銀の魔術師

kaede

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銀の魔術師

23 消えた竜騎士

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「ありがとうございます。それじゃ、よろしく頼んます!」 

 ウィスレムが元この町の魔術師だった男と話をまとめている。
 これで十四件目だ。
 エデンの仕事は馬車の荷台で寝転んで待っていることだった。交渉はウィスレムに全部任せた。確かに、グレックが認めた事があってその手際は見事な物だった。あっと言う間に相手と仲良くなって最後にはお土産まで貰ってくる始末だ。
 そうすると逆にどうして俺がやってきたのが疑問になってくる。恐らくグレックはウィスレムの護衛を兼ねても俺をつけたのだろう。あとは、ダイアナの父親に俺を会わせたかったのではないだろうか。

 フライスさんの情報は的確だった。出会う人皆がグレックの名を聞くと喜んで力を貸してくれた。
 皆、王宮の魔術師、竜騎士を辞めた者や反王政派の者だった。
「おい、ウィスレム。この最後の一人が○じゃなくて△がついてるぞ?」
 ウィスレムはエデンからリストを受け取るとその名を見て驚く。

△『シュベルト・ケイン』

「おい、こいつはシュベルトじゃねーか。なんつーこった。こんなお方がこんなところにいたのかよ」
「シュベルト?誰なんだ?」
 ウィスレムは両手を広げてエデンに説明する。
「俺が王宮に配属された頃にはもう姿をくらましてしまったんだがそれでも有名だったぜ。王国始まって以来最強の竜使い。百戦錬磨の騎士。人間兵器。とにかく決闘や戦で負けた事がなかったという話だ。このシュベルトっていう男は魔術師でもないのに特別に二等魔術師の位をもらったんだぜ?しかも、25歳でだ。異例中の異例だぜ。とにかく竜を操ったら凄くてな、気づいた時には死んでいるらしいぜ。もっともそれを体験した人に話を聞いた訳ではないけどな」
「どうしてそんな奴が王宮から離れたのか?」
「それが消えたんだよ」
「は?」
「ある日特別な任務に向かった後突然姿を消しちまったらしい。噂では戦が嫌になったとか、恋人と駆け落ちしたとか色々あったが実際のところ不明らしい。王宮も結構あちこち探したもんだがこんなところにいたとは驚きだぜ」
 なるほど、とエデンは目をつむって考え込んだ。
 どうしてシュベルトは王宮から消えてしまったのだろうか。私情だろうか。もしくは辞めるきっかけがあったのか。
 ウィスレムは馬車を走らせている。
「おい、ウィスレム。次の交渉、俺が行く」
 ウィスレムは驚いて振り返った。
「どういうことだ?いいけどよ、どうしたんだ急に?」
「いや、なんとなくだ」
 エデンはコートの襟を立てた。

     *      *

「おいパフ、本当にここでいいのか?なんか、アレじゃないか?」

 アレってなんだよと思い馬車から顔を出すと本当にアレだった。
「ここ…本当に人住んでるのか?」
 崩れかかった巨大な豪邸の廃屋だった。
 ここの前の住人は相当な金持ちだったのだろう。この砂漠の中で噴水まで作ったようだ。そんな豪華絢爛な庭も今はつたが絡まっているばかりだ。

-これは火事のあとか?

 家は火事があり放棄されたようだ。焦げたような跡があり、炭となった家具もある。
「ウィスレム、そこで待っていてくれ。行ってくる」
 エデンは馬車から降りた。
「おいおい。マジで行くのかよ?やめとけよ」
「なんか出たら、その時はその時だ」
 エデンはニッと笑って敷地に足を踏み入れた。

 古くて重そうな扉を叩く。…返事はない。
 エデンは扉を開こうとしたが重くて開かなかった。魔術を使ってこじ開けようと思ったがふと使うのをやめて屋敷をグルリと一周する。
 エデンの思った通り、屋敷の後ろに裏口のようなものがあった。
 裏口をノックする。やはり返事はない。
 エデンが軽く押すと扉は開いた。

 ゆっくりと足を踏み入れる。扉の先には窓のない廊下が続いていた。暗い廊下はカビ臭く、埃まみれだが人が通った形跡が見られる。
 エデンはゆっくりと進んで廊下の先の扉のノブに手をかけた。
 ガチャリと回す。
 扉を開けた先の部屋は真っ暗で何も見えなかった。
 エデンは一歩踏み出した。
 しかし、踏み出した足は紐のようなものにあたった。エデンは紐に躓いてよろける。その刹那、エデンの体は一回転して地面に叩きつけられていた。
 起き上がろうとすると鼻先にナイフが突きつけられている。

