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曇天に舞う青空 1
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お祭りへの参加は土曜日だけ、保育園チームだから、長いコースを踊ることはない。衣装はカットソーと短いスパッツだけだから化粧や髪に時間を掛けることもないし、コンテストにもエントリーしてないから、気楽と言えば気楽だ。
土曜日の昼過ぎに、ポニーテールを逆毛にして鳴子入りのウエストバッグをつけたあたしを見て、母は「お祭り?」と聞いた。
「うん、ちょっと助っ人を頼まれたから、一日保育士」
「どうせなら、絵夢で踊ればいいのに」
「踊りたい気はあるんだけどさ、練習にフルで出られないし」
練習のために週に何度も拘束されるのは、社会人にはちょっと辛い。だから踊りの楽しさは知っていても、時間のやりくりに疲れて止めてしまう人は少なくないのだ。完璧に美しく踊りたいならば練習内容を濃くする外ないし、そうするとそれ以外の何かが犠牲になる。
どんよりしたお天気で、降らないといいななんて思いながら歩くと、少し混雑し始めた集合場所で先輩が持っていたふらふは、綺麗な空色だった。ところどころに白い布が見えるのは、雲なのかな。多分、中央には保育園の名前が入っているんだと思う。
「いいだろ。旗が空で、子供たちが太陽だって園長が考えたんだ」
ああそうか、それで朱赤のシャツなのか。今日は、お日様がいっぱいだね。本当に、お天気がもつといいなあ。子供たちを雨の中で踊らせることはできないもの。
「あきふみせんせー!」
子供が何人も走って来る。集合時間になったんだね。よじ登ろうとする子、体当たりをする子、旗を持ってみたいと言う子。
「あきふみせんせい、人気だね」
ぼちぼち集まって来はじめた他の保育士さんたちと、挨拶を交わす。園長先生に丁寧に挨拶されて、恐縮してしまった。
「原口先生のお友達ですって?良い踊り子さんなんですってねえ」
「そんなことはないです。踊るのが久しぶりなので、今日は楽しませていただきます」
「はーい、みんな集まってー。今日は、このお姉さんが一番前で上手に踊ってくれるので、みんなも負けないくらいかっこ良く踊りましょう」
園長先生がメガホンで子供たちに話すのを、保育士さんたちと並んで聞く。一緒に先生を見る視線で見られて、ちょっとくすぐったい。子供たちの後ろに、旗竿を立てて仁王立ちの熊。
視線が油断なく子供たちの頭の上を、行き来している。今日は「原口先輩」じゃなくて「あきふみせんせい」なんだな。一人だけ朱赤じゃなくて、青いシャツ。サイズがなかったんだろうなあ。
あきふみせんせい、お仕事を拝見させていただきます。
カオスな子供たちを並ばせ、小さい子供の横にはお母さんたち。虹色のオーガンジーのリボンを襷掛けにして、背中に大きく蝶々結びをつけた。簡単な飾りだけど、流れ始めた音楽と一緒に気分が華やぐ。進行係さんに先導されて、道路に出るとワクワクする。
さあ、子供たち、踊るよ!
