破れ鍋の使い道

蒲公英

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 健太が篠宮建設に訪れたのは、ビルのリフォームによる空調機の入れ替えの話が来ていたからであって、カウンターに座っている女の子の胸を見たかったわけじゃない。ただし受付カウンターに座っていたのは、年嵩の女子社員だった。
「初雁空調の渡辺です。川島部長に呼ばれまして」
 名刺を出して挨拶するのはセオリー通りでも、視線がカウンターの奥っていうのがわかりやすい。この前の巨乳ちゃん、今日はいないのかなーなんて言葉に出さないだけ、まだマシかも知れない。もちろん階段を上っていく尻を見送ることもなく、カウンターの前で手持ち無沙汰に、並べてあるカタログを眺めるだけだ。

 大学を卒業して地元の空調会社に入って、三年目。就活が面倒で、たまたま募集が出ていた会社に面接だけで入った。県内にはいくつか営業所のある中規模の会社だし、面倒なノルマもない気楽な営業だ。同族企業だから出世の見込みはまずないが、人並みの給料さえもらえれば責任は回避したい性格である。帰宅してからシャワーを浴びて、歩いて友達の家に遊びに行ける環境が気に入っているから、今のところは問題がない。実家住まいで掃除も洗濯も母親任せで、用意してもらった食事を摂らなかったり内容に文句を言ったりするのは、学生と変わりがない。わずかな生活費を渡して堂々と実家にいるが、最近両親からの独立しろって圧を少々感じる。確かに家を出る友達が増えた。独立のほかに同棲、結婚。親の目がないっていうのは、確かに楽しそうではある。けれど貯金は無に近い。

 川島部長と打ち合わせを終えて来客スペースを出ると、先刻目で探していた顔があった。いや、顔ははっきりとは覚えていない。色が白くて目が大きいってことを特徴として覚えているだけだ。
「お疲れさまでした。お気をつけて」
 立ち上がって頭を下げるだけの仕草が、やけに可愛らしい。そういえば先輩は、かわいこちゃんって言ってたっけ。どこがどうとは言えないのだが、なんていうのか全体的に女の子っぽいのだ。自動ドアを抜けて、もう一度見ておこうと振り返った顔は、こちらを見てはいたがまったく微笑んでいなかった。軽く手を振ってみても、そのままスルーして席に座った。見えなかったのか?

 会社に戻ると、内勤の社員たちが帰り支度をはじめていた。現地調査の日程の相談をしようと工事担当に声をかけると、冷たい返事が戻って来た。
「俺は行かない。職人さんと一緒に行って、工事費用の見積だけ出してもらえよ」
「え、機種は」
「もう新人じゃないんだから、自分でカタログから拾え」
 入社後二年も過ぎていれば、もう誰もやさしくなんてしてくれない。日報を記入して共有フォルダに送って大きく伸びをしたら、背中がバキッといった。あれ、と右手を大きく上げて胸を張ったら、そのポーズからフレディ・マーキュリーを思い出す。小さな声で Radio GA GAなど歌いはじめたら、冷たくされたことよりもクイーンに夢中になってしまい、イヤホンを耳に入れた。
 そのままキャビネットに向かい、音楽に乗ってカタログを選んでいる、はずだったが。
「棚の前でケツ振って、なにやってんだ」
 戻ってきた課長に、後ろから声をかけられた。
「Dont Stop Me Now!」
「イヤホン取れ!」
 はぁ、と課長は溜息を吐いた。課長とはいっても、その下には営業が三人いるだけなので、気楽なつきあいだ。
「おまえさ、見た目はしゅっとしたイケメンなんだから、もう少しシャキッと……」
「見た目は人を裏切るものです」
「自分で残念だって言うなよ」
 それから残っているもうひとりの先輩に、焼き鳥でも食べに行こうかと声をかけた。


 莉乃が洗面所でリップを塗り直していると、経理の女の子が顔を出した。
「お茶してかない?」
「いいね」
 連れ立って駅まで歩いて、駅前のカフェに入る。会社のおじさんたちは、こんな場所には来ない。だからこそ盛大に愚痴も言いあえるし、恋愛談義もできるってものである。
「ねえ、今日富田さんがお使いに行ってるときに、イケメンが来てたよ」
「え、どんなの?」
「スラっとしてて、顔は横浜流星寄り……」
「ああ」
 途端にテンションが下がる。あれはイケメンとは程遠い存在だ。理科の実験用の白衣の背中にマジックで『夜露死苦』と大書きしたものを、三年間着用していた。莉乃の年齢でそれは、もちろんギャグにも使われないものだったし、両親の世代くらいだと思う。どうも古いヤンキー漫画にはまった挙句、そんなことになったのだろう。
「今度ちょっと、アプローチしてみようかな」
 やめといたほうがいいよ、と喉まで出かかった言葉を飲み下した。蓼を食う虫はいるものだから。

 家に帰ると、母親がちょうどハンバーグを焼き上げたところで、妹はソファに胡坐を掻いてスマートフォンを弄り廻していた。妹とは顔は似ていると言われるのに、体形が全然違う。両親の家系がバラバラに遺伝したらしく、曲線ばかりの莉乃の体つきに比べて、妹は足までまっすぐなスレンダーである。これを互いに羨ましがっていると知ったのは、妹が就職活動のスーツを買ったあたりだった。オーダーの下着やスーツの価格は、妹が想像するよりも上で、バイト料をそこに注ぎ込んだ姉は笑えるものじゃないと思ったらしい。
「ダイエット中だから、軽くでいい。炭水化物はパスしとく」
 それだけ言って、部屋に着替えに入る。胸だけで太って見えるのに、お腹まで出てしまったら救いようがないじゃないか。

 部屋を出ようとすると、スマートフォンがSNSのメッセージを着信した。金曜日の時間と場所、参加者について。そうそう、結婚祝いの飲み会の約束をしていたななんて、参加者を眺める。その中の名前で、莉乃の目元が締まった。
 渡辺健太、そう入っている。忘れていた忘れていた、なんで結びつかなかったんだろう。同窓生の集まる飲み会で、地元にいる人間ばかり。しかもあのお調子者が、声がかかれば来ないわけがない。
 別にワレナベに、嫌な記憶があるわけじゃない。目立たないようにじっとしていた高校生時代、莉乃は教室の中の大多数で、半裸で筋肉の乏しいフレディ・マーキュリーになり教壇の上で踊るクラスメイトを、呆れた目で見ていただけだ。
 ただ、そいつと仕事の繋がりができてしまうのは別だ。それを会社の人間に、親しいと勘違いされるのは絶対イヤ! お節介好きの上司やお局だっているんだから!
 久しぶりだから、欠席はしたくない。とりあえず、ごはんを食べてから考えよう。
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