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銀の魔術師
27 イヴ
しおりを挟むC隊に属したヘレナとウィスレムは並んで歩きながらグディの北の湖を目指していた。
ふと見上げるとA隊が空高く、雲の上を飛んでいるのが微かに見える。それも数秒と経たないうちに見えなくなってしまった。
「私達は一日かけて移動するのにエデン達はいいわねぇ」
B隊は傭兵の集団に、C隊は商人の集団に化けた。
ヘレナは頭巾をかぶっている。相棒の火竜は竜使い達が先に連れて行ってしまった。
今のヘレナの話し相手はウィスレムしかいないのだ。
「そうだなぁ。俺もエデンの真似をして何度も飛ぶ練習をしてみたんだがちょっと浮くだけで精一杯だぜ。まったく、おっさんも歩くのは疲れるんだよなぁ」
ウィスレムも商人の格好に扮している。なんというか、すぐに騙されて一文無しになっていそうな商人だ。
「ウィスレムは気づいてたの?パフのこと…そのエデンだって」
「全く気づいていなかったといえば嘘になるなぁ。あいつに初めて会った時の話をお前にしたか?」
ヘレナが首を振る。
「俺がエデンに初めて会ったのは四年前のことだ。俺は王宮の魔術師として勤めていたんだ。俺が尋問室で待機していた時だ。一人の痩せて幼い、けれどしっかりと育てられたのが目に見えるガキが連れ込まれたのよ。ガキはその部屋で王宮の高官に両腕を切り落とされた。あの時のガキの悲鳴は二年間、頭からこびりついて離れなかった。ガキの返り血はいつまでも俺の心にこびりついている。その後、ガキは地下牢へと輸送された。そのガキがエデンだったのさ」
「あんた、最低ね!助けなかったの?!」
ヘレナが本気で怒って叫んだ。周りの魔術師達が不思議そうに振り向いた。
「助けられなかったさ。俺があの場で出来たのはやつの腕の痛みを軽減させることだけだった。俺は弱い。俺は王国に嫌気がさした。でも、それ以上に俺は自分を変えたかったのかもな。だからここへ来たのさ。ガキ一人助けられない臆病な俺を変えるためにな」
ヘレナも落ち着いたようだ。
「確かに私達は弱い。ウィスレムが何か出来たとは思えないわ。取り乱してしまってごめんなさい」
「いや、いいのさ。ヘレナ、それで パフは帰ってきたんだ。きっと自分を捨てたんだろうな。あいつは並外れた力を持っている。でもそれはきっと力を得るに相違ない痛みを受けたんだ。そしてエデンとして覚醒したんだろう」
「私も自分が苦労してきた身だと思っていたわ。正直今のアルザスでの暮らしは天国のようだった。魔術師というだけで臣民から差別された過去を私は忘れない。新たな世界を見せてくれたグレックに感謝したい。でもそれ以上に私は自らの道を細い糸のように紡いで切り開いたエデンのことを尊敬するわ」
ウィスレムが笑った。
「なんだ?お前らしくもないな、ヘレナ。俺はもっとお前は何も考えないで生きてるとばかり思っていたぜ」
「うるさいわね。私だってただプラプラしてるだけじゃないのよ!」
ヘレナがウィスレムの肩を小突いた。
「ほんっと。いつまでもこうして話していたいわぁ。平和っていいわね」
「何言ってんだよ、明後日にはいつも通りここに戻ってきてエデンとバルドも一緒に馬鹿な話してるにきまってんだろ?」
「でも…」
ヘレナは何かを言いかけてやめた。
ウィスレムはそんなヘレナの肩を軽く叩いた。
* *
フィーゴの隠れ家は以前去ってからほとんど変わっていなかった。
隠れ家に着くと五人はめいめい自由に過ごし始めた。
竜騎士達は竜とスキンシップをとっている。リディアもなぜかシュベルトと一緒に彼の竜であるフィルと一緒に文字通り『遊んで』いた。 猫と遊んでいるのでもあるまいしと思ったがよく考えると猫の立場にあるのはリディアにも見えてきた。フィルがリディアの相手をしている…。
エデンはさしてやることもないので木の上で魔道書をめくっていた。この木の上には以前エデンが作成した簡単なスペースがあり、人一人寝転べるくらいの広さがある。
もう何回もめくったページを改めてめくり直す。
ふとページをめくる手を止める。そこには今まで無かった新しいことが書いて、否『描いて』あった。
それは『絵』だった。なにを模しているのかさっぱり分からない。人のような何かが中心に立っておりその後ろには門のような物が開いている。雑な画だが子供の描いた落書きのような雑さではない。異国の文字を見るような感じだった。
エデンは木から飛び降りた。このくらいなら魔術を使わなくても問題ない。
洞窟の中にいるグレックの元へ向かう。
「おい、グレック。いるか?」
「ああ、今行く」
言葉と共にグレックが出てきた。
「どうしたんだい?エデン」
「魔道書に絵が現れたんだ。今まで見たことがないから一応報告しておこうと思って」
「どんなものだか地面に描いてもらっていいかな?」
