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第2章
第3回
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3
今日は珍しく遅刻をしなかった。
あんな夢を見たせいか、いつもより早くに目を覚ましたからだ。
机の上で見つけたあの長い髪の毛がはたして本当に楸さんのものなのか、僕は通勤や通学途中の人達に囲まれながらそのことばかりが気になって、ぼんやり考えながら歩みを進めていた。
あの髪が楸さん以外のものである可能性は、十分にあり得る。
何故なら、うちの母親も楸さんほどとは言わずとも、それなりに髪を伸ばしているからだ。
或いは楸さんの抜けた髪の毛がたまたま僕の制服にひっつき、そのまま帰宅したものが偶然にも机の上に落ちた、ただそれだけかも知れない。
……いや、そう考える方が、たぶん自然なのだろう。
人は一日のうちに、五十本から百本近くも髪が抜け落ちているという。
そのうちの一本が、偶然、僕の部屋に紛れ込んでしまっただけ。
そう考えると、何も不思議なことではないような気がしてならなかった。
――うん、きっとそうだ。
楸さんが僕の部屋に忍び込んできたなんてこと、あるはずがない。
そもそも僕の部屋に忍び込んできて何の得がある?
金目のものがあるわけでもないし、タダの一般男子の、個人の部屋だ。
それ以上でも、以下でもない。
だとすれば、あれはやはりただの夢だったのだ。
一昨日の件がまだ尾を引いていて、それであんな夢を見てしまったのだ。
そうだ、そうに違いない。
そう思うと、何だか気が楽になったような気がした。
よし、今日も一日頑張ろう! と何となく気を張って、拳を握り締めたところで、
「――おはようございます、シモフツくん」
背後から声を掛けられて、思わず身体がびくりと震えた。
恐る恐る振り返ると、澄まし顔の楸さんが鞄片手に立っている。
「お、おはよう、楸さ――」
「下の、名前で、お願いします」
無表情のまま、はっきりと、注意される。
そういえば、昨日そんな話をしたんだっけ……
学校内では付き合ってるって設定でいくから、下の名前で呼んだ方が自然だろうって。
「お、おはよう、真帆――さん」
楸さんは「まぁ、いいでしょう」といった表情で僕の隣まで歩み寄ると、
「さぁ、行きましょう」
とこちらに顔を向けることなくそう口にした。
「う、うん」
僕は小さく頷いて、二人並んで歩き始める。
それにしても、まさか楸さんまで遅刻せずにこんな時間に登校してくるだなんて、思いもしなかった。
偶然だろうか? それとも、何かまた怪しげな魔法でも使って僕の動向を見張っていて、それに合わせて家を出たとか……?
僕は思いながら、恐る恐る楸さんに訊ねる。
「き、今日も、箒じゃないんだね」
すると、楸さんは口をへの字にしてむすっとしながら、
「……おばあちゃんに箒を隠されちゃったんです。もともと空を飛んでの登校自体、禁止されていたので」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
――おばあちゃん。
そうか、楸さんはおばあちゃんと一緒に暮らしているのか。
やっぱり、楸さんのおばあちゃんも魔女か何かなのだろうか。
こういうのって、血筋とか家系とか、そういうのも関係してそうな気がする。
代々の魔女家系とか、そういうのって漫画的で面白そうだ。
けど、その疑問を僕は胸の内に秘めておく。
あまり要らないことを口にして、また不興を買いたくなかったからだ。
ただでさえ死の呪いを掛けられているのに、これ以上変な目に遭いたくもなかった。
それから僕たちは黙って歩き続けて、やがて他の生徒たちに紛れるように校門をくぐった。
何人かのクラスメイト達が、すれ違いざまに僕たちのことを驚いたように眺めてくる。
「今日は遅刻じゃないんだ」
「珍しいね」
「でも、なんであの二人一緒にいるの?」
「そういえば、昨日も学食で――」
「そんな」「まさか」「もしかして」……
彼ら彼女らの会話の端々から、そんな言葉が耳に入ってくる。
確かに、こうして遅刻ばかりしているある意味問題児な二人が並んで歩いていると、まるで付き合っているように見えなくもない、のだろう、たぶん。
だとしたら、楸さんの目論見通り、期待通り、といったところか。
僕たちは脱靴場で上履きに履き替えると、会話のないまま教室に向かった。
いつもいつも遅刻して来るからよくわからないのだけれど、朝の学校ってのは、こんなにもざわついているものなのか。
そんなことを思いながら、僕たちは教室に入る。
さすがに遅刻してこなかっただけのことはあって、誰も僕らに振り向いたりなどしなかった。
というより、ほとんどのクラスメイトが窓側に集まってグラウンドの方を眺めていた為に、誰も僕らには気づいていない様子だった。
まあ、それなら気が楽で良いけれど。
しかし、それにしても彼らはいったい、さっきから何を眺めているのだろうか。
グラウンドに何かあるのか?
