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彼女がとても綺麗だと
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夜の散歩の習慣は相変わらず続いていたが、知った顔に合わないように注意深く道を選ぶようになった。しかし、堤防に続く道はそう多いわけではなく、クラスの誰がどこに住んでいるのかなんて把握しているわけでもなく、僕はまた、塾帰りの田中とばったり会ったのである。
「また、散歩?」
笑いを含んだ声に幾分安堵したが、今回は先手を打たなくてはならない。
「おう、ついて来んなよ。」
自分ながら気負った声が出たのが恥ずかしく、僕は視線が合わないようにわざとあらぬほうを見ていた。
「今日は、お母さんが家にいるから寄り道できないもん。」
ああ、母親とふたりだったのだと思い出して、ふと、父親はどうしたのだ、と聞いた。
「6年生の時、死んだ。」
それは影を落としたような声で、僕がまた無神経なことを言ったのだと悟るには充分だった。けれど、彼女は少なくとも僕よりは大人で、もう一度声を発した時は、意識して明るい口調だった。
「ねえ、この間の場所、星が見える?」
星はここでも見えるじゃないかと答えると、街灯が明るすぎて見えにくい、と言う。
「流れ星が見たいの。」
どこか遠くを見るような視線だった。
教室での田中は控えめで、成績が良い以外にはさしたる特徴のない女の子だ。「お菊」のニックネームに象徴されるように、その落ち着いたおとなしやかな態度は僕たちが普段、品定めする女子の中に入れるには、ふさわしくない。だから、僕は田中がどんな女の子で、どんな話をするのか、まったく知らなかった。興味がなかった、と言うのが正しい。
ただ、2回のやりとりの中で、彼女が僕よりも随分大人びていることに気がつき、僕の目は自然と田中の存在を意識するようになった。
そして、彼女がとても綺麗だということに気がついたのだ。
田中は綺麗だと気がついたところで、中学生にできることなんて無い。仲良くなろうなんて言える筈もなく、気にしていることを周りに悟られないようにすることだけが精一杯で、視線の持っていきようにも気を配る始末だ。田中の小さい顔や黒すぎる髪が目に入らないように、言葉を交わす機会があれば、なるべくそっけなく聞こえるように、それだけを心がけた。そして、嫌われていないか、傷付けていないかとこっそり表情を窺うのだ。それは、大人になれば実に迂遠でもどかしい感情だが、その時にできることはそれだけだった。何人かの友達は女子と「付き合って」はいたが、昼休みに話をするか一緒に帰るくらいのことで、それ以上の何かがあるわけでもなく、せめて休みの日の公園を一周するのが関の山である。だから僕は、授業中の彼女の発言に耳を澄ませ、休み時間の他愛ないやりとりが聞こえる席で、田中がそこにいることを強く感じていただけだ。それが女子たちのいうところの「片想い」の状態である、ということに気がつくのは、もっと後の話になる。
「また、散歩?」
笑いを含んだ声に幾分安堵したが、今回は先手を打たなくてはならない。
「おう、ついて来んなよ。」
自分ながら気負った声が出たのが恥ずかしく、僕は視線が合わないようにわざとあらぬほうを見ていた。
「今日は、お母さんが家にいるから寄り道できないもん。」
ああ、母親とふたりだったのだと思い出して、ふと、父親はどうしたのだ、と聞いた。
「6年生の時、死んだ。」
それは影を落としたような声で、僕がまた無神経なことを言ったのだと悟るには充分だった。けれど、彼女は少なくとも僕よりは大人で、もう一度声を発した時は、意識して明るい口調だった。
「ねえ、この間の場所、星が見える?」
星はここでも見えるじゃないかと答えると、街灯が明るすぎて見えにくい、と言う。
「流れ星が見たいの。」
どこか遠くを見るような視線だった。
教室での田中は控えめで、成績が良い以外にはさしたる特徴のない女の子だ。「お菊」のニックネームに象徴されるように、その落ち着いたおとなしやかな態度は僕たちが普段、品定めする女子の中に入れるには、ふさわしくない。だから、僕は田中がどんな女の子で、どんな話をするのか、まったく知らなかった。興味がなかった、と言うのが正しい。
ただ、2回のやりとりの中で、彼女が僕よりも随分大人びていることに気がつき、僕の目は自然と田中の存在を意識するようになった。
そして、彼女がとても綺麗だということに気がついたのだ。
田中は綺麗だと気がついたところで、中学生にできることなんて無い。仲良くなろうなんて言える筈もなく、気にしていることを周りに悟られないようにすることだけが精一杯で、視線の持っていきようにも気を配る始末だ。田中の小さい顔や黒すぎる髪が目に入らないように、言葉を交わす機会があれば、なるべくそっけなく聞こえるように、それだけを心がけた。そして、嫌われていないか、傷付けていないかとこっそり表情を窺うのだ。それは、大人になれば実に迂遠でもどかしい感情だが、その時にできることはそれだけだった。何人かの友達は女子と「付き合って」はいたが、昼休みに話をするか一緒に帰るくらいのことで、それ以上の何かがあるわけでもなく、せめて休みの日の公園を一周するのが関の山である。だから僕は、授業中の彼女の発言に耳を澄ませ、休み時間の他愛ないやりとりが聞こえる席で、田中がそこにいることを強く感じていただけだ。それが女子たちのいうところの「片想い」の状態である、ということに気がつくのは、もっと後の話になる。
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