暮井慈の事件簿

藤野

文字の大きさ
28 / 28
file.2 資産家の死

18.エピローグ

しおりを挟む
「慈ちゃん、波野さんも、隠し部屋のこと、本当にありがとうございます」

 緩やかな微笑を浮かべつつ、紡が丁寧に頭を下げる。
 それに雄は大したことはしていないと慌て、慈もまた気にしないでと穏やかに微笑んで友人を起こさせた。

 間近で見た紡の目元は、涙こそ無いもののやはり赤くなっている。
 あの隠し部屋から、紡が持ち出したのは写真立てとアルバムだけだった。写真立ては自室に飾る予定らしい。

 ではアルバムはといえば、今回の騒動で御用となってしまった叔父叔母に渡すつもりでいるらしい。
 というのも、アルバムに収められていたのは紡の父、しゅうを含めた三兄妹の成長の軌跡だったのだ。

 たとえ絶縁しようとも、女傑と謳われた祖母でさえ切り捨てられなかった、家族の証。

 叔父叔母が祖母をどう思っているかは知らないが、自分が持つよりは、というのが紡の考えらしい。

 隠し部屋の物品たちは、まず何があるのか目録を作った上で公的機関に届け出るそうだ。
 それに関しては、雄から刀剣類はなるべく早めに届け出るようにと助言があった。

 古い家から刀剣類が出てくることは偶に聞く話だが、登録証の無い物をそのまま所持し続けることは銃砲刀剣類等所持取締法により禁じられている。
 万が一を防ぐためにも、とあれこれ指導する彼はいかにも警察官らしく、紡は昨日今日で見てきた印象とのギャップに目を白黒させながらも真剣な顔で聞いていた。

 それらが済んでようやく、慈たちは車を停めていたロータリーに移動した。
 見送りには紡と、話を聞いたらしい亀山をはじめとした使用人たちまでやってきた。
 やはり紡に親身になってくれるのだとわかって、慈は友人を左右から挟む彼らを眩しそうに細めた目で見た。

「じゃあ、また大学で会いましょう」
「うん。本当にありがとう。また大学で」

 慈が紡と別れの挨拶を交わす一方で、雄は亀山と二、三言葉を交わしていた。

「…………暮井様もですが、貴方もなかなかに不思議な方でいらっしゃるようだ」

 亀山にそう言われて、雄は何のことかと首を傾げた。
 しかし、亀山は何も補足せず、腰から丁寧に体を折り曲げ礼を捧げた。

「この度は、誠にありがとうございました」
「いえいえ。市民を守るのは自分の職務ですから」

 どうか頭をあげてくださいと、今度は落ち着きを持って対応する。
 それでもなんとなくこそばゆさは抜けなくて視線を逸らせば、従妹は友人と熱い抱擁を交わしていた。それを周囲の使用人たちが微笑ましげに見守っている。

「慈、そろそろ乗れ。帰るぞ」

 割り込むように声を投げて、自身も車に乗り込む。
 一同に見送られながら、車はエンジン音を立てて上条家を後にした。



*****

ここまで読んでいただきありがとうございます!
「暮井慈の事件簿」、これにて一区切りとさせていただきます。
また新しいお話を思いついたら更新するかもしれません。
その際は何卒よろしくお願い致します。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

処理中です...