思いながら、僕らも彼らに混じって窓の外に目を向けて。
「――え、なに、これ」
グラウンドのど真ん中に、でかでかと、円の中に星……いわゆる五芒星――ペンタグラムが描かれていたのである。
たぶん、グラウンドに線を引くあのラインカーで、誰かが描いたのだろうけれど……
僕は思わず、隣に立つ楸さんに目をやった。
楸さんは目を細めながらそのペンタグラムを眺めており、うっすらと口元に笑みを浮かべている。
まさか、やっぱり――
そこへ、
「おい、楸」
後ろから声がして振り向くと、担任の井口先生が眉間にしわを寄せながら立っていて、
「……お前があれをやったのか」
その問いかけに、楸さんは険しい顔で、井口先生を睨み返した。
今日は珍しく遅刻をしなかった。
あんな夢を見たせいか、いつもより早くに目を覚ましたからだ。
机の上で見つけたあの長い髪の毛がはたして本当に楸さんのものなのか、僕は通勤や通学途中の人達に囲まれながらそのことばかりが気になって、ぼんやり考えながら歩みを進めていた。
あの髪が楸さん以外のものである可能性は、十分にあり得る。
何故なら、うちの母親も楸さんほどとは言わずとも、それなりに髪を伸ばしているからだ。
或いは楸さんの抜けた髪の毛がたまたま僕の制服にひっつき、そのまま帰宅したものが偶然にも机の上に落ちた、ただそれだけかも知れない。
……いや、そう考える方が、たぶん自然なのだろう。
人は一日のうちに、五十本から百本近くも髪が抜け落ちているという。
そのうちの一本が、偶然、僕の部屋に紛れ込んでしまっただけ。
そう考えると、何も不思議なことではないような気がしてならなかった。
――うん、きっとそうだ。
楸さんが僕の部屋に忍び込んできたなんてこと、あるはずがない。
そもそも僕の部屋に忍び込んできて何の得がある?
金目のものがあるわけでもないし、タダの一般男子の、個人の部屋だ。
それ以上でも、以下でもない。
だとすれば、あれはやはりただの夢だったのだ。
一昨日の件がまだ尾を引いていて、それであんな夢を見てしまったのだ。
そうだ、そうに違いない。
そう思うと、何だか気が楽になったような気がした。
よし、今日も一日頑張ろう! と何となく気を張って、拳を握り締めたところで、
「――おはようございます、シモフツくん」
背後から声を掛けられて、思わず身体がびくりと震えた。
恐る恐る振り返ると、澄まし顔の楸さんが鞄片手に立っている。
「お、おはよう、楸さ――」
「下の、名前で、お願いします」
無表情のまま、はっきりと、注意される。
そういえば、昨日そんな話をしたんだっけ……
学校内では付き合ってるって設定でいくから、下の名前で呼んだ方が自然だろうって。
「お、おはよう、真帆――さん」
楸さんは「まぁ、いいでしょう」といった表情で僕の隣まで歩み寄ると、
「さぁ、行きましょう」
とこちらに顔を向けることなくそう口にした。
「う、うん」
僕は小さく頷いて、二人並んで歩き始める。
それにしても、まさか楸さんまで遅刻せずにこんな時間に登校してくるだなんて、思いもしなかった。
偶然だろうか? それとも、何かまた怪しげな魔法でも使って僕の動向を見張っていて、それに合わせて家を出たとか……?
僕は思いながら、恐る恐る楸さんに訊ねる。
「き、今日も、箒じゃないんだね」
すると、楸さんは口をへの字にしてむすっとしながら、
「……おばあちゃんに箒を隠されちゃったんです。もともと空を飛んでの登校自体、禁止されていたので」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
――おばあちゃん。
そうか、楸さんはおばあちゃんと一緒に暮らしているのか。
やっぱり、楸さんのおばあちゃんも魔女か何かなのだろうか。
こういうのって、血筋とか家系とか、そういうのも関係してそうな気がする。
代々の魔女家系とか、そういうのって漫画的で面白そうだ。
けど、その疑問を僕は胸の内に秘めておく。
あまり要らないことを口にして、また不興を買いたくなかったからだ。
ただでさえ死の呪いを掛けられているのに、これ以上変な目に遭いたくもなかった。
それから僕たちは黙って歩き続けて、やがて他の生徒たちに紛れるように校門をくぐった。
何人かのクラスメイト達が、すれ違いざまに僕たちのことを驚いたように眺めてくる。
「今日は遅刻じゃないんだ」
「珍しいね」
「でも、なんであの二人一緒にいるの?」
「そういえば、昨日も学食で――」
「そんな」「まさか」「もしかして」……
彼ら彼女らの会話の端々から、そんな言葉が耳に入ってくる。
確かに、こうして遅刻ばかりしているある意味問題児な二人が並んで歩いていると、まるで付き合っているように見えなくもない、のだろう、たぶん。
だとしたら、楸さんの目論見通り、期待通り、といったところか。
僕たちは脱靴場で上履きに履き替えると、会話のないまま教室に向かった。
いつもいつも遅刻して来るからよくわからないのだけれど、朝の学校ってのは、こんなにもざわついているものなのか。
そんなことを思いながら、僕たちは教室に入る。
さすがに遅刻してこなかっただけのことはあって、誰も僕らに振り向いたりなどしなかった。
というより、ほとんどのクラスメイトが窓側に集まってグラウンドの方を眺めていた為に、誰も僕らには気づいていない様子だった。
まあ、それなら気が楽で良いけれど。
しかし、それにしても彼らはいったい、さっきから何を眺めているのだろうか。
グラウンドに何かあるのか?
思いながら、僕らも彼らに混じって窓の外に目を向けて。
「――え、なに、これ」
グラウンドのど真ん中に、でかでかと、円の中に星……いわゆる五芒星――ペンタグラムが描かれていたのである。
たぶん、グラウンドに線を引くあのラインカーで、誰かが描いたのだろうけれど……
僕は思わず、隣に立つ楸さんに目をやった。
楸さんは目を細めながらそのペンタグラムを眺めており、うっすらと口元に笑みを浮かべている。
まさか、やっぱり――
そこへ、
「おい、楸」
後ろから声がして振り向くと、担任の井口先生が眉間にしわを寄せながら立っていて、
「……お前があれをやったのか」
その問いかけに、楸さんは険しい顔で、井口先生を睨み返した。
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