「まったく。こんなところまで入ってきてしまうなんて、最近の若者は勇気があるのか単に馬鹿なのか」
 暗いので誰だかは分からないが男の声がする。
「シュベルト・ケインか?」
 エデンは落ち着いて尋ねる。相手はエデンが名前を出したことに驚いたらしい。
「そうだが、どこでその名を知ったのかな?君は王宮の魔術師か、いや暗殺者か?」
 ナイフが首元へとうつる。エデンはなるべくそのことを考えないようにして返答する。
「いや、違う。グレック、という名を出せば分かるか?」
「ほう、その名をここで聞くことになるとは。お前、何者だ?話してみろ」
 シュベルトはナイフを向けたままエデンに言った。
 エデンは手短に話した。基本的なことしか話していないが王政を打倒するために戦力を集めていること。助けを借りたいこと…などなどだ。精霊の話は誰にもしないようにとグレックには固く口止めされている。
「なるほど、興味深いな」
 目が慣れてきたのでやっと男の人物像が掴めるようになった。年齢は三十に達しているだろうか。凛々しい顔立ちの高身長の男だ。グレックやフィーゴよりも身長は高いだろう。そして筋肉質でガッチリとしている。

「悪いが、答えはノーだ」
 三角が付いていたのでそう簡単にはいかないことは覚悟していた。
「そうか。あなたは強力な竜使いだと聞いている。あなたが来てくれれば勝算は増す」
「分かってないな、君たちは王には勝てない。だから俺は王から逃げ出した。君達は王の事を知らない。グレック様であっても…だ」
 もしかしたら…。エデンは考察する。
「あなたは、この王国の秘密を知っているのか?いや、王のと言うべきなのか」
 シュベルトは立ち上がった。
「行け。もう話は終わった」

-この男はどちらを知っているんだ?俺の父が暗殺されたことか?それとも精霊のことまで知っているのか?

 エデンは立ち上がる。一か八かの勝負に出るしかない。
「エデン」
 エデンが一言いうとシュベルトが反応した。
「俺の名はエデンだ」
「そんな…馬鹿な!」
 シュベルトが高笑いをする。
「貴様。俺を勧誘するためにそんな嘘までつくのか!」
 エデンは黙って魔術を唱えた。

『フレイム』

 通常の炎の魔術だがエデンが使うと威力が違う。
 空気を焦がすようなその熱気にシュベルトは目を見開く。
「君の青い目、もしかして本当に王族なのか?」
 ポツリと呟く。
「もう一度尋ねる。シュベルト・ケイン。俺達に力を貸して貰えないか?」
 シュベルトは腕を組んで考えている。
「例え王族が一人増えようと君達に門を閉じることは出来ないだろう。勝算はない」
 シュベルトは門の事まで知っていた。今は何故かを考えている時間はない。
「切り札がある。門を閉じる能力を持った子がいるんだ」
 この情報は極秘だ。エデンは口走ってしまい後悔する。
「そんな馬鹿な。君の言うことを一概に信じることは出来ない」
 ここまで来たらもう引き返せない。
「信じてくれ」
 シュベルトが近づいてきた。
「目を見せろ」
 シュベルトがエデンの目を覗き込む。
「…嘘は、言っていないようだな」
「どうして分かるんだ?」
 シュベルトは薄く笑った。
「以前、グレックに教えて貰った方法だ。人は嘘をつくと瞳孔に変化が起きる。お前の言っていることは真実だ。しかし、それでも勝算は五分五分といったところだ。グレックもそれは重々承知だと思う」
 それはエデンに言っているというより自分に言い聞かせているようだった。
「協力させてもらう。グレックの作ったノアの箱船に乗ろうじゃないか」
「ご協力感謝する」
 シュベルトは次なる提案を出してきた。
「俺を乗せてけ。アルザスまで向かうのであろう。俺は見ての通りそっちまでいく足がない」
「もちろんだ。荷物はあるのか?」
「少しな。準備をする。外にいてくれ」
「馬車が正門につけてある」
 部屋から出て行こうとしたシュベルトにエデンは慌てて声をかける。
「皆にはパフと名乗っている。俺のことはパフと呼んでくれないか?」
 シュベルトは片手を挙げて奥の部屋へ消えた。

「おいパフ、遅かったじゃねぇか。俺も意を決して乗り込もうと思ったところだったぜ?なんだよ、埃まみれじゃねぇか」
 ウィスレムが待ちかねたようにエデンを迎える。
 そういえばあの汚い床に倒されていたのだった。
 エデンはコートについた埃をはらう。
「待たせたな」
 廃屋からシュベルトが出てきた。
「誰だおめぇ?」
「俺は元王宮二等魔術師、竜騎士隊隊長、シュベルト・ケインだ。馬車に同乗させてもらう」
 ウィスレムが驚きあまって馭者席から落ちた。
「君は王宮の出だろ。悪戯をしてすまないな。このくらいしか今の俺に出来ることはないからな」
 シュベルトは飄々としている。
「ウィスレム。車を出してくれ」
 ウィスレムは痛そうに腰をさすりながら馭者席へ這い上がってきた。

 ウィスレムが鞭を当てると馬は勢いよくアルザスへの道を進み始めた。

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