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第8章 続・保健室の魔女
第3回
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3
何もすることのないまま、僕は廊下で呼ばれるのをただ待ち続けていた。
保健室の前の窓から見える景色と言えば教員が停めている車と、下校中の生徒たち、そして部活で校舎の周囲を走らされている体育会系の部員達くらいのもので、特段見ていて面白いものなんて何ひとつありはしなかった。
視線をやや斜め右に向ければそこには図書館棟があり、その下にはカウンセラー室がある。
僕はそこでふと、一年生の時そこにいた緒方先生のことを思い出した。
この高校に入学した直ぐの頃、一番話をしていたのが、緒方先生というカウンセラー室の先生だった。そこで何をしていたかというと、特になんてことのない時間を過ごしていただけ。遅刻癖のあった(今も変わらないのだけれど)僕は遅刻したとき、まずはカウンセラー室に行って時間を潰し、二時間目から授業に参加するというのがいつもの流れだった。
緒方先生は優しかった。話しやすかった。
榎先輩も緒方先生には懐いており、よくふたりで色々な話をしていたらしい。
けれど、そんな緒方先生にはある目的があった。
榎先輩のお爺さんが残した、魔力の込められた腕を手に入れることだったのだ。
その腕を使って、自身の願いを叶えようとしていたらしい。
榎先輩と接触を図ったのも、そのためだったというのである。
僕たちはそんな緒方先生と対峙して打ち負かし、そしてその翌年にはそんな緒方先生に何らかの入れ知恵をしていたらしい馬屋原先生とまた夢魔を巡る騒動があって――
真帆を始めとする魔法使いたちと出くわしてからというもの、なんか色々あったなぁ、僕の高校生活。
僕は改めてこの二年間を思い返した。
楽しかったような、大変だったような……
特に大きかったのは、やはり真帆との出会いと交際に違いない。
真帆と出会わなければ、交際しなければ、僕の高校生活はもっと穏やかでつまらないものになっていたことだろう。
――真帆のちょっと(?)重すぎる愛がなかなかだけれども、僕もそれ以上の愛を持って真帆と接していれば、そんなものは大したものじゃないと言い切ることができるくらい、僕は真帆の存在や彼女と一緒にいる時間をかけがえのないものと信じるようになっていた。
この先、僕と真帆はどうなっていくのだろう。
真帆は僕と結婚する気満々でいる。そしてそれは、僕もたぶん一緒で――
「は~い、お待たせ~!」
保健室の中から乙守先生の声が聞こえて、僕ははっと我に返った。
思ったよりも物思いにふけってしまっていたらしい。
背後の保健室を振り向き、がらりとドアを開ける。
「ごめんね、外で待たせちゃって」
事務机に向かう乙守先生が、何か書き仕事をしながら背中で言った。
傍らに見えるふたつのベッドの奥のほうには真帆の姿があって、真帆はベッドのへりに腰かけ小さなため息を吐いてから、トンっと床を蹴るようにして立ち上がった。
「――やっと終わりました。疲れた疲れた~」
「疲れるほど何もしてないでしょう?」
「疲れますよ、気が」
「まぁ、それはわかるけどね~」
なんてふたりの会話からは、今まで通りの空気を感じられた。
険悪な空気が流れていたらどうしよう、なんて思っていたけれど、そんなことは全くないことに心底安堵する。
「どうでした、真帆の身体の様子は?」
一応、僕は乙守先生に訊ねてみた。これも恋人として知っておく義務があるだろう、なんて思いながら。
「問題ないっちゃ問題ないわね。魔力も安定しているし、夢魔もちゃんと抑え込めてる感じだから。むしろ自身の魔力になじんできてるわね。夢魔ごと魔力を取り込んじゃってる感じ?」
「……それって、どうなんです? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫なんじゃない?」
軽い調子で緒方先生は言って、書類を書き終えたのかこちらに振り向く。
「むしろ他が問題だけど」
「他?」
「そう、他のこと」
「どういうことですか?」
訊ねると、乙守先生は真帆の方に顔を向けた。
その途端、真帆の表情が一瞬陰り、あからさまに視線を逸らせる。
――え、なに、今の感じ。なんか不安になっちゃうんだけど。
「言わないほうがいい?」
それは真帆への確認だった。
真帆は眉を寄せ、口をつぐんだまま、しばらく床に視線を落として悩んでいるようだった。
これは、どういうことだろうか。何か言えないことでもあるんだろうか。僕の中で、何とも言えない不安がだんだん大きくなっていく。
