魔法使いの少女 ~魔法百貨堂~

野村勇輔(ノムラユーリ)

文字の大きさ
3 / 23
第1章

第3回

しおりを挟む
   3

 教室に入る。一斉に僕に向けられる視線。けれど誰も話しかけてくることなんてなくて。

 そんな中、一人だけ窓際の席で外を眺める女の子の姿があった。

 楸さんである。

 僕はちらりと楸さんの後ろ頭に目をやり、それから彼女の斜め後ろに位置する自分の席へ向かった。

 鞄から教科書やノートを出して机の中に収め、右側面のフックに鞄を掛ける。

 二時限目の授業は数学。僕の大の苦手な教科だった。

 受ける前からすでにやる気を失っている僕は、けれど何とか形だけでも頑張っているふりをしようと机の上に教科書とノート、それからついでにペンケースを並べる。

 チャイムよりやや遅れて教室に入ってくる前田先生を前に、日直の声によって号令がかけられる。

 あとはいつもと同じ。つまらない授業の始まりだ。

 僕は眠たい目をこすりつつ、何とか黒板に記された文字と数字を書き写していく。

 けれど、どれもこれも全く以って意味が解らない。

 先生の声も最早心地よい子守唄の如く、僕はうつらうつらと舟をこぎ始めた。

 ダメだ、起きなきゃ。でも、眠い。頭がくらくらする。

 先生が何を言っているのかわからない。理解以前に、それが言葉であるということそのものを脳が判断できていないような感覚だ。

 もう、いいか――ちょっとくらい、寝ちゃっても――

 僕が意識を手放そうとした、その時だった。


 ――ガタリッ


 突然、斜め前の楸さんが、椅子から立ち上がったのである。

 そのおかげだろうか、一瞬だけ僕を襲っていた睡魔がどこかへ飛び去っていったのだ。

 楸さんは先ほどまでそうしていたように窓の外に顔を向けており、
「おい、どうした楸」
 前田先生が声を掛ける。

 クラスのほぼ全員の視線が楸さんに注がれる中、当の本人はゆっくりと前を向くと、
「――お腹が痛いので、保健室に行ってきます」
 言うが早いか、先生の返事も待たずしてすたすたと教室から出ていった。

「……またか」
 そんな前田先生の嘆息も慣れたもの。

 まるで何事もなかったかのように、授業は再開されたのだった。

 そして二時限目が終わっても、楸さんは教室には戻ってこなかった。
 
 


 次に僕が楸さんを見かけたのは昼休み。パンを買いに向かった購買部でのことだった。

 僕が購買のおばちゃんに焼きそばパンとあんぱんの代金を支払って教室に戻ろうと振り返ったところで、校舎裏に向かって歩く楸さんの姿があったのだ。

 そしてもしそれだけの事だったならば、僕も今頃は気にせず教室に戻っていたことだろう。

 だけどそうしなかったのは、そんな楸さんを取り囲むように歩く、三人の女の子の姿があったからだ。

 そんな光景を見たのは初めての事だった。

 楸さんはいつも一人だ。

 高校に入学して以来、誰かと一緒に仲良くしているところなんて見たことがない。

 いつも澄ましたような顔をしているか、そうでなければとても不機嫌そうな顔をしている。

 まるでどこかに笑顔を忘れてきたんじゃないかと思うくらい、その表情は乏しかった。

 そんな楸さんに、まさか一気に三人も友達ができていただなんて。

 てっきり楸さんは僕と一緒で、友達なんていなくても平気な人なんだと思っていたのに。

 そんな思いと同時に、けれど彼女らの表情がどこも楽しげではなく、むしろ殺伐とした様子なのに気が付いて、僕は何となく嫌な予感がした。

 中学生だったころ、何となく所属していた吹奏楽部で起きた女子部員同士の大喧嘩。

 女の子同士の殴り合いの喧嘩なんてのを目にしたのは、後にも先にもその時だけだった。

 彼女らの雰囲気はまさにそれと似たような空気をまとっているようで。

 何となく居ても立っても居られなくなった僕は、気づくと彼女たちのあとをこっそりつけて歩いていた。

 楸さんを先頭にして四人の女子が校舎裏に消えていったのを確認して、僕はその角に身をひそめてこっそりと様子を窺った。

 校舎裏はフェンスを隔てて向こう側が森になっていて全体的に薄暗く、大型ごみを一時的に置いておくスペースがあるだけで普段、人が近づくようなところではない。

 そんなところで険しい顔をした女が四人。

 ……これは、さっさと先生を呼びに行った方が良いんだろうか。

 などと考えているうちに、楸さんが三人の女子に取り囲まれて、何やら詰問されている。

 それほど大きな声ではないのであまり聞き取れないのだけれど、どうやらあの三人のうちの誰かの彼氏が楸さんを好きになって別れ話があーだこーだ。

 ……だからって、なんで楸さんが責められてるわけ?

 楸さんは眉を寄せながら黙って彼女らの言葉を聞いていたが、やがてその言葉が激しい罵倒や誹りに代わり、一言も喋らない楸さんに激高した一人が大きく手を振り上げたところで。

「――えっ」

 不意に楸さんが右手を空にかざした瞬間、突風が巻き起こったかと思うや否や、三人の身体が一瞬宙に浮かび、そのまま地面に落下したのである。

 楸さんに見下ろされる形で呻き声を上げる三人の女の子。

 今のは、いったい、何が起きたんだ――?

 僕も大きく目を見張り、楸さんの姿を凝視したところで、
「――あっ」
 楸さんと視線が交わり、小さく声が漏れた。

 ぎろりと睨みつけられて、僕は思わず身を翻す。

 そしてそのまま、一目散に教室へと逃げ帰ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...