トクソウ最前線

蒲公英

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腑に落ちないの

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 翌々日にマンションをいくつか回ってきた竹田さんと片岡さんが、揃って日報に記入しているタイミングで帰社した和香は、お茶のペットボトルをデスクに置いた。
「老害のマンション、行ってきたぞ」
 竹田さんが笑いながら言う。
「ヘコヘコしてたけどね。相手見て態度変えるタイプだね、あれは。誤魔化せると思ってんのかね。抜き打ちで何回か行くようだな」
 片岡さんがペンを置いて、湯飲みを持ち上げた。男の人が行けばヘコヘコするのかと思うと、それはそれで腹が立つ。
「あーいうのは、俺が行ってもダメだわ。若手は全部自分よりバカだって思いこんでるから、俺が言うと逆上かまされるだけで話にならねえ。片岡さんと菊池さんに頼む。それでダメだったら、副社長に出張ってもらうから」
 竹田さんの言葉を、不思議に思いながら聞いていた。リーダーは竹田さんなのだから、竹田さんの言うことを聞かせるように仕向けなくて良いのだろうか。
「和香ちゃん、腑に落ちない顔してるねえ」
 菊池さんに見抜かれ、ちょっとドギマギする。
「最終的には自分の仕事を自分でしてもらえば良いんだから、手段なんか使えるだけ使えばいいの。管理さんには、竹田ちゃんから文句言ったけどね」
「ああなるまで放っておいた責任者は誰だって話だろ。副社長までバレちゃったんだから、今晩は管理責任者の会議があるみたいだぞ」
 竹田さんが大きく伸びをして、ぼわーっと欠伸した。

 なんだかね、私が知っている仕事の進め方と違う気がする。仕事は上から下におろすもので、下は割り振られたものをこなすもの。均等な仕事の割り振りは上の責任で、作業の遅滞は下の責任、違う? 年配者の多い仕事だからか、佐久間サービスの人間の使い方の種類は、和香が知っている場所と違う。うーんと軽く首を傾げた。
「和香ちゃんが考えてることって、なんとなーくわかるんだけどさ」
 もう帰り支度を済ませた由美さんが言う。
「トクソウって、ちょっと中途半端な位置なんだよね。部署としては副社長直轄だけど、管理さんたちの上にいるわけじゃないし。依頼ごとに優先度をこっちで考えて動いてるから、必要のない部署だとか言う人もいるわけ。そんなの会社によって仕事内容も働く人間も違うんだから、仕方ないよ。頭の固くなった人たち相手は、たまにキーッてなるけどね」
「私らと年齢はそんなに変わらないんだけどなあ。俺も老害にならないように、気をつけよう」
 絶対に老害になりそうもない片岡さんが、話を締めた。

 確かに仕事内容も働く人間も違うのだから、和香が持っている薄い社会経験なんか役に立たないのだとは思う。でもやっぱり腑に落ちないものは腑に落ちなくて、下唇を突き出しながら着替えに向かう。こんなときに気分転換と頭の整理をさせてくれる友達がいればな、と思いながら、せいぜい駅から家への道でウィンドウショッピングをするだけ。
 つまんないな。何の楽しみがあって、こんな仕事してるんだろう。極論と言えば極論の、だけどどうしようもない和香の本音だ。

 会社を出ようとしたら、後ろから頭を小突かれた。
「片岡さんと焼き鳥屋に行くんだけどさ、おまえも来る?」
 仕事帰りに食事に誘われたのなんて、ここ四年間ではじめてかも知れない。驚いて竹田さんの顔を見上げた。
「おまえ呼ばわりはやめてください。それとスイカじゃないから」
「用事がなければ行こ、和香ちゃん。旨い焼き鳥屋があるんだよ」
 片岡さんににっこり誘われて、頷く。こんなことにワクワクしちゃうんだと自分に呆れながら、突き出していた下唇が引っ込んでいることに気がついた。
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