グレックの顔が少し険しくなった。
魔道書は契約者であるエデン以外の人物には見ることが出来ない。エデンはなるべくそれに似せて地面に木の棒で模写した。
グレックは完成した絵を見てたっぷり15分ほど黙って思考した。
エデンは辛抱強く待ち続けた。
「すまんがさっぱり分からない。魔道書は魔術の呪文を記す物だ。これまでに絵が現れたなんて前例がない。少なくとも僕の知る限りだが…」
グレックは深く息を吸って続けた。
「この絵だけど何かを模しているのは間違いないかもね。君も気づいたかもしれないけどこれは門かな。門から出てくる生命体…精霊?もしかしたら…これは予言なのかもしれない。もちろん断定は出来ない。ただの落書きかもしれない」
「そうか…もしこれが予言だとしたらこうなる前になんとしてでも門を閉じなければならないのか」
グレックが深く頷いた。
「そういうことになるね」
エデンが去った後もグレックは延々と絵を見つめながら考え続けていた。
* *
夜になった。
明日の晩にはもう戦闘が始まっているだろう。
皆は洞窟の中の部屋で暖をとっていた。
竜騎士達は既に寝てしまった。彼ら曰く、強さの秘訣は『規則正しい生活』が大切なんだそうだ。なんとなく彼らの口から聞きたくはなかった言葉だった。
グレックも奥の部屋から出てこない。奥の部屋にはフィーゴの蔵書があったはずだ。それを読みふけっているのだろう。
エデンとリディアは火を囲んで座っていた。
リディアは小さく鼻歌を歌っていた。そして、小さな声で物語を語るように話しかけてきた。
「竜って優しい生き物なんだね。凶暴だとか野蛮だとか言われてるけどフィルはとっても優しい竜だったな。緊張してなきゃいけないのかもしれないけど私は楽しかったな」
「そうか、それは良かった」
炎が艶かしく部屋を照らす。
「私ね、七歳の時に両親に捨てられたんだ」
ーなぜだろう。
リディアはいつの間にか自分の過去をエデンに話していた。グレックしか知らないその過去を。
「私の両親は魔術師でね、とっても偉い人だったの。彼らは私が強い魔術師になることを望んでいた。いや、なって当然だと思っていたの。でも私は強い魔術師になるどころか魔術が一つも使えなかった。私は両親に魔術でお仕置きされたり叩かれたりしながら必死で魔術を使おうとした。でも使えなかった。両親には耳鳴りが聞こえたらしいの。それなのに私は魔術が使えなかった。
私は7歳になった春、両親に捨てられた。売られたの。商人の家に働きに出るように、貧しいの臣民のように。私は商人の家で働き始めた。でもそれまで靴も自分で履いたこともなかった私が働くなんて出来るわけがないわ。そこでも沢山いじめられた九歳になってすぐのことだった。グレックが現れたの。冬なのに水をかけられてビショビショになりながら箒を手に外を掃除していた私に赤いマントをかけてくれた。彼は店の中へ入って暫くすると笑って出てきた。『おいで』って言って私に手を差し伸べてくれたんだ。その手の先には未来があった。今まで閉ざされていた私の未来への扉が一気に開かれたわ」
リディアは横になった。頭をエデンの腿の上にのせる。
「あれから何年も経った。弱くて小さくて、誰にも相手をされなかった私が今こうして生きている。それだけでも本当に驚きの事なのにそんな私が作戦の要だなんて。本当信じられない」
寝転がったままリディアはエデンを見上げた。
「ねえ、私に本当に出来るのかな…?」
エデンは優しくリディアの髪を撫でた。
「きっと、出来るさ。大丈夫。大丈夫…」
リディアはそのまま目を閉じて寝息を立て始めた。
* *
翌日、夕方。
各隊から通達が届く。
B隊、C隊、供に待機していたエリアからグディの検問所付近に合流したとの報告だった。
「各隊所定の位置に到着したようだ。後は日が沈むのをまつだけだ」
グレックはA隊全員を前に報告した。
「日没まであと僅かだ。各自心を整えておくんだ」
エデンは魔道書を懐にいれる。
淡い青のコートを羽織る。銀の腕を覆っていた布を取る。
「総員、出撃用意!」
リディアとエデンもシュベルトの竜に跨った。
陽が沈む。辺りが徐々に闇につつまれて行く。
ドクドクとリディアの心臓が打っているのをエデンは感じた。
辺りがフッと闇につつまれる。
「出撃!!」
グレックが叫ぶと同時に三機の竜が一斉に飛び上がった。
グレックを先頭に一斉にグディへ向かう。
「出陣!!」
B隊のバルド達はその声を聞いて街道沿いの王国の検問所に一斉に魔術をはなつ。そのままグディへと雪崩れ込み、一気に王宮を目指す。
C隊は半分に分かれ城下町へ入り、半分は住民を牽制しながら避難させる。もう半分は遊撃部隊としてB隊の後衛に回った。
B隊の竜騎士達が真っ先に王宮に到着し、交戦を始めた。
決戦の火蓋は切って落とされた。
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