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第1章
第2回
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2
僕は一時限目の途中で学校に着くと、そのままカウンセラー室に向かった。
遅刻した場合、僕は二時限目が始まるまでの時間を、いつもここで過ごすようにしている。
カウンセラー室に入ると、そこには別の学年の女の子が一人居て、緒方先生と何やら話をしていた。
「おはようございます」
僕の挨拶に、緒方先生は「おはよう」と軽く笑って小さく手を振る。
女の子の方はというと、ちらりと僕の方に視線を向けただけで、再び先生と会話を始めるのだった。
僕はなるべく彼女たちから離れて、部屋の隅にあるソファーに向かった。
鞄を足元におろし、深く腰を掛ける。
白い天井を眺めながら、先ほど目にしたあの光景を反芻した。
間違いなくあの女の子は、僕のクラスに在籍する楸さん――のはずだった。
この高校の制服を着ていたし、向かう方向も一緒だった。
あの可愛らしい顔立ちは男子の間だけでなく女子の間でも有名だし、高校に入学してからのこの数か月、フった男子は数知れない、という噂だ。
つまらなそうに授業を受ける姿は傍から見て大丈夫かな、と思わせるし(僕も人の事は言えないけれど)、先生たちもほとほと手を焼いているらしい。
何を言っても澄ました顔ではぐらかし、職員室への呼び出しもすべて無視。
どうかすると授業中の教室を抜け出してどこかへ姿をくらましてしまうことも度々あった。
親しい友人も居るように見えないし、たまに本を読んでいる姿を見かけるけれど、手にしているのはどこの国の言葉か解らない文字と記号が描かれたものばかりだった。
何だか異様なほど地に足のついていない子。
そんなイメージだったけれど――まさか、地に足がついてないどころか箒で空を飛んでいるところを眼にすることになろうとは。
アレは本当に現実だったのか?
僕は歩きながら寝ていただけなんじゃないのか?
考えても考えても、答えなんて出てくるわけなくて。
いっそ楸さん本人に訊いてみるのはどうだろう。
『ねぇねぇ、楸さん。君、朝に箒で空を飛んでいたよね? もしかして魔女か何かなの?』
……。
………。
…………。
……そんな馬鹿馬鹿しいこと、訊けるわけがない。
どう考えたって寝不足で寝ぼけた僕が見た夢幻に違いない。
昨夜遅くまで読んでいた魔女の本が頭に残っていて、その所為であんな幻覚を見てしまったのだ、そうに違いない。
うちの両親はともに大学で民俗学だか何かの教授だったか講師だったかをしていて、その為自宅には大量の本が壁一面、刳り貫かれたような本棚にところ狭しと並んでいる。どうかすると床にまで積み上げられているくらいだ。
別に強要されたりしたわけではないのだけれど、そんな両親に育てられて所為か、僕もいつしか家の蔵書をひたすらに読みふけるようになっていった。
というより、僕の遅刻の原因は概ねそれだ。
もともと小さなころから本を読むのが好きだったのと相まって、気づくと時計の針は深夜二時や三時を回っている、なんてのはざらにある。
そこから慌てて寝ても後の祭り。
朝早くに家を出ていく両親は僕を起こすこともないし、目覚まし時計も全くと言っていいほど効果はなく、こうしていつもいつも遅刻してしまう、というわけだ。
慢性的な寝不足のせいで授業中だっていつも眠いし、だからあんな変なものを見てしまったんだ。
そう考えると、妙に納得できたような気がした。
当たり前だ。
あんな箒なんかでクラスの女子が空を飛んでいただなんて、笑い話もいいところだ。
おまけに物思いにふけると我も時間も忘れるという悪癖、もとい特性があって――
「お~い、下拂くん?」
両親もそんな僕の特性を理解し過ぎているせいか怒りもせず自由気ままにやらせてくれているし、何なら僕が興味を持った分野にも興味を示してくれて、休みの日なんかに一緒に本屋に行ったときに「あ、これ面白そう」と口にすれば「じゃぁ、買うか」とたったそれだけでほしい本を買ってくれるという――
「ちょっと、シモハライくん、聞こえてる?」
そこから本屋に隣接されているカフェで三人が三人思い思いの本を読んで半日をつぶす、というのが我が家の家族団らんみたいな感じで――
「シモハライくんっ!」
「――うわっ!」
突然目の前に緒方先生が顔を覗かせて、僕の思考は一瞬にしてどこかへ吹き飛んでいった。
思わずのけぞらせた胸を押さえつつ、
「な、なんですか、先生。びっくりしたじゃないっすか……」
ちょっとした苦情を口にする。
すると緒方先生は小さくため息を吐いて、
「ボケっとして、また何か考えごとしてたんでしょ? 今度はいったい何を考えていたの?」
何を、と訊かれて僕は再び天井を見上げる。
「……なんだっけ?」
最初に考えていたことを手繰り寄せるようにして思い出そうとしていると、緒方先生は「まぁ、いいわ」と言って壁掛け時計を指さした。
「そろそろ二時限目始まるけど、どうする? ここで自習する? それとも教室に行く?」
「……あぁ」
いつの間にか一時限目が終わりを迎え、間もなく二時限目が始まろうという時刻じゃないか。
チャイム、鳴ったっけ? 全然気が付かなかった。
僕は足元の鞄を掴みながら、
「教室、戻ります」
「そ」
緒方先生は小さくそう呟いて頷くと、カウンセラー室のドアを開けてくれた。
「じゃぁ、今日も一日頑張っといで」
