俺の方がお前を一途に想っているのに。それこそ、十年以上経つ。
無垢。
それはヘズを表す言葉だ。腐った廃屋のような孤児院で唯一輝いて見えたのがヘズだ。孤児院のガキなんて親に捨てられた子供が集まる。だから全てを諦め覇気がなく死んだ目をしている。俺もその一人だった。ヘズに出会うまでは。
「じゃあ、ここでこれから暮らして」
そう言い捨てると職員の男は俺の手を払って逃げるように消えた。
俺の両親はどんな人物か、今となれば覚えてない。だがとにかく貧しく生活していたことは記憶に残っている。外観は寂れ中身はすっからかんな家。俺がまともに飯を食うようになった途端「出稼ぎに行く」やら言って俺を教会に置いて捨てた。邪魔になっただけだろうが。
教会の横に建てられた孤児院の職員が俺に気付いたおかげで生き延びたが、別に俺は生きたくもなかった。何のために生まれたのかわからねえし、誰からも望まれてない俺なんて生きてても無意味だ。
孤児院に入ってもやさぐれていた俺に唯一手を差し伸べたのは、ヘズだった。
「ガディウスだっけ?はじめまして。僕はヘズエルだよ!よろしくね。僕が孤児院を案内するよ」
パッとしない顔にそばかすだらけの窶れた頬。それに反して明るい表情、声色。
……馬鹿みてえだ。捨てられた子供のくせに、無駄に元気で良い子ぶって。
捻くれていた俺はその手を握り返さず、そのまま嫌味を返した。
「僕って、貴族の子供じゃねえのに何良い子ぶってんだ?ヘズエルくんよお」
俺の嫌な態度にヘズは顔色を変えず、むしろ目を細めた。
「まあな。でも良い子ぶったら貴族に拾われるんだよ。新入りのガディウスくん」
そして俺の腕を引っ張り、ヘズは孤児院の中を案内した。自ら案内すると言うだけあって、ヘズは孤児院について詳しかった。孤児院にいる職員、そして子供達全員の名前や性格を覚えていた。皆死んだ顔をしているくせにヘズを見る時だけ目に光が宿る。
俺は動揺しながらもヘズの背中をついて行った。
「ここが寝室。布団があんまないからさ、みんなでくっついて寝るんだよ。ガディウスは僕の隣な!」
「狭そうだな」
「そんなことない!僕結構細いしお前のスペース広いんだぞ」
そう言うヘズの腕は確かに細い。体もひょろひょろしていて風が吹けばそのまま吹っ飛びそうだ。誰に対してもどうでもいいと思っていたが、その時ばかりは心配に感じた。
しかし、すぐに首を横に振る。どうせこいつも自分の事しか考えてない。俺の事なんて、どうでもいいと思ってるに違いない。
何を心配してるんだか、自分に舌打ちをした。
夜になり、俺はヘズと一緒に布団に横になった。穴が数箇所空いてるくらいボロくて小さな布団だが、それでも布が余る程にヘズは細かった。歳は俺よりも何歳か上だと言っていたが、こんなちっこくて大丈夫か?