「……いつかは、言わないといけないことですよね」
真帆が小さく言って、乙守先生は「そうね」と短く返事した。
「ただ、今である必要はないかもしれない」
「……そうですね」
「なら、一旦保留ってことにしておく?」
それに対して、真帆はしばらく沈黙したあと、
「……いえ、今のうちに、お話しておきます」
「そう? なら、あなたから言う? それとも、私が代わりに?」
「……私から、言います」
「――そう」
何だろう、いったい、何の話をしているのだろう。
僕は言い知れぬ不安に、何だかここから逃げ出したいような思いになる。
怖い。よくわからないけど、嫌な感じがする。
これから僕は、どんな話をされることになるのだろうか。
真帆はゆっくりと僕のところまで歩み寄ると、不安そうな表情で、大きくため息を吐いた。
それからしばらくの間を挟んで、静かに瞼を閉じ、口を開く。
「――ユウくんに、話しておきたいことがあります」
「……う、うん。なに?」
なんだか、心臓がどくどくと早鐘を打ち始める。
「いつかは言わないといけないことだと思っていたのですけど、ずっと言わなかったことがあるんです」
「う、うん……」
「乙守先生が、どうしてあのご年齢で、あの若さを保っていられるのか、想像はつきますよね?」
「えっと――いや、どうだろう」
僕は小さくかぶりを振る。
「よくは、わかってないと思う」
「乙守先生の基礎魔力は、とても大きなものです。これほど強大な魔力をお持ちの魔法使いなんて、そうそういらっしゃらないでしょう。魔力とは生命力そのものというのは以前、お話ししましたよね?」
「――まぁ、うん」
「それはつまり、魔力が強大であればあるほど生命力もまた強大であるということ」
「う、うん……」
「生命力が高いと、人の老いは緩やかになっていきます」
「……そう、なんだ」
「つまり、魔力が強大であるからこそ、乙守先生はあの若さを保っておられるということになるわけです」
「う、うん……」
それって、だから――
「私の中には、夢魔がいます。夢魔は魔力の塊です。魔力そのものです。乙守先生と負けずとも劣らないだけの魔力が、私の中にはあるんです」
「そ、それは、つまり――」
真帆は大きく息を吸い、そして長く吐き出してから、
「――そうです。私もまた、乙守先生と同じくらい、長生きすることになるんです」
僕が予想していた通りの言葉を、真帆は口にしたのだった。
何もすることのないまま、僕は廊下で呼ばれるのをただ待ち続けていた。
保健室の前の窓から見える景色と言えば教員が停めている車と、下校中の生徒たち、そして部活で校舎の周囲を走らされている体育会系の部員達くらいのもので、特段見ていて面白いものなんて何ひとつありはしなかった。
視線をやや斜め右に向ければそこには図書館棟があり、その下にはカウンセラー室がある。
僕はそこでふと、一年生の時そこにいた緒方先生のことを思い出した。
この高校に入学した直ぐの頃、一番話をしていたのが、緒方先生というカウンセラー室の先生だった。そこで何をしていたかというと、特になんてことのない時間を過ごしていただけ。遅刻癖のあった(今も変わらないのだけれど)僕は遅刻したとき、まずはカウンセラー室に行って時間を潰し、二時間目から授業に参加するというのがいつもの流れだった。
緒方先生は優しかった。話しやすかった。
榎先輩も緒方先生には懐いており、よくふたりで色々な話をしていたらしい。
けれど、そんな緒方先生にはある目的があった。
榎先輩のお爺さんが残した、魔力の込められた腕を手に入れることだったのだ。
その腕を使って、自身の願いを叶えようとしていたらしい。
榎先輩と接触を図ったのも、そのためだったというのである。
僕たちはそんな緒方先生と対峙して打ち負かし、そしてその翌年にはそんな緒方先生に何らかの入れ知恵をしていたらしい馬屋原先生とまた夢魔を巡る騒動があって――
真帆を始めとする魔法使いたちと出くわしてからというもの、なんか色々あったなぁ、僕の高校生活。
僕は改めてこの二年間を思い返した。
楽しかったような、大変だったような……
特に大きかったのは、やはり真帆との出会いと交際に違いない。
真帆と出会わなければ、交際しなければ、僕の高校生活はもっと穏やかでつまらないものになっていたことだろう。
――真帆のちょっと(?)重すぎる愛がなかなかだけれども、僕もそれ以上の愛を持って真帆と接していれば、そんなものは大したものじゃないと言い切ることができるくらい、僕は真帆の存在や彼女と一緒にいる時間をかけがえのないものと信じるようになっていた。
この先、僕と真帆はどうなっていくのだろう。