あたしの後ろには保育士さん二人、つまり三角形のトップ。最後尾の先輩が、ふらふを大きく振って準備完了の合図をする。空はどんより曇っているのに、先輩の上にだけ青空が広がる。
「子供たち、元気はいいか!」
「おー!」
「二歳児から六歳児までが、可愛く元気に踊ります。沿道の皆々様には手拍子の応援をお願いします。では、まいります!いよぉーっ!よっちょれっ!」
声だし役の若いお父さんのアオリで、音楽が始まる。子供の歩幅に気をつけながら、あたしは踊りだした。
よさこい鳴子踊り一曲、約5分。先頭で後ろを引っ張って踊る高揚感。一つの会場が終わり沿道に大きく頭を下げて、後ろを振り返ると、子供たちも楽しそうな顔をしてる。まだまだ踊れるね、将来の優秀な踊り子諸君。次の演舞会場はすぐそこ、20分後スタートに合わせて、移動し始める。踊る前に給水地点がある筈だ。
保育士さんやお母さんたちと一緒に子供を誘導する。小さい子供たちは、抱っこされたがったり勝手なほうに歩いて行っちゃったりで、目が離せない。
「みんな、あきふみ先生の後について来るんだぞぉ!」
一際大きい先輩が持つ、空色のふらふを目印に動く。ああ、あんな大きなものを持っているのに、子供はやっぱり纏わりつくんだ。あたしなら、後ろへ下がっていろと怒鳴りそうな気がする。
子供たちには何が何でも給水させなくてはならず、忙しい。給水地点は、ますますカオスだった。塩分補給のクエン酸のタブレットをいくつも欲しがる、自分でジャグから水を汲みたがる、テーブルの前を離れないで水を飲む、誰かが飲んでいた水がかかったと泣く、鳴子を落としたと足元を走り回る。
保育士さんが大わらわで子供たちに給水させているのを、及ばずながら手伝っているうちに、自分は給水に失敗した。時間が来るまで、自分の口に水分を入れることすら気がつかなかった。
大丈夫、この距離なら二曲分しかない。待機場所に移動するようにと声がかかり、子供を並ばせた後に後ろを振り返った。
空はやはり薄曇りで、雨にならないことを感謝するしかない。一番後ろで仁王立ちしている大きな人は、自分の持つ竿につけられた、空色のふらふを見上げてる。少しだけ吹いている風に、薄い生地がゆらゆらと揺れる。
先輩の上にだけ、青空。そうだね。先輩には、曇天よりも青い空が似合う。
さて、踊ろう。姿勢を正して、演舞会場に進む。声だし役が、マイクのテストがてら、子供たちに声をかける。
「子供たち、かっこいいぞぉ! 頑張って踊ろうなっ!」
「おー!」
子供たちが頼もしく振り上げた小さな拳に、拍手が沸いた。沿道に挨拶をして、また曲が始まる。二曲しかない。楽しく踊ろう。よっちょれ!
ペースを確認するために、ちらりと肩越しに振り返る。大丈夫、子供たちは笑って踊ってる。後ろでふらふが大きくはためく。
曇天の下に、先輩の作る青い空。ああ、気持ち良い。鳴子の音が自分の手元でパチンとはじける。手足が自由に動く。踊るって楽しいんだよ。自分の身体も表情も、そう大声で叫んでいるといい。沿道の皆様、拍手とご声援をありがとう。
一曲踊り終わって、間髪入れずに二曲目に入る。疲れた、喉乾いた、なんて脱落する子供を、隊列の後ろについてる保護者や保育士が拾って行く。
大人も子供も踊り子も、沿道の見物客も。ねえ、そこで綿菓子食べてる場合じゃないのよ、踊ろうよ。あたしを見てよ、楽しそうでしょ。じんまもばんばも、鳴子を両手に!
ハイになった頭は、自分の身体の異変を否定して、踊り続けたがった。異常な発汗と共に曲が終わり、沿道に頭を下げた途端に、あたしの膝には力が入らなくなった。
あたしの周り、空気が薄い。肩を貸してもらって、よろけながら沿道に出て、座り込んだら立てない。脇の下に保冷剤を入れられ、差し出されたスポーツドリンクを受け取っても口まで運べない。あたしより体力的に劣る人がたくさんいる場所で、あたしのことどころじゃないのに。
あたしはいいから、子供たちを見てやってください。言いたくても呼吸が整わなくて、倒れこみたいのを堪えているうちに、太い腕があたしを掬った。
「とりあえず、日陰に運びます。すぐ戻りますから」
「すみません、解散したらすぐに戻りますから、お願いします」
多分、誰かがついてきてくれたんだろう。街路樹の日陰に降ろされると、走って行く足音が聞こえた。冷たいタオルが首にあてられ、スポーツドリンクにはストローが差し込まれていた。脇に保冷剤を挟んだまま、全部飲むように言われたスポーツドリンクをゆっくりと飲み終えた頃、やっと呼吸が整う。目の奥にはまだ星が飛んでいる気がする。
「もう大丈夫ですか?」
顔を覗き込まれて頷くと、若いお母さんの横に、小さな女の子が見えた。彼女が首を冷やしてくれていたらしい。小さい手にタオルを持っている。
「ありがとう。ごめんね」
はにかむように後ろに隠れるのが、可愛らしい。
「あきふみせんせい、おこってたね」
「あれは、心配してたのよ」
