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暑くなると
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舘岡中の周年行事が無事に終わり、梅雨の合間を縫ってプール清掃しながら、夏が近づいてくる。各現場の雑草は生い茂り、湿った場所のカビ対策に呼び出され、人数が必要な補修がありと、毎日ホワイトボードに依頼が書かれていく。そして年配者の多い職場にありがちなことに、気温の変化について行けずに体調を崩す作業員のサポートが入る。
「自分の体力を過信しないで、こまめに休憩を入れて水分を補給してください」
本部がどんなに言ったところで、真面目な作業員であればあるだけ、無理をしてしまう。日が高くなってからの外作業なんて最たるもので、もう少しもう少しと除草作業をしているうちに熱疲労を起こし、それを体力不足とか怠けだと認識して更に頑張ってしまい、挙句に動けなくなる。そして点滴を打った翌日に、また出勤してくるのである。人工仕事だから自分がいないと迷惑がかかる、とか言うのだが、そこで救急車沙汰だともっと迷惑だと言い聞かせても、そこまで体力は低くないから大丈夫だとか言う。責任感が強いうえに体力の衰えに気がつかない人は多く、それをセーブさせるために片岡さんと菊池さんが学校回りで出ずっぱりになる。
ただ具合が悪くなるのは、なにも年配者だからじゃない。和香だって油断すれば、同じように夏に攻撃されるのだ。
なんだか眩暈がするとは思っていた。手洗いに入ったとき、自分の排泄したものの臭いが強いとも思った。けれど三十分前にも休憩は入れたし、スポーツ飲料もちゃんと飲んでいる。若干睡眠不足で、そのために血圧が低めなのだと思っていた。ベタベタした汗が身体をコーティングして、余計に暑いような気がする。
「榎本さん、休憩にしようよ」
常駐の用務員さんが声をかけてくれたとき、除草のキリをつけるのに良い位置までは一メートルもなかったから、ここが終わってから行きますと答えたのだ。校庭には日陰になる場所は少ない。なんかフラフラするなあと立ち上がったら、強烈な眩暈が来た。ヤバい、貧血かもとフェンスに掴まり、眩暈の波が去るのを待つ。除草用具を片づけるのが苦痛で、雑草を入れたゴミ袋はその場に置いたまま、カマだけを持って立ち止まりながら移動する。そして少し日陰になっている渡り廊下のコンクリート床に腰を下ろしたら、動くのが億劫になった。その時になって、これは熱中症の症状だと気がついた。まだ動けるし汗は止まっていない、少し休めば大丈夫。目を閉じて靴と靴下を脱ぎ、足を伸ばした。休憩に誘われてから経った時間は、和香の体感では五分もないはずだった。
「なーにやってんだ、おまえは」
頭を小突かれて、目を開けた。
「あれ? 竹田さん、今日は文化センターじゃないんですか?」
「終わったから、こっちに回ったの。休憩だって声かけてから三十分も戻って来ないって言うから、探しに来た」
隣に腰を下ろして、竹田さんは和香の頭に手を当てた。
「熱、籠ってんじゃないか。主事室まで歩けるか」
「え、もう大丈夫です。作業に戻れ……」
「真っ赤な顔して何言ってんだ、バカが」
竹田さんは和香の言葉を遮るように被せ、肘を掴んで立ち上がらせた。
主事室で保冷剤をもらって首に当てると、ぶるっと身体に震えが走った。麦茶を差し出され、一気に飲む。
「若いから体力あるねって言ってたんだけど。無理しないで気をつけてね」
用務員さんたちに心配されて、返す言葉もない。
「ご心配かけて、申し訳ありません。こいつの自転車、明日取りに来させますから」
車の中を冷やしていてくれた竹田さんと一緒に、主事室を出た。
助手席で回復し始めた和香は、ふと週末のことを思い出した。
「土曜日の研修内容に、熱中症予防と対策っていうの、入れたらどうでしょう」
咥え煙草の口元から、ぶわっと煙が出た。咳き込みながらの笑いが漏れる。
「何を言い出すかと思ったら」
