トクソウ最前線

蒲公英

文字の大きさ
上 下
24 / 54

嬉しそうですね

しおりを挟む
 体育館に入ると、学校事務さんが追うように入ってきた。先に二階に上がっていた竹田さんが、暗幕を引っ張ってみている。
「すみません。緞帳は業者さんが取り付けてくれる手筈になってるんですが、暗幕は納入業者が違うので取り付けまではしてくれなくて。佐久間サービスさんのほうでお願いできますか。できるのでしたら、副校長から改めて依頼を出します」
 和香には返事のしようがないので、事務さんと一緒に二階まで行くと、竹田さんは暗幕を開いてカーテンボックスの中を指差した。
「暗くてよく見えないと思いますけど、追加予算が取れるのならカーテンレールも替えることをおすすめします。錆びてて滑りが悪いうえに、タマがいくつか無くなってるけど主事室のストックと規格が違います。外れかけている個所はビス止めしますけど、歪んでる部分が多い」
 竹田さんの顔が、清掃の打ち合わせをしているときと違う。楽しそうって言葉が当て嵌まるのなら、それだ。事務さんと何かやりとりしているのを慌てて聞くが、基本的にここで決められるようなことじゃないから、お互いにできることとできないことを確認するだけだ。
「佐久間サービスさんでカーテンレールの取り付けはできるんですか」
 事務さんの質問に、竹田さんが答える。
「できますけど、小修繕の範囲じゃなくなっちゃうんで、別請求になります。もしアレなら、見積り出しますよ」
 口調も違う。何かのスイッチが入ってるみたい。

 事務さんが話し終えて体育館から出ていったあと、箒で昇降口のクモの巣を払っている竹田さんに、確認した。
「カーテンレールの交換とか、壁の上塗りとかって言ってましたけど、佐久間サービスでできる人、いるんですか」
 間髪入れずに戻る返事は、一言。
「俺!」
「はい?」
「俺ができんの。本職だぞ、任せろ」
 そういえば、はじめて紹介されたときに前職は内装屋だと聞いた気がする。内装っていうのがよくわからないけど、カーテンとかペンキも含まれるのか。なんか、すっごく嬉しそうなんだけど。
「やりたいんですか」
「いや、別に。会社がやれって言えばやるよ」
 素直じゃない返事に、和香の頬が緩んだ。君にしか頼めないからお願いって言われたいのかな。

 昼食時間を挟んで、午後も同行することになる。途中の定食屋で隣り合わせに座ることは、もう抵抗がなくなった。喋りたくなければスマートフォンを出してしまっても良いのだし(竹田さんもそうしてるし)仕事の話をしてもいいのだ。共通の話題はまだ、とても薄い。けれど、無理して話を合わせなくて良いのだと思う。相手が言っていることがわからないのに、わかったふりで頷かなくていい。他人を褒めるつもりで自分を卑下したり、羨ましくもないのに羨ましがって見せたり、あんなことは必要なかった。
 必要のないことを繰り返して疲れて、しかもその内容が、外から見ても空々しかったんだ。空々しい会話なんて誰もしたくないから、遠巻きになる。そして余計に空回りする。
 親子丼に箸を入れながら突然思い至ったあれこれに、思わず目を見開く。そうか、そういうことだったのか。気を使ったつもりの、使い方が間違っていたんだ。
「メシ食いながら寝るなよ」
 手が止まった和香に、もう食べ終わってしまった竹田さんが突っ込む。
「寝てないです」
 慌てて箸を動かしながら、午後に行く小学校ははじめてだなと思った。
しおりを挟む

処理中です...