親子の長閑な会話を聞きながら、反省する。保育のプロが複数で居たんだから、あたしが手を出す必要はなかったのに。現にこの親子だって、疲れすら見えないじゃない。
先輩と園長先生が戻ってきて、付き添っていてくれたお母さんに頭を下げた。申し訳なくて小さくなる。
「ごめんなさいね、園の関係者でもないのに、こんな危険に晒しちゃって」
園長先生があたしの横に膝を着いて、丁寧に頭を下げたので、ますます申し訳なくなった。立ち上がって頭を下げるのが礼儀だろうけれど、ちょっとそれは自信がない。
「こちらこそ、すみません。子供たちの給水に気をとられて、自分が給水してなかったんです」
あたしも園長先生に頭を下げたその時、おっそろしく不機嫌な声が上から降ってきた。
「自分の身も守れないヤツが、他人の世話を焼くなっ」
おそるおそる上を見上げると、はるか上に腕を組んだ形の熊。
「原口先生、篠田さんはこちらからお願いして参加していただいたんだし、子供たちにも不慣れだし」
咄嗟にあたしを庇ってくれた園長先生に頭を下げながら、熊は撤回するどころか言葉を続けた。
「子供を扱うプロと、子育て中の母親たちが何人もいたんだ。だからそれを信頼してれば良かったのに、静音はそうしないで、自分の体調管理を怠ったんだろ」
悔しいけど、その通りだ。言い返せない。膝を抱えたまま俯くと、園長先生が肩に手を掛けてくれた。
「原口先生。心配したのはわかるけど、言い過ぎですよ。篠田さんは好意で協力してくれたんですからね」
踊って高揚していた気分が消えて、涙が出そうになった。
ゆっくり立ち上がると、まだ少しふらついた。先輩が肩にがっしりと手を回して、支えてくれてる。
「今日は有志参加で、公務じゃないの。ご協力、本当にありがとう。今度お礼に、私のポケットマネーでご馳走するわ。保育園に来て頂戴」
あたしの顔色が戻りつつあるのを確認して、園長先生はその場を離れていった。救護室に運び込まれたり救急車が走るような状態じゃないのが救いだ。先輩の勤め先に足を向けて寝られなくなっちゃう。
私の肩に手を回したまま、先輩がちょっとずつ動き始める。まだ、黙ってる。ねえ、怒ってる?あたしが迷惑掛けたから。足がふわふわする。寄りかからないと、歩けない。
先輩の顔をちらちら見上げながら、誘導されるままに歩いた。
土曜日の昼過ぎに、ポニーテールを逆毛にして鳴子入りのウエストバッグをつけたあたしを見て、母は「お祭り?」と聞いた。
「うん、ちょっと助っ人を頼まれたから、一日保育士」
「どうせなら、絵夢で踊ればいいのに」
「踊りたい気はあるんだけどさ、練習にフルで出られないし」
練習のために週に何度も拘束されるのは、社会人にはちょっと辛い。だから踊りの楽しさは知っていても、時間のやりくりに疲れて止めてしまう人は少なくないのだ。完璧に美しく踊りたいならば練習内容を濃くする外ないし、そうするとそれ以外の何かが犠牲になる。
どんよりしたお天気で、降らないといいななんて思いながら歩くと、少し混雑し始めた集合場所で先輩が持っていたふらふは、綺麗な空色だった。ところどころに白い布が見えるのは、雲なのかな。多分、中央には保育園の名前が入っているんだと思う。
「いいだろ。旗が空で、子供たちが太陽だって園長が考えたんだ」
ああそうか、それで朱赤のシャツなのか。今日は、お日様がいっぱいだね。本当に、お天気がもつといいなあ。子供たちを雨の中で踊らせることはできないもの。
「あきふみせんせー!」
子供が何人も走って来る。集合時間になったんだね。よじ登ろうとする子、体当たりをする子、旗を持ってみたいと言う子。
「あきふみせんせい、人気だね」
ぼちぼち集まって来はじめた他の保育士さんたちと、挨拶を交わす。園長先生に丁寧に挨拶されて、恐縮してしまった。
「原口先生のお友達ですって?良い踊り子さんなんですってねえ」
「そんなことはないです。踊るのが久しぶりなので、今日は楽しませていただきます」
「はーい、みんな集まってー。今日は、このお姉さんが一番前で上手に踊ってくれるので、みんなも負けないくらいかっこ良く踊りましょう」
園長先生がメガホンで子供たちに話すのを、保育士さんたちと並んで聞く。一緒に先生を見る視線で見られて、ちょっとくすぐったい。子供たちの後ろに、旗竿を立てて仁王立ちの熊。
視線が油断なく子供たちの頭の上を、行き来している。今日は「原口先輩」じゃなくて「あきふみせんせい」なんだな。一人だけ朱赤じゃなくて、青いシャツ。サイズがなかったんだろうなあ。
あきふみせんせい、お仕事を拝見させていただきます。
カオスな子供たちを並ばせ、小さい子供の横にはお母さんたち。虹色のオーガンジーのリボンを襷掛けにして、背中に大きく蝶々結びをつけた。簡単な飾りだけど、流れ始めた音楽と一緒に気分が華やぐ。進行係さんに先導されて、道路に出るとワクワクする。
さあ、子供たち、踊るよ!