ゲホゲホと咳が収まると、もう一本煙草に火を点けながら竹田さんが言った。
「転んでもタダじゃ起きないっていうより、転んでから何か拾おうとして探してる人みたいだな」
そしてもう一言。
「案外と逞しいな、おまえ。安心したわ」
逞しいって言葉は、果たして誉め言葉なのか。
「自分の体力を過信しないで、こまめに休憩を入れて水分を補給してください」
本部がどんなに言ったところで、真面目な作業員であればあるだけ、無理をしてしまう。日が高くなってからの外作業なんて最たるもので、もう少しもう少しと除草作業をしているうちに熱疲労を起こし、それを体力不足とか怠けだと認識して更に頑張ってしまい、挙句に動けなくなる。そして点滴を打った翌日に、また出勤してくるのである。人工仕事だから自分がいないと迷惑がかかる、とか言うのだが、そこで救急車沙汰だともっと迷惑だと言い聞かせても、そこまで体力は低くないから大丈夫だとか言う。責任感が強いうえに体力の衰えに気がつかない人は多く、それをセーブさせるために片岡さんと菊池さんが学校回りで出ずっぱりになる。
ただ具合が悪くなるのは、なにも年配者だからじゃない。和香だって油断すれば、同じように夏に攻撃されるのだ。
なんだか眩暈がするとは思っていた。手洗いに入ったとき、自分の排泄したものの臭いが強いとも思った。けれど三十分前にも休憩は入れたし、スポーツ飲料もちゃんと飲んでいる。若干睡眠不足で、そのために血圧が低めなのだと思っていた。ベタベタした汗が身体をコーティングして、余計に暑いような気がする。
「榎本さん、休憩にしようよ」
常駐の用務員さんが声をかけてくれたとき、除草のキリをつけるのに良い位置までは一メートルもなかったから、ここが終わってから行きますと答えたのだ。校庭には日陰になる場所は少ない。なんかフラフラするなあと立ち上がったら、強烈な眩暈が来た。ヤバい、貧血かもとフェンスに掴まり、眩暈の波が去るのを待つ。除草用具を片づけるのが苦痛で、雑草を入れたゴミ袋はその場に置いたまま、カマだけを持って立ち止まりながら移動する。そして少し日陰になっている渡り廊下のコンクリート床に腰を下ろしたら、動くのが億劫になった。その時になって、これは熱中症の症状だと気がついた。まだ動けるし汗は止まっていない、少し休めば大丈夫。目を閉じて靴と靴下を脱ぎ、足を伸ばした。休憩に誘われてから経った時間は、和香の体感では五分もないはずだった。
「なーにやってんだ、おまえは」
頭を小突かれて、目を開けた。
「あれ? 竹田さん、今日は文化センターじゃないんですか?」
「終わったから、こっちに回ったの。休憩だって声かけてから三十分も戻って来ないって言うから、探しに来た」
隣に腰を下ろして、竹田さんは和香の頭に手を当てた。
「熱、籠ってんじゃないか。主事室まで歩けるか」
「え、もう大丈夫です。作業に戻れ……」
「真っ赤な顔して何言ってんだ、バカが」
竹田さんは和香の言葉を遮るように被せ、肘を掴んで立ち上がらせた。
主事室で保冷剤をもらって首に当てると、ぶるっと身体に震えが走った。麦茶を差し出され、一気に飲む。
「若いから体力あるねって言ってたんだけど。無理しないで気をつけてね」
用務員さんたちに心配されて、返す言葉もない。
「ご心配かけて、申し訳ありません。こいつの自転車、明日取りに来させますから」
車の中を冷やしていてくれた竹田さんと一緒に、主事室を出た。
助手席で回復し始めた和香は、ふと週末のことを思い出した。
「土曜日の研修内容に、熱中症予防と対策っていうの、入れたらどうでしょう」
咥え煙草の口元から、ぶわっと煙が出た。咳き込みながらの笑いが漏れる。
「何を言い出すかと思ったら」
ゲホゲホと咳が収まると、もう一本煙草に火を点けながら竹田さんが言った。
「転んでもタダじゃ起きないっていうより、転んでから何か拾おうとして探してる人みたいだな」
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