俺が不躾にジロジロ見ていると、目を閉じていたヘズが僅かに目を開けた。咄嗟に俺は目を閉じて眠っているふりをする。起きていると気付かれないように呼吸を殺していると、ふと頭上に微かな温もりが触れた。
「良い子、良い子。大丈夫だよ」
透き通った声が俺の耳許に響く。頭上の温もりは、そのまま硝子を触るように俺の髪を撫でた。
急になんだ。何も知らないくせに。俺のことなんて会ったばっかなのに、ガキに何が分かるんだよ。
胸が締め付けられるように苦しい。それなのにあたたかくて何故か無性に涙がこみ上げる。
俺は歯を食いしばり、声を殺して涙を零した。ヘズはそんな俺が疲れて泣き止むまでずっと優しく頭を撫でてくれた。
喧騒が耳元で鳴り響き、瞼を持ち上げた。視界に入った人物は自分よりも二回りも小さな赤ん坊。赤ん坊達はちっこい体から出すとは思えないほど、大きな声を張り上げ、朝から元気に泣き喚いている。そしてその近くで寝ていた俺も目元を腫らし情けない顔をしている。
昨夜はまるでこの赤ん坊みたいに泣いてしまった。情けねえ。飯が食えない時も、親に殴られた時も、捨てられた時ですら涙なんか流さなかったのに、なんであんなに泣いちまったんだろう。へズの揺籃のような声が未だ鼓膜に残る。何故だか俺は、ずっと残っていたら良いのになんて思った。
しかし、それが何故かは直ぐに気付く。
重い足取りで寝室から出ると、ヘズがいた。赤ん坊を抱いて、昨夜と同じ調子で良い子、良い子、と穏やかに呟いている。その姿を目に入れた途端、昨夜の醜態が鮮明に蘇り、バツが悪くてヘズから顔を逸らした。そんな俺に対して、へズはまた明るく声をかけてきた。
「おはよう、ガディウス。よく眠れたか?」
昨夜の出来事なんて無かったかのように、朗らかな笑みを浮かべるヘズ。その笑顔を見た瞬間、俺の心に一筋の光が差した。
この笑顔を守りたい。ちっぽけだが、初めて俺の中で希望が芽生えた。
その後もヘズは危なっかしい奴だった。金があると知ればどんな奴でも媚びを売るし、ガキ達の為なら手段を選ばず何でもする。お人好しな所がヘズの良い所でもあり悪い所でもある。そして、俺が悩む所でもあり惚れ直してしまう所でもある。
月日が経つにつれて俺のヘズへの恋心は増すばかりで、自分のモノにしたくて仕方なかった。
可愛い可愛いヘズ。地味で歳も重ねたヘズの引き取り手は出ないのに変わらず貴族に媚びを売るのも愛おしいし、前向きで努力家なヘズも可愛い。可愛がる必要のないガキ達の面倒を見てやるのも優しくて愛おしいし、俺が手伝ってやると見せる笑顔も、内緒だと言って渡してくれる硬え菓子も世界で一番輝いて見える。
俺の世界の中心はヘズだ。嗚呼、早く俺のものにしたい。誰にも見られないような場所に閉じ込めて俺だけが見つめたい。一生困らない金も、欲しいものだって何でも買ってやる。その代わりに俺だけの存在になってくれ。
だが、そんな願いは叶うはずがない。ヘズは同性愛者でもねえし俺の事なんか一ミリも好きじゃねえ。まあそりゃそうだ。ヘズの好きになった女は徹底的に奪ってやったし、ヘズに好意的に近づく男も妨害した。
ヘズに好かれるほどの男じゃねえってのは分かってる。だけどなんとかして、形だけでもヘズを俺のモノにしたい。
そんな時に思い付いた。同性婚の法案化を。偉い貴族が同性婚の前例が欲しいやら適当に言って俺が近寄ったら、ヘズは俺と結婚するんじゃね?
そして適当に辺境の災いの源である魔物をぶっ倒して第三王子に褒美として同性婚の法案化を求めたら、簡単にへズは俺のモノになった。胸がぞくぞくと震えかつてないほどに興奮して体が熱くなる。ヘズが事実上俺の嫁。最高すぎるだろ。
その時は舞い上がっていたが、一度手にしてしまえばさらに深い甘さを求めてしまうものだ。形だけで良いと思っていたものが、もっと心の奥まで俺で満たしたいなんて欲が生まれる。
だから、現状に対して抑え難い怒りが湧き上がる。
カトリンとヘズが並んで入ったのは王都でも有名な宝石店だ。価値の高い希少な宝石を取り扱う店で、本来ならばヘズが入る訳がねえ名店だ。それこそ、恋人へ送る婚約指輪なんか渡す以外では無縁な店。そこへカトリンと入るということは答えは一つしかない。
双眼鏡に力が入りすぎて、ヒビが入る。レンズが落ちて視界が黒へ堕ちた。
こんなに俺はお前を想ってるのに、なんでそんな女なんかが良いんだ?俺が高額な物さえくれてやったら簡単に手に入る女だぞ?俺はヘズの為なら全て差し出してやるのにどうして俺のことは見てくれないんだよ。いっそ、手に入らないなら、力ずくでーーー
胸を蝕んでいた闇が、音もなく張り裂け溢れ出す。剣呑な目つきに変わった俺はその場をゆっくり立ち去った。
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