32 / 54
本当なんだ
しおりを挟む
思いの外長引いた除草作業で、会社に戻ったときはもう植田さんしか残っていなかった。
「お疲れさん。竹田ちゃん、明日休むって」
さっき焦って帰ったことが、理由だろうか。
「お母さんがケガしたんだって。だからお父さんを一時入院させるって…… お父さんのこと、聞いてる?」
「あ、いえ。なんか事故の後遺症があるみたいなことは、由美さんから少し」
自分から言って良いかどうかわからないけどね、と植田さんが言う。
「機嫌が悪くなると歯止めがきかないみたい。元は理性的な人だったらしいけどね。デイサービス使って、夜は竹田ちゃんが世話係してるみたいだけど、お母さんも結構限界らしいよ。今日は何か重いもの投げられたんだって」
なんだかもう、どうやって相槌が打てば良いというのか。
「介護施設に空きが出るってことは、誰かが死ぬってこととニアリイコールだけど。でも竹田ちゃんのために、早く順番が来て欲しいって心底思うよ」
「そうですよねえ……」
詳細を聞いたわけでもないのに、話題が重たい。心配しても気を揉んでも、解決してはやれない。
お疲れさまでしたと会社を出ても、空はまだ明るい。とぼとぼ歩きながら、自分の世間の狭さを考える。自分の両親や弟が、何の前触れもなく突然介護状態になることだってあるなんて、想像したこともないし想像できない。けれど何らかの知識があれば、共感くらいはできるのではないか。介護のことだけじゃない。恋愛に関することや、出産や、仕事の悩みや、それ以外のいろいろなことに想像の範囲が及ばない。
優しいってことは、想像力があるってことだ。ただ共感するだけで人間は安心するのに、それができないなんて。
帰宅したらすぐに、翌日会う友人からSNSにメッセージが入った。場所と時間を決めて、お茶じゃなくてごはんね、なんて確認しているうちに、やっと気分が浮上してくる。上がったり下がったりの気分が疲れるけれど、下がりっぱなしよりずっと良い。
そうか、気分転換ってこういうことを言うんだな。自分だけで浮上できないんなら、他人の力を借りるのも手だ。そんなことも学習しないで二十四年も生きてきたって、どういうことよ。それこそ目を開けて寝ていたって言われても、仕方ない。
翌日出社して、ホワイトボードを眺めた。依頼事項が何件も書かれていて、緊急性のあるものは赤いマグネットがつけてある。今のところ、力仕事やテクニックを必要としているものはない。大丈夫、二日や三日竹田さんが休んでも、十分凌げる。
もう出社していた菊池さんと植田さんは、地図を押さえながら一日で回れる順路を確認していた。緊急事項として入っている企業での用務員業務は、何度か行ったことのある片岡さんが引き受けてくれたらしく、出発済みだ。
時間ギリギリで由美さんが出社してきて、ルートと組み分けが決まったところで、副社長が顔を出した。
「あ、そうか。竹田は休みだっけ。舘岡中の見積が通ったから、工事日程打ち合わせるんだけど」
「明日は一応出社の予定ですから、本人とお願いします。それより、お父さんの施設の話って、副社長は聞いてる?」
質問者は由美さんだが、全員気になっていることだ。竹田さんに直接質問できれば良いのだが、家族のことっていうのは本人が言いださない限り、話題にし難い。
「具体的なタイミングは知らないけど、掛かってる病院の附帯施設だっていうのは聞いてる。空きと優先順位の問題だから、昨日の件も考えれば早いかも知れない。まあ、いつ竹田が抜けても大丈夫なようにしといて」
無責任な言い分である。
珍しく由美さんとペアになって、福祉センターのシャワールームに入った。レインコートを着て天井のカビを柄の長いモップで拭き取ると、それだけで汗だくになる。熱中症が怖いので、十五分ごとに外に出て休憩を入れた。
「こんなこと、年寄りにさせられないもんね。竹田ちゃんがいなくなるんなら、もうひとりくらい若い子入れてもらわないと」
「確かに」
竹田さんがいなくなることが決定事項ならば、頼っていてはいけないんだ。少しの緊張と不安は、続く。
「お疲れさん。竹田ちゃん、明日休むって」
さっき焦って帰ったことが、理由だろうか。
「お母さんがケガしたんだって。だからお父さんを一時入院させるって…… お父さんのこと、聞いてる?」
「あ、いえ。なんか事故の後遺症があるみたいなことは、由美さんから少し」
自分から言って良いかどうかわからないけどね、と植田さんが言う。