あたしの後ろには保育士さん二人、つまり三角形のトップ。最後尾の先輩が、ふらふを大きく振って準備完了の合図をする。空はどんより曇っているのに、先輩の上にだけ青空が広がる。
「子供たち、元気はいいか!」
「おー!」
「二歳児から六歳児までが、可愛く元気に踊ります。沿道の皆々様には手拍子の応援をお願いします。では、まいります!いよぉーっ!よっちょれっ!」
声だし役の若いお父さんのアオリで、音楽が始まる。子供の歩幅に気をつけながら、あたしは踊りだした。
よさこい鳴子踊り一曲、約5分。先頭で後ろを引っ張って踊る高揚感。一つの会場が終わり沿道に大きく頭を下げて、後ろを振り返ると、子供たちも楽しそうな顔をしてる。まだまだ踊れるね、将来の優秀な踊り子諸君。次の演舞会場はすぐそこ、20分後スタートに合わせて、移動し始める。踊る前に給水地点がある筈だ。
保育士さんやお母さんたちと一緒に子供を誘導する。小さい子供たちは、抱っこされたがったり勝手なほうに歩いて行っちゃったりで、目が離せない。
「みんな、あきふみ先生の後について来るんだぞぉ!」
一際大きい先輩が持つ、空色のふらふを目印に動く。ああ、あんな大きなものを持っているのに、子供はやっぱり纏わりつくんだ。あたしなら、後ろへ下がっていろと怒鳴りそうな気がする。
子供たちには何が何でも給水させなくてはならず、忙しい。給水地点は、ますますカオスだった。塩分補給のクエン酸のタブレットをいくつも欲しがる、自分でジャグから水を汲みたがる、テーブルの前を離れないで水を飲む、誰かが飲んでいた水がかかったと泣く、鳴子を落としたと足元を走り回る。
保育士さんが大わらわで子供たちに給水させているのを、及ばずながら手伝っているうちに、自分は給水に失敗した。時間が来るまで、自分の口に水分を入れることすら気がつかなかった。
大丈夫、この距離なら二曲分しかない。待機場所に移動するようにと声がかかり、子供を並ばせた後に後ろを振り返った。
空はやはり薄曇りで、雨にならないことを感謝するしかない。一番後ろで仁王立ちしている大きな人は、自分の持つ竿につけられた、空色のふらふを見上げてる。少しだけ吹いている風に、薄い生地がゆらゆらと揺れる。
先輩の上にだけ、青空。そうだね。先輩には、曇天よりも青い空が似合う。
さて、踊ろう。姿勢を正して、演舞会場に進む。声だし役が、マイクのテストがてら、子供たちに声をかける。
「子供たち、かっこいいぞぉ! 頑張って踊ろうなっ!」
「おー!」
子供たちが頼もしく振り上げた小さな拳に、拍手が沸いた。沿道に挨拶をして、また曲が始まる。二曲しかない。楽しく踊ろう。よっちょれ!
ペースを確認するために、ちらりと肩越しに振り返る。大丈夫、子供たちは笑って踊ってる。後ろでふらふが大きくはためく。
曇天の下に、先輩の作る青い空。ああ、気持ち良い。鳴子の音が自分の手元でパチンとはじける。手足が自由に動く。踊るって楽しいんだよ。自分の身体も表情も、そう大声で叫んでいるといい。沿道の皆様、拍手とご声援をありがとう。
一曲踊り終わって、間髪入れずに二曲目に入る。疲れた、喉乾いた、なんて脱落する子供を、隊列の後ろについてる保護者や保育士が拾って行く。
大人も子供も踊り子も、沿道の見物客も。ねえ、そこで綿菓子食べてる場合じゃないのよ、踊ろうよ。あたしを見てよ、楽しそうでしょ。じんまもばんばも、鳴子を両手に!
