Time goes by

蒲公英

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last say "good bye"

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  学生時代の友人は、生活圏が被っていてもあまり会わない。生活時間帯がまちまちだし、いつでも会えると思うと、わざわざ連絡を取る相手は一握りだ。そして卒業直後は結構頻繁に行われていた同窓会は、十五年も経てば幹事役がいなかったり行方不明の人がいたりで、長いことご無沙汰だ。もう誰が地元に残っていて誰がいないのか、結婚したのか子供がいるのか、実家にいるのか独立しているのかなんて、全然わからない。
 かくいう私も家庭を持ち、今はおなかに二人目を抱えている。もうじき産休に入るため、引き継ぎ業務が忙しくて、保育園のお迎えは遅れがちだ。

 パスケースを改札にパシッと置いたときに、後ろから声を掛けられた。
「キンタじゃない? 地元にいたんだ」
 その呼び方は、高校の同級生しかいない。
「あれーっ、ヒーコ。久しぶりだねえ」
 何年振りかの再開を喜び、手を握り合う程度には友達だった。

 立ち話のまま、近況報告をしあう。お互いに夕方は忙しいから、気楽にお茶なんか飲みには行けない。
「もうずっと同窓会、やってないもんね。みんな、どうしてるのかなあ」
 そう言うと、ヒーコはスマートフォンを出した。
「今ね、連絡できる人だけでグループSNS作ってるの。アカウントがあるなら、参加しない?」
 するする、とこちらもスマートフォンを出して登録した。すぐに送られてきた招待のメッセージを開くと、男女ともに知っている名前が並んでいた。
「残っている三年C組、全員声かけられるといいなあ。結構行方不明が多いんだよね。石川みたいになってなければいいけど」
「石川がどうかしたの?」
 高校生のころ、私は石川とつきあっていたことがある。卒業と同時に、ほぼ自然消滅だった。

「キンタ、石川とつきあってたよね。いつまでだった?」
 ヒーコは言い難そうに質問する。
「大学入学して、すぐに別れた。もう顔も覚えてないや」
 ヒーコの視線が私のおなかに向けられ、月齢を確認したかのように顔に向いた。
「知らなかったの? 驚かないでね。石川、二年くらい前に死んだんだよ。孤独死で、会社の人が見つけたの」
 えっと声が出た。孤独死って言葉自体が、三十代前半の私たちに、ひどくそぐわなかったから。
「自死じゃないの。なんか急を要する病気だけど、ひとり暮らしだったからって」
 ヒーコが言いかけたとき、駅の時計が目に入った。お迎えの時間に遅れてしまう。
「ごめん、保育園に子供待たせてるんだ。またね」
 慌てて別れて、駅の階段を降りた。

 死んだ、石川が死んだ。頭の中で何度か繰り返し、顔を思い出そうとしたけれど、待たせている子供のほうが気掛かりで、後回しになる。もう長い間思い出しもしなかった人は、自分にとっていない人になっていた。
 はじめてのセックスの相手だった。一緒に海にも行った。思い出すのはエピソードだけで、肝心の本人が出て来ない。私はもう高校生じゃなくて、子供を持つ母親なのだ。
 どうでも良くなってしまったんだ。かつて好きだった人のはずなのに、自分の中に痛みすらみつけられないなんて。唇を噛みながら保育園まで歩き、遅いと抗議する子供と手を繋いで帰る。家に帰れば、家事と子育ての戦争が待っているのだ。

 子供を寝かしつけるために横になっているうちに、自分もウトウトしてしまう。そのとき、頭の奥で声がした。
『金田ぁ。俺、おまえのこと、好きだわ』
 その声にパカッと目が開き、心臓が大きく打った。何年も思い出さなかった、石川の声だ。

 子供の布団の横に座り、天井を向いた。石川だって私のことなんて、忘れていたくせに。きっと私が死んでいたって、気にもしなかったでしょう。それでも、今日は。
「思い出せなくて、ごめんね。今、思い出したから」
 照れたような笑いかたをする石川が、確かに好きだった。避妊に四苦八苦して、ようやくセックスできたときは、私も嬉しかった。思い出したよ、ちゃんと。
 思い出したから、やっと言える。心の中だけの声で。

「さよなら」

fin. 
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