19 / 21
19
しおりを挟む鳥の囀りが遠くで聞こえる。暖かい太陽の温もりに包まれたまま眠っていたかったが、瞼の隙間に光が射し込み、眩しくて片目を眇める。すると、いつもと違う景色が目に入った。
「……ここ、どこ」
「起きたか」
光が遮られ視界が一段と暗くなる。見上げると、いつもと変わらない飄々とした笑みを浮かべたガディウスがいた。
ガディウスの顔を見ると昨日の出来事を思い出して心臓が跳ねる。
「おま、なんてこと、を……」
首を掴んでやろうと身を起こした。だが、その前に足元で変な金属音が聞こえて視線を落とすと、僕は息を呑んだ。両足に嵌められている重い鉄枷、手首にまである。
な、なんだこれ。どうしてこんなものが嵌められているんだ。
掌にじっとりと汗が滲む。理解が出来ず、言葉を失っている僕を他所にガディウスは素知らぬ様子で話しかけてきた。
「まぁまぁ落ち着け。昨日もあんだけ無理させたし、ゆっくり休めよ。ほら、スープ持ってきたぞ」
「いや、それより、お前これなんだよ?」
「ん?鉄枷」
「見れば分かる!なんでこんなものあるのか聞いてるんだ」
ガディウスは僕の問いに答えず、スープを掬ったスプーンを僕の口に近付ける。
スープなんか食べてる場合じゃないのに。胸の奥で焦燥が疼く。僕はスプーンから顔を逸らして、手枷を外そうと力任せに引いた。
「いらないって。それよりこれ外せよ。自分で食べるから」
「だめだ。ヘズは体今痛くて動かねえだろ?だから俺が食わせるから、ほらあーん」
「いらない!そもそも痛いのも誰のせいだと思って。てか早く仕事しないといけないのに」
歯を食いしばり、吊り上がった眼でガディウスを見据える。僕の顔を見て、ガディウスは眉間に皺を寄せてスプーンを戻した。
「職場には辞めるって連絡した」
「は!?」
「ヘズはもう男爵家の一員だ。普通はちっせえ診療所なんかで仕事なんかしねえよ。あんな所、二度と行かなくていい」
ガディウスらしくない冷淡な態度に、僕の心は騒つく。
結婚しても仕事は続けていいって言ってくれたのに急にどうしてそんなことを言い出すんだ。薬師の夢を応援してくれていたと思っていたのに、全部、それも僕の勘違いだった?
あんなに僕のために力になってくれて、もしかしたらちょっぴりくらい僕の事好きかもしれないと思ってたのも、全部馬鹿みたいな勘違いで、僕は一体どれだけ自惚れていたんだろう。
惨めで情けない。胸の奥にどんよりと黒い何かが広がっていくような気分だった。そんな時、不意に思い出した。
「あれ、あの、僕の指輪は?」
「捨てた」
え。
溝内を打たれたような衝撃だった。ガディウスがつらつらと説明しているが何も耳に入らない。言葉も出ない。指の先まで凍り付いたように動けない。僕だけ時間が止まって世界から取り残されたみたいだ。
「ーーーから、あんなの渡しても誰も、へず?」
鼻がツンとして目頭が熱い。視界がぼやけて目まで機能しなくなってしまった。涙を拭うにも手が重くて動かせられない。僕は茫然と涙を落とした。灰色のカーペットにぽつりぽつりと雨が落ちるように黒い染みが広がる。
すると、頭上から何やら慌ただしい音が聞こえた。
「へ、ヘズ、悪かった。泣くなって!ほら、指輪、あるから泣くな」
ガディウスが僕の涙を大きな指で拭う。視界が鮮明になると、そこには狼狽えるガディウスと、小さく輝く指輪があった。
あんなに見ていたら胸が高鳴ったものが、全て醜く感じてしまう。醜いのは指輪とガディウスではなく僕なのに。僕が変に舞い上がってしまったからなのに。そもそも、結婚していたとはいえ僕らは愛の無い結婚で、異性愛者のガディウスが僕を好きなはずないのに、舞い上がって婚約指輪まで用意して、なんて愚かなんだろう。
涙が止まらず嗚咽が漏れそうだったが、必死に喉の奥に留め、声を絞り出した。
「……い、らない。捨てる」
「いや、泣くほど大事なんだろ?俺も流石にお前が泣くほど嫌って言うのに捨てるほど鬼じゃねえよ」
「もう、いらないっ!」
「いってぇ!」
指輪を渡されたがもう目に入れたくなくて、強引に投げ付ける。手枷が重かったせいで上手くいかずガディウスの顔面に当たってしまった。だがもう気遣う言葉すら発する気になれなかった。
もう散々だ。折角の告白は台無しだし、ガディウスにはあんな無理矢理行為をされるくらいに嫌われていたみたいだし、指輪はいらないとはっきり言われたし。
もう家に帰って部屋で一人っきりになりたい。一息つきたいのに僕を邪魔するように図体のでかいガディウスは僕の周りを彷徨く。
「もう、っ、どっか行けって」
「行かない。ヘズが泣き止むまでいる」
「泣いてない!」
嘘だ。めちゃくちゃ泣いてる。洪水が溢れるように涙は止まらないし鼻水も垂れてる。汚い顔がガディウスの目には映っているだろう。しかし、隠しようが無いし、ガディウスにどんな顔を見られようともうどうでもいい。どうせ好かれてないのは分かったし。
だが、何故か泣いてるのは僕なのに、僕以上にガディウスは声に悲痛さを滲ませる。
「俺、へズの涙に弱いんだよ。泣き止んでくれ」
「っ、誰のせいで泣いてるか分かってないのか!」
「俺のせいだろ。悪かった。でも俺だって、お前がカトリンを好きにならなかったらこんなことしなかった。カトリンよりもぜってえ俺の方が幸せにする自信はある。だから、俺にしとけよ。な?」
ガディウスは訴えかけるように僕の両肩を掴んで、切実に声を重ねた。縋り付くような目で、よく分からない言葉を並べる。
カトリンカトリン、こいつは何を言ってるんだ?小首を傾げて疑問を声に出した。
「カトリンって、なんで今カトリンが出てくるんだ」
「だってへズはカトリンが好きなんだろ?指輪買いに行ってたじゃねえか」
ガディウスは忌々しげに手元にある指輪を見た。
何を勘違いしているんだろうか。僕がカトリンを好きだったのはとっくに前のことだ。今僕が好きなのはガディウスなのに。
まだちゃんとした告白もしていないし、こんな場面でガディウスが好きだと言うのも癪だったが、見当違いの誤解をされても困る。
恥ずかしさが込み上げ、頬に熱が帯びる。僕は羞恥心を必死に頭から遠ざけて、ぎゅっと目を瞑って口を開いた。
「僕は、がっ、ガディウスに買ったんだぞ。それなのにお前はいらないって」
「俺の、ため?」
こくりと頷く。すると、僕の両肩を掴んでいた手の力がゆっくりと抜けた。
瞼を上げガディウスの顔を見ると、湯気が出そうなほど真っ赤で、耳許までが赤く染まっていた。
103
あなたにおすすめの小説
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
俺の親友がモテ過ぎて困る
くるむ
BL
☆完結済みです☆
番外編として短い話を追加しました。
男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ)
中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。
一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ)
……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。
て、お前何考えてんの?
何しようとしてんの?
……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。
美形策士×純情平凡♪
美澄の顔には抗えない。
米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け
高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。
※なろう、カクヨムでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる