トクソウ最前線

蒲公英

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言葉にしなくとも

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 ちょうど緞帳の取り付けが終わり、片付けがはじまっているところだった。ギャラリーではまだ暗幕の設置が行われていたが、そろそろ終盤だ。外では植田さんと菊池さんが、バケツ三杯分にもなるアンズを収穫し、主事室に運んでいた。
 もうステージなら掃除に入れると、モップや掃除機を運び込むと、竹田さんがギャラリーから降りてきた。
「お疲れさん。思ったより時間掛かっちゃって、悪かったな。俺らももう片付けだから、全員で一気に終わらせちゃおう。こっちも掃除機持って来てるから」
 あの、俺らとかこっちとかって、誰と誰のことですか。竹田さんは佐久間サービスの社員で、職人さんたちが外部の人なんですよね。竹田さんの言い分がとっても不満で、和香は唇をきゅっと結んだ。その感覚は和香だけのものらしく、他の人たちは普通の顔だ。

 工事資材を運び出すときも、古い暗幕を畳んで括るときも、竹田さんの顔は何故かとても楽しそうで、来てもらっている職人さんたちとのやりとりも軽快で、佐久間サービスにいるときよりも若々しい。あれが本来の竹田さんなんだろうか。同じ作業着を着てるってことは、竹田さんが前にいた会社の同僚なんだろう。そしていずれ近いうちに戻っていく場所の。
 竹田さんは副社長の後輩だって言っていたから、おそらく地元で繋がりのある会社なんだと思う。そうしたら、竹田さんがいなくなった後にこんな案件があったら、また依頼するのかも知れない。完全に切れてしまうわけじゃない。

 ギャラリーからハタキをかけて埃を落としたところで、キャップを後ろ前に被った内装職人さんたちが一斉に掃除機をかけはじめる。三人もいると、さすがに早い。体育館は水拭き厳禁なので不織布のモップで細かい埃を取りながら、床面のチェック(ささくれていないか、床が浮いていないか、みたいな)をしていく。その間に昇降口が洗われ、体育館の清掃は完了だ。
 緞帳と暗幕の交換で、おそろしく古い体育館が少々小綺麗に見える。清掃用具を運び出しながら、和香は体育館を振り返った。

 新しくなったもの以外は、特別綺麗になったわけじゃない。ギャラリーの手すりは錆びているし、窓のコーキングは切れた場所が多いし、壁はベニヤで補修してあったりする。だけど、満足。
 ただの自己満足だけど、体育館のどこを触っても埃が気にならないなんて、そうそうあることじゃない。現に三台の掃除機のフィルターは、結構目いっぱいだった。もちろん自分だけでやったんじゃなくて、チームでの作業だからできたんだ。
 流れは滞らなかった。自分が何をしたら良いのかなんて確認しなくとも、自然に分担作業できていた。言葉にしなくとも、コミュニケーションはできる。なんて充実感なんだろう。

 主事室に戻ったら、もう鈴木さんがアンズを袋詰めしてくれていた。
「和香ちゃんが去年、何回もおいしかったって言ってたから、私もさっき食べてみたわ」
 おそるおそる食べてみている由美さんが、笑顔になっていくつか小さな袋に入れて、他の人は全員いらないと言う。内装職人さんたちはもう車に向かっているし、管理さんは副校長先生に施工後の確認作業をしてもらっている。
「職員室でも喜んでたわよ。家に持って帰って加工するからなんて、綺麗な実を選んでる先生もいたくらい」
 その言葉を受けて、植田さんが言う。
「残ったの全部持って帰って、和香ちゃんも何か加工してよ。俺はアンズ酒でいいから」
「ああ、酒なら俺も飲むかな」
 菊池さんが同調し、みんなが笑う。
「オジサマたちの糖尿病罹病を目指して、砂糖いっぱいの甘いお酒にしましょう」
 和香も負けずに返して、場が明るくなった。

「和香ちゃん、楽しく仕事してるみたいね」
 舘岡中を出るとき、鈴木さんが言った。
「はい。可愛がってもらってます」
 和香が答える。トクソウではもう、自分だけのペースで仕事ができるからなんて言わなくても良い。だってちゃんとコミュニケーションが取れているから。和香がこうしたいと主張したことを、誰かが受けて検討してくれる。その結果がポリッシャー掛けであり、アンズの収穫だ。
 同僚に構えて、卑屈になったりしなくて良いんだ。トイレに籠るより、一緒に笑った方が良いに決まってる。
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