ハイになった頭は、自分の身体の異変を否定して、踊り続けたがった。異常な発汗と共に曲が終わり、沿道に頭を下げた途端に、あたしの膝には力が入らなくなった。
あたしの周り、空気が薄い。肩を貸してもらって、よろけながら沿道に出て、座り込んだら立てない。脇の下に保冷剤を入れられ、差し出されたスポーツドリンクを受け取っても口まで運べない。あたしより体力的に劣る人がたくさんいる場所で、あたしのことどころじゃないのに。
あたしはいいから、子供たちを見てやってください。言いたくても呼吸が整わなくて、倒れこみたいのを堪えているうちに、太い腕があたしを掬った。
「とりあえず、日陰に運びます。すぐ戻りますから」
「すみません、解散したらすぐに戻りますから、お願いします」
多分、誰かがついてきてくれたんだろう。街路樹の日陰に降ろされると、走って行く足音が聞こえた。冷たいタオルが首にあてられ、スポーツドリンクにはストローが差し込まれていた。脇に保冷剤を挟んだまま、全部飲むように言われたスポーツドリンクをゆっくりと飲み終えた頃、やっと呼吸が整う。目の奥にはまだ星が飛んでいる気がする。
「もう大丈夫ですか?」
顔を覗き込まれて頷くと、若いお母さんの横に、小さな女の子が見えた。彼女が首を冷やしてくれていたらしい。小さい手にタオルを持っている。
「ありがとう。ごめんね」
はにかむように後ろに隠れるのが、可愛らしい。
「あきふみせんせい、おこってたね」
「あれは、心配してたのよ」
親子の長閑な会話を聞きながら、反省する。保育のプロが複数で居たんだから、あたしが手を出す必要はなかったのに。現にこの親子だって、疲れすら見えないじゃない。
先輩と園長先生が戻ってきて、付き添っていてくれたお母さんに頭を下げた。申し訳なくて小さくなる。
「ごめんなさいね、園の関係者でもないのに、こんな危険に晒しちゃって」
園長先生があたしの横に膝を着いて、丁寧に頭を下げたので、ますます申し訳なくなった。立ち上がって頭を下げるのが礼儀だろうけれど、ちょっとそれは自信がない。
「こちらこそ、すみません。子供たちの給水に気をとられて、自分が給水してなかったんです」
あたしも園長先生に頭を下げたその時、おっそろしく不機嫌な声が上から降ってきた。
「自分の身も守れないヤツが、他人の世話を焼くなっ」
おそるおそる上を見上げると、はるか上に腕を組んだ形の熊。
「原口先生、篠田さんはこちらからお願いして参加していただいたんだし、子供たちにも不慣れだし」
咄嗟にあたしを庇ってくれた園長先生に頭を下げながら、熊は撤回するどころか言葉を続けた。
「子供を扱うプロと、子育て中の母親たちが何人もいたんだ。だからそれを信頼してれば良かったのに、静音はそうしないで、自分の体調管理を怠ったんだろ」
悔しいけど、その通りだ。言い返せない。膝を抱えたまま俯くと、園長先生が肩に手を掛けてくれた。
「原口先生。心配したのはわかるけど、言い過ぎですよ。篠田さんは好意で協力してくれたんですからね」
踊って高揚していた気分が消えて、涙が出そうになった。
ゆっくり立ち上がると、まだ少しふらついた。先輩が肩にがっしりと手を回して、支えてくれてる。
「今日は有志参加で、公務じゃないの。ご協力、本当にありがとう。今度お礼に、私のポケットマネーでご馳走するわ。保育園に来て頂戴」
あたしの顔色が戻りつつあるのを確認して、園長先生はその場を離れていった。救護室に運び込まれたり救急車が走るような状態じゃないのが救いだ。先輩の勤め先に足を向けて寝られなくなっちゃう。
私の肩に手を回したまま、先輩がちょっとずつ動き始める。まだ、黙ってる。ねえ、怒ってる?あたしが迷惑掛けたから。足がふわふわする。寄りかからないと、歩けない。
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