「はい」
僕は短く答えて、自分の教室へ向かうのだった。
僕は一時限目の途中で学校に着くと、そのままカウンセラー室に向かった。
遅刻した場合、僕は二時限目が始まるまでの時間を、いつもここで過ごすようにしている。
カウンセラー室に入ると、そこには別の学年の女の子が一人居て、緒方先生と何やら話をしていた。
「おはようございます」
僕の挨拶に、緒方先生は「おはよう」と軽く笑って小さく手を振る。
女の子の方はというと、ちらりと僕の方に視線を向けただけで、再び先生と会話を始めるのだった。
僕はなるべく彼女たちから離れて、部屋の隅にあるソファーに向かった。
鞄を足元におろし、深く腰を掛ける。
白い天井を眺めながら、先ほど目にしたあの光景を反芻した。
間違いなくあの女の子は、僕のクラスに在籍する楸さん――のはずだった。
この高校の制服を着ていたし、向かう方向も一緒だった。
あの可愛らしい顔立ちは男子の間だけでなく女子の間でも有名だし、高校に入学してからのこの数か月、フった男子は数知れない、という噂だ。
つまらなそうに授業を受ける姿は傍から見て大丈夫かな、と思わせるし(僕も人の事は言えないけれど)、先生たちもほとほと手を焼いているらしい。
何を言っても澄ました顔ではぐらかし、職員室への呼び出しもすべて無視。
どうかすると授業中の教室を抜け出してどこかへ姿をくらましてしまうことも度々あった。
親しい友人も居るように見えないし、たまに本を読んでいる姿を見かけるけれど、手にしているのはどこの国の言葉か解らない文字と記号が描かれたものばかりだった。
何だか異様なほど地に足のついていない子。
そんなイメージだったけれど――まさか、地に足がついてないどころか箒で空を飛んでいるところを眼にすることになろうとは。
アレは本当に現実だったのか?
僕は歩きながら寝ていただけなんじゃないのか?
考えても考えても、答えなんて出てくるわけなくて。
いっそ楸さん本人に訊いてみるのはどうだろう。
『ねぇねぇ、楸さん。君、朝に箒で空を飛んでいたよね? もしかして魔女か何かなの?』
……。
………。
…………。
……そんな馬鹿馬鹿しいこと、訊けるわけがない。
どう考えたって寝不足で寝ぼけた僕が見た夢幻に違いない。
昨夜遅くまで読んでいた魔女の本が頭に残っていて、その所為であんな幻覚を見てしまったのだ、そうに違いない。
うちの両親はともに大学で民俗学だか何かの教授だったか講師だったかをしていて、その為自宅には大量の本が壁一面、刳り貫かれたような本棚にところ狭しと並んでいる。どうかすると床にまで積み上げられているくらいだ。
別に強要されたりしたわけではないのだけれど、そんな両親に育てられて所為か、僕もいつしか家の蔵書をひたすらに読みふけるようになっていった。
というより、僕の遅刻の原因は概ねそれだ。
もともと小さなころから本を読むのが好きだったのと相まって、気づくと時計の針は深夜二時や三時を回っている、なんてのはざらにある。
そこから慌てて寝ても後の祭り。
朝早くに家を出ていく両親は僕を起こすこともないし、目覚まし時計も全くと言っていいほど効果はなく、こうしていつもいつも遅刻してしまう、というわけだ。
慢性的な寝不足のせいで授業中だっていつも眠いし、だからあんな変なものを見てしまったんだ。
そう考えると、妙に納得できたような気がした。
当たり前だ。
あんな箒なんかでクラスの女子が空を飛んでいただなんて、笑い話もいいところだ。
おまけに物思いにふけると我も時間も忘れるという悪癖、もとい特性があって――
「お~い、下拂くん?」
両親もそんな僕の特性を理解し過ぎているせいか怒りもせず自由気ままにやらせてくれているし、何なら僕が興味を持った分野にも興味を示してくれて、休みの日なんかに一緒に本屋に行ったときに「あ、これ面白そう」と口にすれば「じゃぁ、買うか」とたったそれだけでほしい本を買ってくれるという――
「ちょっと、シモハライくん、聞こえてる?」
そこから本屋に隣接されているカフェで三人が三人思い思いの本を読んで半日をつぶす、というのが我が家の家族団らんみたいな感じで――
「シモハライくんっ!」
「――うわっ!」
突然目の前に緒方先生が顔を覗かせて、僕の思考は一瞬にしてどこかへ吹き飛んでいった。
思わずのけぞらせた胸を押さえつつ、
「な、なんですか、先生。びっくりしたじゃないっすか……」
ちょっとした苦情を口にする。
すると緒方先生は小さくため息を吐いて、
「ボケっとして、また何か考えごとしてたんでしょ? 今度はいったい何を考えていたの?」
何を、と訊かれて僕は再び天井を見上げる。
「……なんだっけ?」
最初に考えていたことを手繰り寄せるようにして思い出そうとしていると、緒方先生は「まぁ、いいわ」と言って壁掛け時計を指さした。
「そろそろ二時限目始まるけど、どうする? ここで自習する? それとも教室に行く?」
「……あぁ」
いつの間にか一時限目が終わりを迎え、間もなく二時限目が始まろうという時刻じゃないか。
チャイム、鳴ったっけ? 全然気が付かなかった。
僕は足元の鞄を掴みながら、
「教室、戻ります」
「そ」
緒方先生は小さくそう呟いて頷くと、カウンセラー室のドアを開けてくれた。
「じゃぁ、今日も一日頑張っといで」
「はい」
僕は短く答えて、自分の教室へ向かうのだった。
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