チョコをあげなかったら彼氏の無表情が崩れた

綿毛ぽぽ

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「桜羽?良い子だよね」
 
 ガーン。ガンガンガーン。
 くすりと笑って話す葉桐くんの姿に頭上から盥が落ちたような衝撃を受けた。
 
 や、やっぱりあの漫画は本当だったんだ。
 もう俺より桜羽くんの方が好きになってしまったのだろうか。
 でも、そういえば付き合ってるのに俺達は全く恋人らしい触れ合いをしたことがなかった。唯一触れたのは告白された時の手の甲へのキスだけで、その後キスをされたことはないし出かける時に手を繋いだりもしない。高校生だし健全な関係が一番だよね!なんて思っていたが、これって普通に俺としたくなかったから?それとも何もしない俺に嫌気が差したとか?
 
「先輩?どうしたの」
「あ……えと、桜羽くんと仲良いんだ」
「うん。一緒にお昼食べてる」
 
 そんな!俺だって月一の出かける時でしか一緒に食べてないのに。生徒会も何にも所属してない桜羽くんが許されるなら俺だって一緒にお昼食べたかった。
 
 やっぱり葉桐くんの心の中では俺への思いなんてとっくに消えてしまっているのか。
 そりゃそうだよな。こんな平凡で面白みのない年上の男なんて飽きるよな。ていうか最初に好きだって言ってくれたのが奇跡だったんだろう。
 
 空は青くて爽やかな朝なのに俺の心の中はどんよりとした黒い雲がかかり大雨が降っていた。
 
 
 葉桐くんのことを思っているならば、ここで別れるべきだろう。だが往生際が悪い俺は中々別れを告げることが出来ず数日経った。

 あの日以来、俺は葉桐くんと顔を合わせても上手く笑えず、お菓子を作っても渡さないようになっていた。
 そりゃあ失恋して直ぐに心が入れ替えられるわけが無いさ。もしそんな人間がいたら教えて欲しいよ。

 暗い俺とは反対に校内の生徒たちはもうすぐ近づくバレンタインに心を躍らせていた。
 俺は例年通りいつもお世話になっている美形達に配るつもりだ。配るというかお布施のようなものだ。美しい顔を無料で見せてもらえることへ感謝、お礼を込めて渡している。

 そして、俺は葉桐くんへ渡すチョコについて悩んでいた。
 一応付き合ってるし張り切って豪華なケーキを作ろうかな。でも本命でもないくせに張り切りすぎると引かれるかな。ていうか手作りが嫌がられるかも。買った方が良いかな。あれこれ悩んでいると、突如葉桐くんについての会話が聞こえた。
 
「颯汰!バレンタインさ、何欲しい?」
 
 この声はあの桜羽くんの声じゃないか。しかも“颯汰”って葉桐くんの下の名前だ。俺も呼んだことないのに。
 悔しいが、彼の質問の答えは俺も気になる。これは決して盗聴ではなくただ会話が聞こえただけだ。そうだそうだ。たまたま耳に入っただけ。そんな言い訳をしながら彼等の方へ聞き耳を立てた。
 
「要らない」
「えー!なんでだよ!あ、そっか。そういえば颯汰って甘い物嫌いだっけ」
「うん。今年はチョコ受け取らない予定」
 
 そしてバレンタインの話題はあっさり終わり、桜羽くんの楽しそうな話し声が続いた。 
 一方、俺はその場で立ち尽くしていた。
 
 えっ、葉桐くんって甘い物好きじゃなかったの……?
 今まで受け取る度に見せてくれた笑顔も、お礼も、全てお世辞だったということ?

 ……俺、恋人失格だ。
 気遣ってくれてることにも気付かず呑気にホイホイ渡して迷惑極まりない。
 
 涙がこぼれそうになったが、ぐっと堪えて俺は寮へ走った。そして込み上がる感情を誤魔化す為にお菓子作りへ意識を逸らした。

 甘いもの、綺麗なものを作ろう。それを見たらいつも心が穏やかになれる。幸せな気持ちになれる。自然と笑顔になるのだ。
 
 カップケーキを焼いて、その上にクリームやチョコチップ、アラザンを飾った。星型やハート型のクッキーを乗せるのもかわいいよな。
 俺は数時間お菓子作りに熱中していた。やがて、夜中になり漸く俺は手を止めた。いつの間にかカップケーキは業者が作る量まで増えていた。色とりどりにデコレーションされたカップケーキは可愛くて癒される。
 でも、どうしよう。目が熱くて胸が苦しい。
 
 俺は頬を濡らしながらカップケーキを包装した。
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