真帆は僕と結婚する気満々でいる。そしてそれは、僕もたぶん一緒で――
「は~い、お待たせ~!」
保健室の中から乙守先生の声が聞こえて、僕ははっと我に返った。
思ったよりも物思いにふけってしまっていたらしい。
背後の保健室を振り向き、がらりとドアを開ける。
「ごめんね、外で待たせちゃって」
事務机に向かう乙守先生が、何か書き仕事をしながら背中で言った。
傍らに見えるふたつのベッドの奥のほうには真帆の姿があって、真帆はベッドのへりに腰かけ小さなため息を吐いてから、トンっと床を蹴るようにして立ち上がった。
「――やっと終わりました。疲れた疲れた~」
「疲れるほど何もしてないでしょう?」
「疲れますよ、気が」
「まぁ、それはわかるけどね~」
なんてふたりの会話からは、今まで通りの空気を感じられた。
険悪な空気が流れていたらどうしよう、なんて思っていたけれど、そんなことは全くないことに心底安堵する。
「どうでした、真帆の身体の様子は?」
一応、僕は乙守先生に訊ねてみた。これも恋人として知っておく義務があるだろう、なんて思いながら。
「問題ないっちゃ問題ないわね。魔力も安定しているし、夢魔もちゃんと抑え込めてる感じだから。むしろ自身の魔力になじんできてるわね。夢魔ごと魔力を取り込んじゃってる感じ?」
「……それって、どうなんです? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫なんじゃない?」
軽い調子で緒方先生は言って、書類を書き終えたのかこちらに振り向く。
「むしろ他が問題だけど」
「他?」
「そう、他のこと」
「どういうことですか?」
訊ねると、乙守先生は真帆の方に顔を向けた。
その途端、真帆の表情が一瞬陰り、あからさまに視線を逸らせる。
――え、なに、今の感じ。なんか不安になっちゃうんだけど。
「言わないほうがいい?」
それは真帆への確認だった。
真帆は眉を寄せ、口をつぐんだまま、しばらく床に視線を落として悩んでいるようだった。
これは、どういうことだろうか。何か言えないことでもあるんだろうか。僕の中で、何とも言えない不安がだんだん大きくなっていく。
「……いつかは、言わないといけないことですよね」
真帆が小さく言って、乙守先生は「そうね」と短く返事した。
「ただ、今である必要はないかもしれない」
「……そうですね」
「なら、一旦保留ってことにしておく?」
それに対して、真帆はしばらく沈黙したあと、
「……いえ、今のうちに、お話しておきます」
「そう? なら、あなたから言う? それとも、私が代わりに?」
「……私から、言います」
「――そう」
何だろう、いったい、何の話をしているのだろう。
僕は言い知れぬ不安に、何だかここから逃げ出したいような思いになる。
怖い。よくわからないけど、嫌な感じがする。
これから僕は、どんな話をされることになるのだろうか。
真帆はゆっくりと僕のところまで歩み寄ると、不安そうな表情で、大きくため息を吐いた。
それからしばらくの間を挟んで、静かに瞼を閉じ、口を開く。
「――ユウくんに、話しておきたいことがあります」
「……う、うん。なに?」
なんだか、心臓がどくどくと早鐘を打ち始める。
「いつかは言わないといけないことだと思っていたのですけど、ずっと言わなかったことがあるんです」
「う、うん……」
「乙守先生が、どうしてあのご年齢で、あの若さを保っていられるのか、想像はつきますよね?」
「えっと――いや、どうだろう」
僕は小さくかぶりを振る。
「よくは、わかってないと思う」
「乙守先生の基礎魔力は、とても大きなものです。これほど強大な魔力をお持ちの魔法使いなんて、そうそういらっしゃらないでしょう。魔力とは生命力そのものというのは以前、お話ししましたよね?」
「――まぁ、うん」
「それはつまり、魔力が強大であればあるほど生命力もまた強大であるということ」
「う、うん……」
「生命力が高いと、人の老いは緩やかになっていきます」
「……そう、なんだ」
「つまり、魔力が強大であるからこそ、乙守先生はあの若さを保っておられるということになるわけです」
「う、うん……」
それって、だから――
「私の中には、夢魔がいます。夢魔は魔力の塊です。魔力そのものです。乙守先生と負けずとも劣らないだけの魔力が、私の中にはあるんです」
「そ、それは、つまり――」
真帆は大きく息を吸い、そして長く吐き出してから、
「――そうです。私もまた、乙守先生と同じくらい、長生きすることになるんです」
僕が予想していた通りの言葉を、真帆は口にしたのだった。
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