「機嫌が悪くなると歯止めがきかないみたい。元は理性的な人だったらしいけどね。デイサービス使って、夜は竹田ちゃんが世話係してるみたいだけど、お母さんも結構限界らしいよ。今日は何か重いもの投げられたんだって」
なんだかもう、どうやって相槌が打てば良いというのか。
「介護施設に空きが出るってことは、誰かが死ぬってこととニアリイコールだけど。でも竹田ちゃんのために、早く順番が来て欲しいって心底思うよ」
「そうですよねえ……」
詳細を聞いたわけでもないのに、話題が重たい。心配しても気を揉んでも、解決してはやれない。
お疲れさまでしたと会社を出ても、空はまだ明るい。とぼとぼ歩きながら、自分の世間の狭さを考える。自分の両親や弟が、何の前触れもなく突然介護状態になることだってあるなんて、想像したこともないし想像できない。けれど何らかの知識があれば、共感くらいはできるのではないか。介護のことだけじゃない。恋愛に関することや、出産や、仕事の悩みや、それ以外のいろいろなことに想像の範囲が及ばない。
優しいってことは、想像力があるってことだ。ただ共感するだけで人間は安心するのに、それができないなんて。
帰宅したらすぐに、翌日会う友人からSNSにメッセージが入った。場所と時間を決めて、お茶じゃなくてごはんね、なんて確認しているうちに、やっと気分が浮上してくる。上がったり下がったりの気分が疲れるけれど、下がりっぱなしよりずっと良い。
そうか、気分転換ってこういうことを言うんだな。自分だけで浮上できないんなら、他人の力を借りるのも手だ。そんなことも学習しないで二十四年も生きてきたって、どういうことよ。それこそ目を開けて寝ていたって言われても、仕方ない。
翌日出社して、ホワイトボードを眺めた。依頼事項が何件も書かれていて、緊急性のあるものは赤いマグネットがつけてある。今のところ、力仕事やテクニックを必要としているものはない。大丈夫、二日や三日竹田さんが休んでも、十分凌げる。
もう出社していた菊池さんと植田さんは、地図を押さえながら一日で回れる順路を確認していた。緊急事項として入っている企業での用務員業務は、何度か行ったことのある片岡さんが引き受けてくれたらしく、出発済みだ。
時間ギリギリで由美さんが出社してきて、ルートと組み分けが決まったところで、副社長が顔を出した。
「あ、そうか。竹田は休みだっけ。舘岡中の見積が通ったから、工事日程打ち合わせるんだけど」
「明日は一応出社の予定ですから、本人とお願いします。それより、お父さんの施設の話って、副社長は聞いてる?」
質問者は由美さんだが、全員気になっていることだ。竹田さんに直接質問できれば良いのだが、家族のことっていうのは本人が言いださない限り、話題にし難い。
「具体的なタイミングは知らないけど、掛かってる病院の附帯施設だっていうのは聞いてる。空きと優先順位の問題だから、昨日の件も考えれば早いかも知れない。まあ、いつ竹田が抜けても大丈夫なようにしといて」
無責任な言い分である。
珍しく由美さんとペアになって、福祉センターのシャワールームに入った。レインコートを着て天井のカビを柄の長いモップで拭き取ると、それだけで汗だくになる。熱中症が怖いので、十五分ごとに外に出て休憩を入れた。
「こんなこと、年寄りにさせられないもんね。竹田ちゃんがいなくなるんなら、もうひとりくらい若い子入れてもらわないと」
「確かに」
竹田さんがいなくなることが決定事項ならば、頼っていてはいけないんだ。少しの緊張と不安は、続く。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
流れる星は海に還る
藤間留彦
BL
若頭兄×現組長の実子の弟の血の繋がらない兄弟BL。
組長の命で弟・流星をカタギとして育てた兄・一海。組長が倒れ、跡目争いが勃発。実子の存在が知れ、流星がその渦中に巻き込まれることになり──。
<登場人物>
辻倉一海(つじくらかずみ) 37歳。身長188cm。
若い頃は垂れ目で優しい印象を持たれがちだったため、長年サングラスを掛けている。 組内では硬派で厳しいが、弟の流星には甘々のブラコン。
中村流星(なかむらりゅうせい) 23歳。身長177cm。
ストリートロックファッション、両耳ピアス。育ててくれた兄には甘えん坊だが、兄以外の前では──。
表紙イラストは座頭狂様に描いて頂きました✨ ありがとうございます☺️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる